【はじめに】頑張っているのに、なぜか同じところで崩れる――「私はダメだ」を「どこで詰まった?」に変える読み方
「自分がダメだからだ」と思っていた場所が、あるとき「ここで詰まってたのか」に変わることがある。
それを見つけると、その先は、同じところで転んでも、後に残るものが変わってくる。
このnoteでやっているのは、その「私はダメだ→どこで詰まった?」の置き換えを、毎回ひとつずつ積み上げることだ。
「性格の話」を、「仕様の話」に読み替える
昔、ある案件の会議で、僕はほとんど何も言えなかった。
危ない場所は、頭の中では全部見えていた。
誰かの発言の矛盾も、このまま進めたら後でひっくり返ることも。
でも口から出せたのは、空気を壊さないための薄い一言だけだった。
案の定こじれて、「あの時に言ってくれれば」と言われた。
僕は「すみません」としか返せなかった。
長いあいだ、僕はこれを性格の弱さとして処理していた。
止まっているのに、怠けだと読んでいた。
削られているのに、気合い不足だと読んでいた。
噛み合っていないだけなのに、人格の欠けとして処理していた。
努力の話をしているつもりで、実際に起きていたのは互換性エラーだった。
40代でADHDと2Eの診断を受けて、そこでようやく、失敗を人格ではなく仕様として読み直すようになった。
「あなたは悪くない」で止まると、その夜は少し楽になる。
でも、明日の段取りは変わらない。
仕様が違うなら、疑う場所は気合いの量じゃない。
どの場面で詰まるのか、どの条件だと動けるのかだ。
テーマはばらばらでも、着地はいつも同じ形になる
僕のnoteは、書いているものは毎回違う。
仕事の話も、疲れの話も、育った家の話もある。
それでも、出口はだいたい同じところに来る。
過去記事から、おすすめを数本挙げてみるので、いまの困りごとに近いものから、読んでみてほしい。
外では普通にできるのに、帰ると電源が落ちる
気力の問題ではなく、「普通に見える振る舞い」を高い精度で走らせ続けた消耗だった。
まじめにやっているのに、どの場所でも長く続かない
根気や覚悟の不足ではなく、「普通」というOSが自分の仕様と噛み合っていなかった。
親のことは悪く言えないのに、自分の感覚だけが信用できない
記憶違いでも心が狭いのでもなく、自分の感覚と家の言い分が、混ざったまま置かれていた。
どれも僕が転んだ場面から始まって、最後は明日ひとつ試せる形で終わる。
やっているのは毎回ひとつだけだ。人格の話を、条件の話に置き換える。
どれか1本でいい。
読んだあとに残るのが「自分はダメだ」ではなく「どこで詰まったんだろう」なら、この先も噛み合うと思う。
今日ためすのは、自己改革じゃなく観察でいい
このnoteのやり方は、一度だけなら今日試せる。
最近しんどかった場面を、1件だけ書く。
メモ帳でもNotionでもいい。項目は3つで足りる。
何をしていたか
どこで止まったか
終わったあと、回復したか、削られたか
原因分析はまだいらない。反省もいらない。
まず集めるのは、自分を責める材料じゃない。
自分の仕様を読む材料だ。
もし余力があるなら、最後にこれだけ足す。
その場で足りなかったのは、根性だったか。それとも条件整理だったか。
この一行があるだけで、自責のループから少し外れやすくなる。
フォローすると、届くもの
僕のnoteでは毎回、ひとつの「普通ができない」を取り上げている。
僕が転んだ場面から入って、最後は明日ひとつ試せる形で終わる。
だから届くのは、励ましじゃない。
また同じ場所で自分を責めそうになったときに、別の読み方が手元にあるという状態だ。
「普通ができない」は、性格の敗北とは限らない。
それは、別の仕様で生きているということかもしれない。
仕様が違うなら、必要なのは根性より読み方だ。
その読み方を、ここで少しずつ精密にしていく。
一緒に読み替えていきたい人は、フォローしてもらえたらうれしい。
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