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恋愛小説「今度、虹を見たら」第五話~二月の夕暮れ。冷たくなったミルクティー〜

🌱初めて読んで下さる方へ🌱

これは私、「さら。」の実体験をもとにした
長編恋愛小説です。
まだ読んでいないエピソードがある方は
ぜひこちらから辿ってみてくださいね。


【第五話】


レイにはずっと会っていなかった。

タイミングが合わないのか、
同じ電車になることがなかったのだ。

レイはどこかの専門学校を受験するらしいと、
ナツコから聞いていた。

高校を卒業すると、
ほとんどの人が地元を離れる。

いよいよレイとわたしも
離れ離れになってしまうのだ。

中学卒業の時もそんな風に思っていたけれど
思いがけず高校に入ってからも
一緒に過ごすことができて
わたしは幸せだった。

レイの彼女には、なれなかったけれど。


短大の合格が決まった少し後、
駅からの帰り道にある
いつもの書店に立ち寄った。

銀色夏生の新刊が出ていたので
手に取ってパラパラとページをめくっていると

「サラさん、久しぶり。」

と声をかけられた。

レイだった。

前に会った時より、少し髪が伸びている。


「久しぶり。」

わたしが答えると、

「それ、銀色夏生でしょ?
流行ってるんだってね、今。」


と、レイがわたしが持っている本を指差す。

「う、うん。」

一瞬、シンゴのことを思い出して、
なんだかどぎまぎしてしまう。


「それって詩集なんでしょ?」

「うん。エッセイもあるよ。
レイも読んでみたら?」

わたしは持っていた文庫本を棚に戻すと、
隣にあった「つれづれノート」を取って
レイに見せる。

「詩とかエッセイとか、
オレにはよくわかんないな。」

頭を掻きながら、レイは屈託なく笑った。

そんなレイを見て一瞬、

「シンゴさんとだったら話が盛り上がるのにな。」

と思ってしまった自分に気づいて、
なんだか罪悪感を感じてしまう。

付き合っているわけじゃないのに……。


シンゴの優しい言葉や、
合格を自分の事のように喜んでくれた
あの笑顔を思い出すと、少し胸がざわついた。

もしかしたら、シンゴのまっすぐなまなざしが
自分に向けられていることに、
わたしは気づかないふりをしているだけなのかもしれない。

外に出ると、夕方の冷たい風が吹いていた。


わたしたちは数ヶ月ぶりに一緒に帰った。

「そういえば
サラさんもう進路決まったんだよね?
うわさで聞いたけど。」

「うん。推薦で短大決まった。」

「よかったじゃん。おめでとう。」

レイは笑顔でそう言った。

「レイは?」

とわたしが尋ねた後、
レイの言葉を聞いて、わたしは耳を疑った。

そこは、少し離れた地方の
海沿いの静かな町にある専門学校だった。

そして、わたしの進学先の短大と
完全に同じエリアだったのだ。

「えっ……わたしが行く短大、
その学校の近く……」

驚いて伝えると、レイは

「マジで!?すげーじゃん!」

と見たことのない笑顔で喜んだ。

「卒業しても、
オレたち近くにいられるんだな!」


示し合わせたわけでもないのに……
こんな奇跡ってあるんだ。

レイと、離れ離れにならずに済むんだーー。


嬉しくて、幸せで、
わたしは
とっくに自分の元を去ったと思っていた神様が
まだわたしを見捨てていなかったことに、
心から感謝した。

わたしはあの町でレイと並んで歩く姿や
お互いの部屋を行き来するところを想像しては
心躍らせた。


でも、その場面を思い描けば描くほど
その高揚感とは裏腹に

わたしの心の中に
黒くて冷たい空間が広がっていくのを
どうしても止められなかった。

もし、このまま同じ町へ行って、
二人で過ごす時間が長くなって
一緒にいることが当たり前になってしまったら……。

距離が近くなる分、
わたしの見せたくない部分を、
レイに見せることもあるかもしれないし、
レイの見たくない部分を
見ることもあるかもしれない。

嫉妬するかもしれないし、
嫌いになってしまうかもしれない。

そんなことになるくらいなら
このままで止まっていた方がいいんじゃないか。

嬉しいのに、怖い。
一緒にいたいのに、離れたい。

自分の心なのに、完全にコントロールを失って、
わけがわからない……。

わたしはいつしか
レイと同じ町に行く未来への希望より
不安のほうが大きくなってしまっていた。

その「不安」が、現実をそっちの方向に
引っ張ってしまっているとも知らずに。



その後、レイとは会えないまま二月になった。
もうじきどこの高校も三年生は自由登校になる。

レイと一緒に
この道を歩くこともなくなるんだな。


そう思いながら
駅からの帰り道を歩いていると、
後ろから肩を叩かれた。

レイだった。

「ずっと呼んでたのに、
サラさん全然気づかないんだもん。」

とほほ笑むレイ。

「あ、ごめんごめん。ちょっとぼーっとしてた。」

わたしが言うと、
レイがポケットから小銭を出して
自販機を指さし

「ミルクティーでいい?」

と言った。

「え、あ、うん。ありがとう。」

レイはミルクティーを自販機から取り出して

「はい。あったかいの。」

と言ってわたしに渡した。

レイはブラックの缶コーヒーを買っていた。

「今日はコーラじゃないんだ。」

わたしが言うと

「うん。オトナになっただろ?」

と言って、缶コーヒーを一口飲んだ。

短い沈黙の後

「オレ、
東京の専門学校に行くことにしたんだ。」

地面を見つめながら、レイが言った。

「……え?。」

持っていたミルクティーの缶が、
一気に冷たくなっていく気がする。

レイ、一緒にあの街に行くって言っていたのに。

あんなに、喜んでいたのに……。



「どうして?」


その一言が言えず、
言葉を失ってしまう。

東京に行く理由について、
レイは何も話さなかった。

わたしも、何も聞けなかった。


「……そっか。東京に行っちゃうんだね。」


わたしは自分の落胆を悟られないように、
精一杯の笑顔でそう言った。

ちゃんと笑えていたかどうかは、
わからないけど。

「もしかして、
わたしの不安が今を変えてしまったのかな。」

冷たくなったミルクティーの缶を握りしめる。


こうして
まるで奇跡のように感じた未来は、
一瞬で消えてしまった。

あんなに感謝していたのに……
神様なんて、やっぱりいなかったんだ。


わたしたちの歩く道は、
いつも交わりそうで交わらない。
肝心なことは何も伝えないまま、
それぞれの未来へと動き出す。

離れ離れの空の下へーー。


つづく。


🌈次のエピソードはこちら
恋愛小説「今度、虹を見たら」第六話
〜季節外れの雪、小さなメモ〜


🌈これまでの物語はこちらから順番に読めます。

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