見出し画像

出版社からボツ連発!? ヴァジム・ゼランドを大ベストセラー作家に変えた「遠慮ゼロの意図」

セルフ・トランサーフィン読んでますかー!
(猪◯風に)

下巻の最後の方、付録5 ギフト版の
『トランサーフィン』20周年のところで
最初、リアリティ・トランサーフィンの
原稿の出版社への持ち込みがことごとく
ボツった、というエピソードが紹介されてました。

この辺りのエピソードは
トランサーフィン・センターの動画でも
触れられていて、20社ぐらいだったかな?
で、Ves社から出版されるや否や
めっちょ大ベストセラーになったわけですが。


軒並みボツかシカトか、が続いてた時期、
ぶっちゃけ、ゼランド自身
「トランサーフィン、効かないのかな…」
と弱気になる瞬間があったそうです。
(人間だもの)
でも、
「いや!」
と気を取り直して、意図の設定をしたそうです。

それがこれ↓

『自分の本がベストセラーになり、
売上トップのリーダーとなり、
自分自身が人気作家になる』

実に大いなる実証実験です。
今でこそ、実社会(?)と距離を置いている
ゼランドですが、こういう時期があったんですよね。

というか、これが
「人生ラインの切り替わり」
だったんだろうな、と。

「ベストセラーになる意図を設定した」。

これ、めちゃくちゃ重要で
やもすればスピリチュアルだと
「低」あるいは「俗」とみなされることも
あるのでしょうが、

実は、
“現実を動かすための「入口の意図」”
になってるんですよね。

もう一歩踏み込むなら
この世界における 「役(割)の設定」
と言ってもいいかもしれません。

もっとシンプルにいうなら
“遠慮をやめた”
ということなんです。

遠慮をやめたって言っても、
図々しくなるとか、ガツガツする、
とかではなくて

“現実に対して遠慮するのをやめた”

ということ。

生活してて、あるいは仕事でも
こんなことを思ってる瞬間ってないですか?

「自分にはまだ早い」
「そこまで望んじゃいけない」
「私はそこまでの人間じゃないしな」
「経験もそんなにないし」

これって全部、
“自分の可能性に制限をかける行為”
ですよね。

トランサーフィン的に言うと
遠慮って内的意図の抑制だと思うんですよ。

本来は内的意図ではなく
外的意図の流れに乗れば
物事は動きます。

でも遠慮してると

「いやでも…」
「フツーはこうだよな…」
「(希望をとるより)いい人って思われたい」

って、自分でブレーキ踏むか、諦めます。

ゼランドがやったことって
めっちょシンプルで、

■ BEFORE
・原稿が通らない
・作家として実績ゼロ
・社会的には無名
・コネクションなし

この状態だったら普通なら
「無理かも」で終わります。

■ AFTER
「売れる」って決めた。
(選択した)

ここが重要で、

まだ現実には何もない状態で
“今の自分に合ってるかどうか”ではなく、
結果を前提にしたんですよね。

これが(世界に対して、あるいは人生に対して)
「遠慮をやめる」ということ。


普通の人は目に見える現実を見て、決めています。

ゼランドの場合は決めてから現実を動かしています。
(外的意図が動かした)


「まだだよ」ではなく「これで行く」。

これは、無謀とは違います。
無謀とは根拠なしに「こうなったらいいなあ」と
“願う”こと。
決めることも選択もしていない。


余談ですが、
ゼランドが量子物理学者だった30代まで
ロシアはソ連という国でした。

ソ連って、基本
『職業選択の自由』が制限つきで
大卒や専門学校卒だと
一見エリートでも、国家が
「この専門を学ばせたのだから、ここで働け」
と言いやすい立場でした。

その代わり、ご臨終まで国が面倒見まっせ
っていう国家単位の終身雇用だったはずが
「ウソでした」と国ごと吹っ飛び
職も吹っ飛び、その後、
お金というものが「紙クズ同然」になったり
「奪うか奪われるか」という時代を経て、
“頭と身体をリースに出す”という表現が
リアリティ・トランサーフィンには出てきますが
「やりたい・やりたくないではなく、
まず生きるための仕事」をチョイスせざるを得ない
状況だったんだろうなというのが
想像できるわけですよ。

だからこそ、ゼランドのあの意図は
“自分が登場人物の映画をフィルムごと変える”
ものだったんだろうなと。

そして。
目に見える今の現実(鏡に映った過去の残像)を
基準にして、自分に制限をかける。
これほどもったいないことはありません。

「今の自分はこうだから」
ではなく、
「自分がどんなフィルムで生きたいか」。

ゼランドが人生を使って実証実験した通り、
“現実”は私たちが遠慮を捨てて
「決めて選択した」瞬間に、
新しい台本を用意して動き始めます。

あなたは今、どんな「役」でこの世界を遊ぶことを、自分に許可しますか?
遠慮は無用です。
宇宙には、私たちが選びきれないほどの
無限のバリアントが用意されているのですから。

いいなと思ったら応援しよう!

常盤綺斗(ときわきと) ここまで読んでくださってありがとうございます。もし、このnoteが読んでくださった方の中の何かと響きあったなら。いただきました応援は執筆やサイト運営、探求の継続のために大切に使わせて頂きます。本当にありがとうございます。