読者の3%に書いている?|世界的ベストセラー『トランサーフィン』『タフティ』の奇妙な矛盾
先日、
「トランサーフィンやタフティが難しいのには、
ちゃんと理由がある9選」
という記事を書きました。
今回は、その一つ目。
“そもそも、万人向けではない。”
について、
もう少し詳しく書いてみようと思います。
「万人向けではない」と聞くと、
「わかる人だけ来ればいい」
「理解できない人はレベルが低い」
「選ばれた人だけが受け取れる」
みたいな、
若干イヤな香りがするかもしれません。
でも、ゼランドの場合は少し違います。
最初から、
「私は3%の選ばれた読者に向けて書く」
と決めていたわけではありません。
むしろ逆です。
書いた。
出した。
世界中で読まれた。
長年にわたって発信を続けた。
その末に、本人が、
「本当に受け取っている人、かなり少なくないか?」
と気づいた。
その順番なのです。
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「全人類の3%」ではない
2023年8月。
ゼランドは公式サイトで、
後の『セルフ・トランサーフィン』にも繋がる
「変容・再生・進化」というテーマについて
発信しても、
多くの読者の反応が本質から外れていることに
触れています。
彼の見立てでは、内容を理解し、
受け取っているのは約3%。
残りの人々の意識は、表面を滑っている。
そして、あのゼランド節が出ます。
「トランサーフィンは万人向けではない。
タフティはさらに万人向けではない。
「再生と進化」は、もっと万人向けではない。
では私は、全読者の3%のために書いているのか?
まあ、それでもいい」
……みたいな。
ここで大事なのは、
全人類の3%ではない
ということです。
「読者の」3%です。
すでにゼランドのことを知っている。
すでに本を手に取っている。
トランサーフィンやタフティに、少なくとも何らかの興味がある。
その中の、さらに3%。
尖りすぎです。
エッジが利きすぎています。
普通なら、ここで、
「もう少し簡単にしましょう」
「読者の反応を調査しましょう」
「入口を広げましょう」
「もっとウケるテーマに寄せましょう」
となります。
でもゼランドは、
まあ、それでもいい。
(ええんかい!)
に着地する。
私は、
この順番がすごくゼランドらしいと思っています。
最初から選民的に、
「わかる人だけ来い」
と言っているわけではない。
でも、
多くの人に合わせるために、
書く内容の濃度を下げる気もないのです。
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そもそも、最初は出版社にボツをくらいまくってる
今でこそ、
「世界的ベストセラー」
「世界中で翻訳」
「現実創造の名著」
のように語られる
『リアリティ・トランサーフィン』ですが、
最初から華々しく世に出たわけではありません。
ゼランドは原稿を出版社へ持ち込みます。
ところが、
ボツ。
またボツ。
返事なし。
またボツ。
トランサーフィン・センターの動画などでは、
二十社前後に持ち込んだという話も出てきます。
以前、私はこのエピソードを、
「出版社からボツ連発!? ヴァジム・ゼランドを大ベストセラー作家に変えた『遠慮ゼロの意図』」
という記事に書きました。
その時は、
原稿を断られ続けたゼランドが、
自分の本がベストセラーになり、
売上トップとなり、
自分自身が人気作家になる
という意図を設定したことに焦点を当てました。
実際、その後、Ves社から出版され、
トランサーフィンは大きく売れていきます。
こういう話は普通、
「多くの出版社には見る目がなかった。
Ves社だけに先見の明があった」
という成功物語にまとめられます。
でも、改めて考えてみると。
本当に、そうなのでしょうか。
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出版社は、本を売るプロである
出版社は、本を売るプロです。
当然、マーケティングもします。
どんな本が売れているか。
どんな読者が買うか。
どの棚に置くか。
類書は何か。
タイトルはどうするか。
初版を何部刷るか。
それまで蓄積されたデータや経験をもとに、
「これは売れる」
「これは厳しい」
を判断する。
だから、ゼランドの原稿を読んだ出版社が、
「これは売れないだろう」
と考えたとしても、
別に間抜けだったわけではないと思うのです。
むしろ、普通の出版マーケティングとしては、
かなり自然な判断だった可能性があります。
考えてみれば、トランサーフィンは当時、
自己啓発なのか。
スピリチュアルなのか。
量子物理学なのか。
哲学なのか。
心理学なのか。
運命論なのか。
願望実現法なのか。
どの棚に置けばいいのか、
よくわからなかったと思います。
しかも本文を開けば、
運命。
唯物論と唯心論。
粒子と波。
情報フィールド。
バリアントの空間。
内的意図と外的意図。
と進んでいく。
売れ線の商品企画として見たら、
「誰に、何として売るの?」
となるのは当然です。
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出版社は間違っていなかったのかもしれない
だから私は、
出版社は、ゼランドの価値を
見抜けなかったのではなくて
「これは普通には売れない」と、
かなり正しく見抜いていたのかもしれない。
と思うのです。
ただし。
現実は、その予測からはみ出しました。
出版社が間違っていたというより、
ベストセラーになった現実の方が、
蓋を開けてビックリだった。
それはゼランド自身が
「トランサーフィンよりも万人向けではない」
と語っていたタフティも同様です。
タフティもまた「万人向けではない」
と作者自らに太鼓判(?)を押されたにも関わらず
世界的ベストセラーになったのです。
まさに外的意図と三つ編みの
メイク・ミラクル。
普通にマーケティングしたら
売れないはずのものが、なぜか売れた。
そして世界中に広がった。
この方が、
トランサーフィンらしいなと思います。
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理性は、過去のデータからしか判断できない
ゼランドは、理性――アタマ――について、
ゼロから何かを生み出すことはできない、
と繰り返し語ります。
理性が得意なのは、
過去の経験。
すでに知っている知識。
蓄積されたデータ。
それらを照合し、組み合わせ、
判断することです。
これは、マーケティングも同じです。
過去に売れた。
似た商品がある。
この読者層なら反応する。
この価格帯なら売れる。
データがあるものには強い。
でも、
まだ市場に存在していないもの
は、過去のデータの中にはありません。
比較対象がない。
置く棚がない。
読者像がない。
すると、理性の画面には、
「?」
あるいは、
「エラー」
と表示される。
ゼランドの原稿は、
まさにそのエラーだったのかもしれません。
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Ves社は、何を見たのか?
最終的にゼランドの本を出したのが、
Ves社です。
現在のVes社は、エソテリック、自己啓発、
心理、健康などの領域を広く扱い、
ゼランドの著作を継続して出版している会社です。
ただ、当時のVes社を、日本のどの出版社に相当するかまで
単純に置き換えるのは難しいです。
近いのは●カル●ンドさんですが
「ロシア版●カル●ンド」と言い切るには、
規模、刊行点数、流通、当時の棚構成まで、
もう少し資料が必要です。
ただ少なくとも、
大手出版社とは違う感度を持つ版元だった可能性はあります。
大手が、
「既存市場のどこに当てはまるか」
を見たのに対し、Ves社は、
「既存の棚には入らないけれど、何かある」
と感じたのかもしれません。
もちろん、
これはVes社の担当者に聞いたわけではないので、私の推測です。
「魂で波に乗った」とまで言うと、
さすがに盛りすぎかと。
(そうだったら面白いけど)
でも、
既存の棚に入らないことを、
欠点として捨てなかった。
これは言えるのではないかと思います。
大手出版社の理性が、
「売れる根拠がない」
と判断した。
Ves社の何かが、
「でも、これは出してみる価値がある」
と拾った。
そして結果的に、
その判断から巨大な波は生まれたのです。
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「売れた」と「万人向け」は、イコールではない
ここで、最初の話に戻ります。
トランサーフィンもタフティも
世界的なベストセラーになりました。
でも、
ベストセラーになったことと、
万人向けであることは同じではありません。
多くの人が買った。
多くの国で翻訳された。
多くの人が「現実を変えたい」と思って読み始めた。
でも、その中身を本当に受け取った人は、
ゼランドの見立てでは読者の約3%。
つまり、
売れた。
でも、伝わった、理解されたとは限らないのです。
ここを混同すると、おかしなことが起きます。
「世界的ベストセラーなんだから、
誰でも簡単に使えるはず」
「現実創造の本なんだから、
すぐ願望実現できるはず」
「要するに何をやればいいか、3〜7つぐらいに
まとめてあるだろう」
そんな期待で本を開く。
ところが、中にいるゼランドは、
「いや。
別に万人向けに書いていませんけど」
みたいな顔をしている。
事件か事故の発生です。
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ベストセラーという看板が、誤解を生んだ
ここには、少し皮肉な構造があります。
本来、
かなり限られた人にしか届きにくい知識が、
ベストセラーになった。
↓
その結果、
本来なら入口に来なかったはずの人まで、
大量にやってきた。
↓
すると今度は、その人たちに合わせて、
難しい部分を削る。
願望実現だけを抜き出す。
テクニックだけにする。
「要するにこうです」と短くする。
気持ちのいい引用だけを流す。
という二次コンテンツが増えていきます。
でも、薄くすればするほど、
ゼランドの著作本体から離れていくのです。
結果として、
トランサーフィンやタフティを
広めるためにわかりやすくしたものが、
トランサーフィンでもタフティでも
なくなっていく。
という、なんとも言えない現象が起きます。
ベストセラーになったこと自体が
既定路線ではない。
けれども
その成功が「売れる部分だけを抜き取る」
動きを呼んで。時に本質から離れる現象を生んだ。
ゼランドが自身のSNSで口を酸っぱくして言い続けているのは
このことと無関係ではないと思います。
ある意味、二重の悲劇です。
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万人向けではない。でも、閉じた知識でもない
では、
トランサーフィンやタフティは
理解できる人だけで囲い込めばいいのでしょうか?
私は、そうは思いません。
「万人向けではない」と、
「わからない人には伝えなくていい」
は別です。
ゼランド自身も、長年書き続けています。
タチアナたちも、
講義や記事や動画を出し続けています。
閉じてはいない。
ただし、
読者の現在地に合わせるために、
世界観そのものを低くはしないのです。
それは読み手の理性(アタマ)ではなくて、
魂の力の方を信じているからではないかと
感じる時があります。
例え話はする。
実践方法も伝える。
質問にも答える。
でも、受け取る側にも、
読む。
考える。
試す。
という仕事が必要になります。
トランサーフィンもタフティも、
読むだけで自動的に人生を変えてくれる
本ではありません。
(ゼランドもタチアナもはっきり明言しています)
補助線は引ける。
でも、歩くのは本人なのです。
⸻
「わからない」は、不適合通知とは限らない
トランサーフィンやタフティを読んで、
「難しい」
「よくわからない」
「自分には向いていないかも」
と思った人へ。
その反応だけで、
すぐ本を閉じなくてもいいと思います。
もちろん、
“本当に今は必要でない”場合もあります
誰にでも読むべきだとは言いません。
ただ、
一度でわからないことと、
自分に必要がないことは同じではありません。
今は入らない。
でも数年後、別の経験をした時に、
急につながるかもしれない。
前に読んだ一文が、
人生のある場面で突然像を結ぶかもしれない。
ゼランドの本は、
ときどきそういう動きをします。
だから、
わからない。
でも、何か引っかかる。
なら、いったん置いておけばいい。
理解できない自分を責めなくていい。
同時に、
「私がわからないのは、
全部書き手の説明が悪いからだ」
あるいは
「わたし向けではない(必要じゃない)からだ」
と即断しなくてもいい。
今の自分の中に、
まだ受け取るための
接続先がないだけかもしれないのですから。
⸻
「3%」を目指さなくていい
最後に。
私は、読者全員が「3%側」を目指す必要もないと思っています。
「私は理解できる側です」
と認定し始めた瞬間、
また別の振り子の爆誕です。
3%という数字は、選民バッジではありません。
ゼランドが長く発信した末に、
「現在の自分の言葉を、
本当に受け取っている人は少ない」
と観察した結果です。
だから大切なのは、
自分が3%か97%かを判定することではない。
今日、自分はどこまで読めたか。
どこで止まったか。
何をわかった気になったか。
あるいはわからなかったか。
何をまだ確かめていないか。
それを自分で見ることだと思います。
⸻
トランサーフィンは万人向けではない。
タフティは、さらに万人向けではない。
その先は、もっと万人向けではない。
でも、だからこそ。
誰かの要約や切り抜きで終わらず、
自分で原典へ戻る意味があるのだと思います。
売れたから正しいのでもない。
難しいから偉いのでもない。
ただ、
既存の棚からはみ出したものが、
なぜか世界中へ渡っていった。
そのワンダーを、
もう少し丁寧に読んでみたいと思うのです。
次回は、
『「わかりやすく伝えよう」という圧が、
あまりない』
について掘ってみます。
ゼランドは、
読者が物理学的説明に困っていないか
一応心配します。
・・・心配“は”します。
でも。
やめない。
そこを見ていきます。
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