恋愛小説「今度、虹を見たら」第七話〜それぞれの出発。新しい街へ〜
🌱初めて読んで下さる方へ🌱
これは私、「さら。」の実体験をもとにした
長編恋愛小説です。
まだ読んでいないエピソードがある方は
ぜひこちらから辿ってみてくださいね。
【第七話】
次の週、
わたしは生まれ育った町を後にし、
進学先の短大のある海辺の小さな街へと引っ越した。
はじめての一人暮らしで、
最初こそ戸惑うことも多く
ホームシックになったりもしたけど、
すぐに仲の良い友達もできて
新たな生活をそれなりに楽しんでいた。
慣れてくると、
ひとり暮らしは実に快適だった。
どんなに夜更かししても、
どんなに友達と長電話をしても
文句を言う親がいないのはサイコーだった。
地元を離れてひと月になる。
はじめのうちは、
部屋の隅に置かれた固定電話を気にしてばかりいた。
ずっと、レイからの電話を待っていた。
無情にも電話が鳴ることはなく、
留守電にもメッセージは入らない。
そんな毎日が続いた。
でも、
新しい日々のあわただしさに追われるうちに
レイのいない寂しさも、
少しずつ生活の隅っこへと追いやられていった。
「もう、
わたしのことなんて忘れちゃったのかも。」
もしかしたら、そう自分に言い聞かせる方が、
ラクだったのかもしれない。
ある日、近くのアパートに住む友達のトモミと
うちで晩ご飯を食べることになった。
その日のメニューはパスタとサラダ。
トモミは
「手作りドレッシングが味の決め手だから!」と、
楽しそうにこだわりのサラダを作ってくれている。
いざパスタを茹でようとした時、
粉チーズが無い事に気づいた。
わたしはトモミに少しの間留守番を頼み、
すぐ近くのコンビニへと走った。
粉チーズと、デザートのプリンの入った袋を
小さく揺らしながらアパートの近くまで戻って来た、その時。
二階の角部屋のドアが勢いよく開き、
トモミが飛び出してきた。
大きく手を振りながら、何か叫んでいる。
「サラー、電話―!男の人からー!」
「男の人?」
わたしは階段をかけ上がり、
トモミの近くまで来てそう言うと、
「わかんないけど、
私が電話に出たら『サラさん?』て言ってたよ。」
心臓が、ドクンと音を立てる。
……もしかして、レイ?
そんな淡い期待に胸を躍らせて
急いで部屋に入り、息を整える。
「……はい。もしもし。」
胸の高鳴りを押さえながら
小さな声でそう言うと、
受話器の向こうから
少し低くて聞き覚えのある声が響いた。
「サラさんって、
友達と一緒に住んでるんだっけ?」
その声が、
一瞬でわたしを、あの頃に引き戻す。
「レイ……?!」
思わずそう叫んでしまった。
トモミは何かを察したのか、
指でOKマークを作った後
「ウチで待ってるから。」
と口パクで言って部屋を出て行った。
「オレ、サラさんだと思って、
さっきの人にフツーに話かけちゃったよ。
スゲー恥ずかしい。」
バツの悪そうな声でレイが言う。
「ごめん。友達なの。遊びに来てて。」
「そうなんだ。お邪魔だったかな?」
「ううん。今帰ったところ。」
心の中で、
「トモミ、ごめん!」
と謝りながらそう言った。
「そっか。
やっと電話がついたからさ、そのご報告。」
と言うレイ。
あのメモ、失くさずに持っていてくれたんだ。
わたしのこと、忘れずにいてくれたんだ……。
嬉しくて、思わず笑顔になる。
それからわたしたちは、
しばらくお互いの近況について話した。
レイはピザ屋でのバイトが決まったらしい。
わたしは、
家庭教師のバイトを探していることを伝えた。
「サラさん、アタマいいもんな。
オレには家庭教師なんて絶対ムリだわ。」
明るい口調で話すレイ。
わたしは、
「でも、まだ決まってないの。
どこかいいところが見つかればいいんだけど。」
と答える。
高校の時と何一つ変わっていない、
なにげない会話。
でもわたしは、
レイの新しい生活を垣間見ることができて嬉しい反面、二人を隔てている距離を
どうしても感じずにはいられなかった。
受話器の向こう側から聞こえる、
少し遠いレイの声。
遠い街の、私の知らない世界の空気が、
その声の向こう側から微かに伝わってくるような気がして、少し胸がツンとする。
しばらく話していると、レイが
「ところで、サラさんはGW帰省するの?」
と言った。
わたしは帰る予定はなかったのだが、
なんとなく
「うーん。まだ決めてない。」
と答えた。
「そっか。
オレちょっと実家に行かなきゃいけないから帰省するんだけど。
サラさんも帰るなら会えないかなーって。」
レイは、何の躊躇もなくそう言った。
え……これってもしかして、
誘われてる?
頭の中で、レイの声が何度もリフレインする。
「会えないかな。」
付き合ってもいない、わたしたちなのに。
レイはどんな気持ちで、
どんな顔をして、
この言葉を口にしているんだろう。
「そ、そうなんだ。ちょっと考えてみる。」
わたしは、そう答えるのが精一杯だった。
レイは
自分のアパートの電話番号をわたしに伝えると、
「じゃあな。また連絡する。」
と言って電話を切った。
わたしは、
レイの電話番号を書いたメモを見つめたまま
「レイ、
『会えないかな』って言ってたよね?」
「『また、連絡する』って言ったよね?」
と呟く。
レイが、自分から誘ってくれた。
連絡が来ただけでも嬉しいのに、
また会えるかもしれないなんて。
わたしは自分の中に、
じわじわと喜びが湧き上がってくるのを感じた。
地元を離れる時、
レイにはもう会うこともないかもしれない。
繋がりさえ、なくなるかもしれない。
そう覚悟していた。
でも、あの春の雪の日にレイに渡したメモが、
ちゃんとわたしたちを繋ぎとめてくれたことに、心から感謝した。
レイに、また会える……。
窓の外を見ると、新しい街の春の夕暮れが、
辺りをオレンジに染めていた。
そのあとわたしは、
待たせていることをすっかり忘れていたトモミにこっぴどく叱られ、
盛大に冷やかされたのだった。
つづく。
🌈続きのエピソードはこちら
「今度、虹を見たら」第八話
〜名前のない指輪〜
🌈これまでのエピソードをまとめた
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