恋愛小説「今度、虹を見たら」第八話~名前のない指輪~
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第七話〜それぞれの出発。新しい街へ〜
【第八話】
五月。
もうすぐGWが始まる。
レイと会う日を前にして、
その日はトモミとショッピングに来ていた。
当日来ていく服を、トモミに選んでもらうのだ。
いつもモノトーンの服ばかり着ているわたしに、
トモミはピンクやオレンジの色の服ばかり勧めるのでちょっと困ったけれど。
最終的には淡いブルーのニットと、
ベージュのロングスカートという、
春らしい装いに落ち着いた。
ショッピングの後、
二人でランチを食べていると、
トモミの指に光る指輪が目に留まった。
「その指輪、かわいい。
もしかして彼氏からのプレゼント?」
トモミは嬉しそうに頷く。
「でもね、彼ったら私がこの指輪選んだ後、
『恥ずかしいから自分で買ってきて』って言って、お金だけくれたのよ。
私、自分でレジに持って行ったわよ。
ひどいと思わない?
もう、ムードも何もあったもんじゃないよね」
呆れたように話しているけど、
トモミの顔はちゃんと喜んでいる。
「いいなあ」
わたしがため息をつくと、
「あの電話の彼におねだりしちゃいなよ!
サラ、今月誕生日でしょ?」
といたずらっぽくトモミが言った。
「誕生日かぁ……」
レイにプレゼントをねだるなんて、
わたしにはできそうにない。
誕生日だって、
レイは覚えていないかもしれない。
だってわたしは、
レイの彼女でもなんでもないのだから。
わたしはきっと、
トモミの指輪が羨ましいんじゃない。
「ちゃんと名前のある関係」が羨ましいんだ。
もう春だというのに、
少し冷たい風が、わたしの心を吹き抜けていく。
レイと会う日。
トモミに選んでもらった服を着て、
トモミと一緒に何度も練習したメイクをして、
わたしは駅に向かった。
胸の高鳴りとともに、
自然に歩くテンポが速くなる。
もうすぐ、レイに会えるーー
駅に着くと、レイはまだ来ていなかった。
窓に自分の姿を映して、前髪を整える。
口紅、ちょっと濃かったかも……
そんなことを考えていると、レイがやって来た。
「久しぶりー」
この言葉を言う時、
レイは必ず語尾を少しだけ伸ばす。
その懐かしいリズムに、心がほどけていく。
「久しぶり。でもないけどね。
この間、電話で話したから」
「まあな。でも会うのは久しぶりだろ?」
「そうね」
たったそれだけの会話なのに、胸が弾む。
心が満ちていく。
わたしたちは切符を買って電車に乗り込み、
三駅先のレイの通っていた高校がある街に向かった。
電車は少し混んでいた。
高校時代、毎日乗っていた電車。
レイと会うのは、いつも帰りの電車だった。
同じ車両に乗り合わせても、
そこでわたしたちが言葉を交わすことはなく、
話をするのは、いつも駅に着いてからだった。
今になって、反対方向に向かうこの電車に、
レイと一緒に並んで座っているなんて、
なんだか不思議な感じがする。
この間レイから電話をもらった時は、
声の後ろから伝わって来る、レイが住む街のざわめきに、埋めようのない距離を感じてしまっていたけれど
今レイは、わたしの隣にいる。
こんなに、近くにいる。
電車を降りると、お昼近くなっていた。
「まずは腹ごしらえだな」
レイがそう言って、
わたしたちは駅前の小さな洋食屋さんに入った。
年季の入ったメニューを開くと、
定番の洋食の名前がずらりと並んでいる。
「高校時代、よくここで食べてたんだ。
オレはカツカレー大盛。サラさんは?」
そう言って、
レイがメニューをわたしの方に向けた。
ほんの些細なことなのに、
その優しさに胸がキュンとする。
「えーと……、じゃあ、オムライス」
わたしがメニューを指さすと、
レイは頷いて、マスターに注文した。
届いたカツカレーとオムライスを頬張りながら、
この後どこに行こうかと話す。
特別な場所なんて何もない、田舎の小さな街。
行くとしても、書店やレコード店くらいだ。
だけど、レイと並んで歩けるなら、
行先なんてどこでもよかった。
書店で、レイは熱心にバイクの雑誌を見ていた。
夏休みにバイクの免許を取るらしい。
わたしは、ふらりと女性作家のコーナーに行ってみた。
ふと、背表紙の「銀色夏生」と言う文字が目に入り、実家の本棚にある、借りたままの本の存在を思い出す。
――シンゴは今頃、どうしているんだろう。
その本に手を伸ばそうとした瞬間、
「なんか、いい本あった?」
背後からかけられたレイの声に、
一瞬ドキッとする。
「う、ううん。特にないかな」
わたしは、慌てて棚から手を引いた。
なぜだか、ひどく悪い事をしているような気持ちになって。
次に立ち寄ったレコード店の店内では、
少し大きめの音量で、洋楽が流れていた。
レコード店特有の、プラスチックのようなにおいがする。
わたしたちは映画音楽のコーナーで、
レイが見たという、映画のサウンドトラックを一緒に探した。
「なんていう映画なの?」
尋ねると、レイは棚を見つめながら、
「『ボディガード』
ケビンコスナーと、
ホイットニーヒューストンが出てるやつ」
と言った。
テレビのCMで見たことがある。
確か、ラブストーリーだったはず。
レイ、恋愛映画も見るんだ……
何となく、レイの意外な一面を見てしまったようで、ドキドキしてしまう。
「サラさんも見てみたら?
もう映画の公開は終わったけど、もうちょっとしたらレンタル始まるんじゃない?」
「そうね。借りてみる」
レイは、
どんな気持ちでその映画を観たんだろう。
映画を観ながら、ほんの少しでも
わたしの事を思い出してくれただろうか?
結局そのレコード店では
サウンドトラックはみつからなかった。
店を出て、しばらく歩いていると、
「そういえばサラさん、今月誕生日でしょ?」
とレイが言った。
その言葉に、一瞬心が跳ねる。
レイ、
わたしの誕生日、覚えててくれたんだ……
「え?あ、うん。よく覚えてたね」
すごく嬉しいのに、レイにそのことを悟られたくなくて、わざわざ可愛げのない言い方をしてしまった。
それにも関わらず、レイは続けて
「なんか、欲しいもんある?」
と聞いてきた。
「……ほしいもの?」
「うん。誕生日プレゼント」
わたしは状況が呑み込めず、
目を見開いたまま黙ってしまった。
「この近くに、サラさんが好きそうな雑貨屋があるんだ。行ってみようぜ」
驚きと、それ以上の喜びのせいで、
そこまでどうやって歩いたのか、よく覚えていない。
気がついた時には、
おしゃれな文房具やアクセサリーが並ぶ
小さな雑貨店の前にいた。
ガラス扉の向こうには、カフェスペースも見える。
「好きなもの選んで。
オレ今バイト代入って、金持ちだから」
自信満々な表情で、レイが笑う。
そんなレイの目の前で、
わたしの脳内はちょっとしたパニックになっていた。
「好きなもの選んで」って言ったけど……
マグカップとかが無難かな?
アクセサリー……でもいいのかな?
思い切って指輪って言ってみる?
でも、彼女でもないのに
指輪なんて言って、引かれたらやだな。
ネックレスくらいなら大丈夫?
でもやっぱり指輪、欲しいな……
ぐるぐると考えていると、トモミに言われた
「おねだりしちゃいなよ!」
という言葉を思い出した。
少しだけ勇気を出してみようかな……
「あのさ、指輪……とかでもいいの?」
消え入りそうな声で、恐る恐る聞くと、
「いいよ。どれがいい?」
と何のためらいもなく、笑顔でレイが言った。
その表情に、ふわっと心が軽くなる。
わたしはさんざん悩んだ末、
小さなパールが一粒ついている
かわいい指輪にすることにした。
「決まった?」
レイに聞かれて頷くと、
レイはわたしの手からそれをスッと取って、
レジの方に向かった。
トモミの彼氏が、
「恥ずかしがって自分でレジに行けなかった」
という話を思い出し、思わず笑みがこぼれる。
会計が終わると、併設されているカフェに入り、
レイはアイスコーヒー、わたしはプリンを頼んだ。
「サラさん、プリン好きなの?」
レイに聞かれて、わたしは頷いた。
「うちでもたまに作るんだけど、
いつも上手にできなくて。
ここのプリン、ちょっと硬めですごくおいしい」
「そりゃよかった」
レイは笑って、アイスコーヒーをストローでかき混ぜた。
カラカラと、氷が軽やかな音を立てる。
するとレイは、少しはにかんで、
「ちょっと早いけど、誕生日おめでとう」
と言って、
きれいにラッピングされた小さな包みを
そっと、わたしにくれた。
「……ありがとう」
わたしがそれを受け取ると、
レイはちょっと恥ずかしそうに微笑んだ。
なんだか、まだ信じられない。
レイからプレゼントをもらえるなんて。
指輪をもらえるなんて。
生まれて初めて、
大好きな人にもらった、誕生日プレゼント。
この瞬間のときめきを、
わたしはきっと忘れない。
それなのにわたしの心は、
まるで小さなトゲが刺さったみたいに、
ちくりと痛む。
指輪はくれたけど、
レイは結局、わたしの欲しかった言葉は
何も言ってくれなかった。
わたしたちは一体、どういう関係なんだろう。
どうなっていくんだろう。
甘い幸せの中に、
ほんの少しだけ、苦い予感が混ざり始めていた。
つづく。
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〜受話器の向こう側で〜
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