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恋愛小説「今度、虹を見たら」第三話〜霧の踏切とチョコレート〜


【第三話】

高校に入学すると、生活が一変した。
わたしの高校は隣町の進学校なので、
朝早い電車に乗って一時間かけて通学する。
一応大学進学希望だったので、
部活には入らなかった。

隣町ということもあって、
同じ中学からこの高校に来た子は
数えるほどしかいなかった。
クラスメイトのほとんどは知らない子。

わたしはそれまでの「陰キャ」を払拭すべく、
ほんの少し勇気を出して
クラスメイトと積極的に関わるようにした。
そのかいあってすぐに友達ができ、
楽しい高校生活を送っていた。


制服が夏服に変わったばかりの頃だった。

その日は放課後に友達と遊びに行って、
いつもよりだいぶ遅い電車に乗った。

わたしが降りる二つ前の駅に停車した時、
なんとなく窓の外を見ていたわたしの目に、
ひとりの男子学生が映った。

レイだった。

短かったは少し伸びて、
ゆるくパーマがかかっているようだった。

半袖の開襟シャツの袖を少しまくり上げて、
ペタンコのカバンを持っている。

そして、
すれ違う女子がみんな振り返りそうなほど、
数カ月前とは別人のように
すてきになっていた。

わたしにとっては全く予想外の出来事だった。
レイの高校は知っていたものの、
同じ沿線の電車で通っているのは
知らなかったから。

じっと見てたせいか、
レイがわたしの視線に気づいて、こっちを見た。

わたしはなぜか慌てて目をそらしてしまった。
胸がどきどきする。

わたしは
数カ月ぶりにレイの姿を見たことが嬉しくて、
開いていた単語帳の英単語が
全然覚えられなかった。

駅に着いて電車を降りると、
いつものようにたくさんの学生が
ぞろぞろと駅に吐き出される。

わたしはレイの姿を探したけど
見つけることができなかった。

「もう帰っちゃったのかな。」

誰にともなくつぶやくと、
わたしは家に向かって歩き出した。

でも、もしかしたら
また同じ電車になるかもしれない。
話せることもあるかもしれない。

そう思うと嬉しくて、
わたしは小さな声で鼻歌を歌いながら
歩いていた。

すると後ろの方から
聞き覚えのあるテンポの足音が聞こえてきた。

「もしかして……」

と思う間もなく

「久しぶりー。」

と声をかけられ、レイが横にならんだ。

「レイ!久しぶり!元気だった?」

とわたしが言うと

「ボチボチ。
サラさんも同じ電車だったんだな。」

とレイが言った。


そこからわたしたちは、
ここ数カ月の近況報告をしながら
久々に一緒に歩いた。

中学の部活を引退して以来だから、
実に一年ぶりということになる。

すごくすごく嬉しかったけど、
同時に何とも言えない寂しさを覚えた。

レイがあまりにもまぶしくて、
なんだか遠い存在に感じてしまう。

わたしの方は、
変わったことと言えば制服くらいで、
他は何一つ変わってない。

もう、彼女とかいたりして。
いや、今いなかったとしても時間の問題かも。
なんて考えると、いたたまれなくなる。

「オレはだいたいいつもこの電車だよ。
サラさんは?」

ふいに聞かれて我に返る。

「わたしはいつもはもっと早い電車なの。
部活に入らなかったから。」

「なんだ。帰宅部か。」

「一応大学進学希望だからね。」

「ふーん。それも大変そうだな。」

そう言って、
レイがカバンから財布を出すと

「おごるよ。何がいい?」

と言って自販機を指さした。

「あ、えっと、じゃあミルクティー。」

と言うと、
レイが冷たいミルクティーを買って
わたしに手渡してくれた。

レイはコーラを買い、
わたしたちは自販機の前で
それらを飲みながら話した。

高校の事、最近よく聴く音楽のこと。
お互いになんとなく離れがたくて、
ずいぶんと長い間話していた。

夏至近くで日が長かったのに、
気付いたら辺りは真っ暗になっていた。


その日から同じ電車に乗り合わせた時は、
時々一緒に帰るようになった。

レイに会いたくて、
わざと遅い時間の電車で帰ったりもした。

時々レイが、
帰り道の途中にある小さな本屋さんで、
立ち読みをしながら
待っていてくれることもあった。

わたしがその本屋さんの前を通り過ぎると、
レイが立ち読みをやめて
追いかけて来てくれるのが嬉しかった。

わたしは、中学の卒業と同時に
レイへの想いもすっかり卒業したつもりだった。

高校に行けば
別に好きな人ができるかもしれないし、
そうなればレイのことも
きっと良い想い出になるだろうと思っていた。

でも。

「わたし、今でもレイが好きなんだな。」

と自覚して、ちょっと情けなくなる。

中二の夏から、
もう二年も思い続けていることになるんだもの。
告白の返事ももらえないまま。


ある日、帰りの電車で
久しぶりにナツコに会った。
ナツコはレイと同じ高校だ。

駅で電車を降りると、
二人で近くの喫茶店に入った。
チョコレートパフェを注文すると、
ナツコが言った。

「レイ、高校入ってからすごいモテるんだよ。
何人かの女子に告白されたらしいもん。」

いきなりそんなことを言われてドキッとする。

と同時に
それはそうだろうなとも思う。
レイ、中学の時よりもずっとすてきだもの。

「レイって、もう彼女とかいるの?」

わたしが恐る恐るナツコに尋ねると

「あのね、彼女がいたら
あんたと一緒に帰ったりしないでしょ?」

と呆れた顔でナツコが言った。

「っていうか
あんたたち付き合ってるんじゃないの?」

「一緒に帰ってるだけ。
付き合ってるわけじゃない。多分。」

「多分って。
卒業式でレイにボタンもらったんでしょ?
レイに自分のことどう思ってるか
聞かなかったの?」

「それは……聞いてない。」

「はあ?
それじゃあレイの気持ちも知らないまま
ただ一緒に帰ってるってわけ?」

無言で頷いたわたしに

「なにやってんの?あんたたち。」

とナツコが言った。
こう言われたのは二回目だ。

ホント、なにやってるんだろう。
パフェの生クリームがいつもより重たく感じる。


やれやれ、という顔で

「そんなサラちゃんに良いお知らせ。」

とナツコが言った。

「この間レイに振られた子がね、レイに

『ごめん。オレ心に決めた人がいるから』

って言われてんだって。
それってサラのことじゃない?」


わたしはビックリして
その場で固まってしまった。
ビックリしすぎてサクランボのタネを
飲み込んでしまったくらいだ。

レイが、心に決めた人。

それがわたしだったらどんなに嬉しいだろう。
どんなに幸せだろう。

「そんなこと言ってるくらいだからさ、
きっとそのうちレイの方から
なんかしらアクションくるよ。
期待して待っときな!」

ナツコはいたずらっぽく笑って、
自分のサクランボをわたしのパフェに乗せた。


それからも時々、
レイと同じ電車になった時は一緒に帰った。

春のやさしい雨が降る日も、
秋の夕暮れに二人の影が伸びる日も
わたしたちは特に待ち合わせをするでもなく、
その不文律を繰り返した。

結局何もないまま一年以上が過ぎ、
わたしたちは高二の冬を迎えていた。

もうすぐバレンタイン。
女子の間では
チョコを手作りするとか、しないとか、
手紙を渡すか、直接想いを伝えるか、
そんな話題で大いに盛り上がっていた。

わたしがレイに想いを伝えたのは
中二の夏だから、
つまり三年以上前ということになる。
未だに片思い継続中のわたし。

自分でもこんなに長い間
レイのことを好きでいるなんて
思ってもみなかったけど、
どういうわけか他にときめくような男子は
現れないのだった。

「もう一回告白してみなよ。」

歩きながら肉まんを食べている
ナツコが言った。

「でも、前に告白したし。」

わたしはピザまんをひとくちかじって答える。

「でもレイの気持ちは聞いていないんでしょ?
このままずっと
曖昧な状態でいてもいいの?」

肉まんを食べ終わり、
包み紙をクシャっとしながら
ナツコがわたしの顔を覗き込む。

「そりゃあレイの気持ちは知りたいけど……
でもそのせいで気まずくなったらイヤだし。」

残ったピザまんを、
じっと見つめながら言うわたし。

「もー。じれったいなあ。
ま、でも決めるのはサラだしね。
じゃあね!」

そう言ってナツコは帰って行った。

「曖昧な状態、かあ」

確かにレイの気持ちはずっと気になっていた。
既に彼女の一人でもいれば諦めがつくのに、
と思いつつ、

「ずっと彼女ができませんように!」

と密かに祈っているわたしもいる。


「……よし。」


もう一度、好きって伝えてみよう。
そして今度は、
レイがわたしをどう思っているのか
ちゃんと聞こう。

わたしは静かに決心した。

バレンタイン直前の日曜日、
わたしはレイに渡すチョコを手作りした。

簡単なものだったが、
それはそれは丁寧に、心を込めて作った。

バレンタインはあさっての火曜日。
同じ電車に乗れますように。



次の日の月曜日、レイと同じ電車になった。

レイは何人かの友達と
わたしの近くに立っていて、
バレンタインのチョコをいくつもらえるか?
という話をしていた。

タイムリーな話題だけに、
何となく聞き耳を立ててしまう。

「レイの予想は?チョコ、何個もらえる予定?」

友達のひとりがレイに聞いた。
一瞬ドキッとする。

「別にどうだっていいよ。
オレ、チョコ好きじゃないし。」

レイはそう言った。

え、レイって、チョコ嫌いなんだ。
知らなかった……。

どうしよう。
せっかく、作ったのにな。

レイは友達たちと
そのままどこかに行ったのか、
その日は一緒に帰ることができなかった。

しかも次の日のバレンタインは
レイと同じ電車にならず、会えなかった。


「これって、告白はやめておけってことかな。」


丁寧にラッピングしたチョコと
にらめっこしながら、はぁとため息をつく。

チョコ、自分で食べちゃおうかな。

さんざん迷った結果、わたしは決めた。

このままずっともやもやしてるのは
やっぱりイヤだ。

せっかくチョコも作ったし、
これを渡して、ちゃんとレイの気持ちを聞こう。
ダメなら潔く諦めよう。

その日の夜、わたしはレイの家に電話をかけ、

「渡したいものがあるから、
近くの踏切に来てくれる?」

と、伝えた。

レイはちょっと驚いて

「わかった。」とだけ言った。

わたしはマフラーと手袋をして、
チョコの包みを持って家を出た。
濃い霧がかかっている。

待ち合わせの踏切は
わたしの家とレイの家の中間にある。
まだレイは来ていなかった。

人通りも少なく、霧に包まれたその場所は
まるで異空間のようだ。

レイの家の方向を見ながら待っていると、
霧の中に浮かんだ人影が
だんだん近づいて来る。

レイだった。

「おーっす。」

寒そうにマフラーに顔をうずめながら、
レイが言った。

わたしは声が震えるのを隠すように、
敢えて元気よく

「呼び出してごめんね。
はいこれ。今日バレンタインだから。」

と言ってチョコの包みを手渡した。

「おお!サンキュー!」

そう言ってレイは、笑顔で受け取ってくれた。

レイの笑顔に少しホッとした。
でも、足が小さく震えているのは
多分寒さのせいだけじゃない。


「あの、あのね。」


わたしは口を開いた。

「前に、中学の時に
わたしレイのこと好きって言ったでしょ?
あの気持ち、今でも変わってないから。」

そう言うと、
レイはちょっと驚いて、それから少し微笑んで

「うん。」と言った。

そして、静かにこう言った。

「オレも、好きだなーって思うことあるよ。
サラさんをね。」


「……え?」



わたしは驚いてレイを見た。

ちょっと恥ずかしそうに、
でもまっすぐな目でわたしを見ていた。
吸い込まれるんじゃないかと思うほど
澄んだ目で。


「でもなんていうか、
まだ自分でもよくわからないんだ。
付き合うとか彼女とか。

オレがそんな状態で付き合ったとしても
きっとサラさんを傷つけるし、
うまくいかないと思う。」

レイはすごく大事そうに
言葉を選びながら話した。


「だから、今はまだ友達のままでいたい。」


その言葉がショックだったのは本当だ。
でもわたしはなぜかホッとしていた。

それは、レイがわたしのことを

「好きだなーって思うことはある。」

と言ってくれたからではない。

レイが言う通り
もしこのまま付き合うことになったら、
今はそれで嬉しいかもしれないけど、
その嬉しさがずっと続くことはないと
心のどこかで知っていた。

今よりも距離感が近くなる分、
お互い嫌な部分も見えてくるかもしれないし、
今度はきっと
「失うかもしれない」という恐怖がつきまとう。

そうなるくらいなら、
今のままでいる方がいいかもしれない。
その方が幸せなのかもしれない。

「……うん。わかった。」

わたしは笑顔でそう言った。
結果的には失恋なのだが、
なぜだかあんまり悲しくなかった。


「ごめん。
それ、わたしが作ったチョコなの。
レイがチョコ嫌いって知らなくて。」

わたしが言うと

「ありがとう。
何日かかっても、オレ一人で全部食べるよ。」

レイはそう言ってほほ笑んだ。

ふだんそっけないレイが、
いつになくすごく優しい。

「ビデオ返しに行くから、家まで送るよ。」

今まで何度も一緒に帰ったことはあるけど、
こうして改めて「送るよ」と言われると
胸がキュンとする。

「なんのビデオ?」

「映画。洋画よく見るんだ。」

「そうなんだ。
わたしも今度借りてみようかな。
オススメとかある?」

わたしが聞くと

「『今を生きる』っていう映画。
けっこう感動する学園もの。
ロビン・ウィリアムズが好きなんだ。」

と教えてくれた。

「今を生きる」ってどういう意味だろう?

みんなふつうに「今生きてる」のに。


「後でわたしも借りてみようかな。」

そういうと
レイはいつものように三回うなずいた。


次の日の学校帰りは早めの電車に乗った。
レイに会ったら、ちょっと気まずいから。

電車の中は
昨日のバレンタインで成立したらしい
カップルでいっぱいだった。

わたしは自分がその一員ではないことが
少しだけ残念だけど、
レイの気持ちが聞けただけで十分だった。

駅に着いてしばらく歩いていると、
途中の本屋さんで立ち読みしている
レイの姿が見えた。

いつもならこの時間に
帰って来ることはないのに、
と思って見ていたら、
わたしに気づいたレイが
立ち読みをやめて出て来た。

昨日の今日だから、なんだか恥ずかしい。

「今テスト期間なんだ。
待ってたらサラさん来るかなって思って。」

レイがそう言った。

「そ、そっか。
テストだったんだ。
それなのに、昨日は呼び出しちゃって
ごめんね。」

わたしが言うと

「いや、全然。どうせオレ勉強しないし。」

と言って、いたずらっぽく笑うレイ。

今度こそ吹っ切ろうと思っていたのに、
レイはいつも以上に優しい。

こんな風にされたら
吹っ切るものも吹っ切れない。

レイって、ずるい。


つづく。


🌈続きのエピソードはこちら↓
恋愛小説「今度、虹を見たら」第四話
〜銀色夏生と消えない残像〜

🌈「今度、虹を見たら」全話まとめ(マガジン)



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サラが初めてレイに名前を呼ばれた日の
「レイ視点」の物語です。
あの日のレイの心の中と
幼い頃のレイの秘密とはーー

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