【#創作大賞2025#ファンタジー小説部門】マァァァァァム!8話
7話はこちら
逃げ出した犬はすぐに見つかった。
「このクソ犬が……」
すぐに首根っこをひっつかまえようとしたが、ものすごい殺気を茂みのむこうに感じ、男は伸ばしかけた手をひっこめる。そっと覗くと大柄な人間が、鍬を構えて立っていた。
こ、殺される!
全身の血の気が引き、固まる。逃げ出したいのに逃げ出せない。その時、犬が茂みのむこうへ飛び出した。犬の首が転がる姿を想像し目をつぶる男。しかし、次に聞こえてきたのは犬の最期の鳴き声ではなく、幼児の声だった。
「マァァァァァム!ダメダメ!ダメよ!」
マム?この時、初めて大柄な人間の性別が女だとわかる。女かぁ……。先ほど感じた殺気のことを忘れ、男の心に油断が広がっていく。
女1人に子ども4人か。
女は大柄で筋肉質だった。しかし、それがかえって美しい顔立ちを際立たせている。子どもからの懇願とはいえ、今や貴重なアカイヌを食料として仕留めずに、飼うことにするなんて。
甘いぜ。
感じた殺気は子どもらを養うオヤチャイ狩りに向けられたものなのだろう。そう考えると、目の前にいる相手は途端に御しやすい存在に思えてくる。ただ、子どもとはいえ、4人もいるのは面倒だ。男が欲しているのは女とアカイヌ。殺伐とした世の中に足手まといになる子どもなんて必要ない。
「ちっ」
そうは思うが、前を歩くすこぶる上等な女への執着は捨てがたい。しかも、女は大量の干しオヤチャイをぶら下げて歩いている。あれだけの干しオヤチャイを持っているということは、オヤチャイ狩りの腕前は大したものなのだろう。
俺のアカイヌ攫いの手腕に、女のオヤチャイ狩りが加われば、楽に生活ができるのではないか。
そう考えた男は一定の距離を開けてボン一家の後を追う。なんとか犬と女の両方を我が物にしようと、男の頭の中はグルグルと回転し始めた。
🐕🐕🐕
「ペス~ペスペス~」
「ワン!」
ユタとサトはペスの周りをグルグルまわるのを止めない。ペスはかなり賢く、ボンをすぐにご主人と認め、ピタリと寄り添うかのようについて行く。そのペスのまわりには、必ずサトとユタがいる。今までは「疲れたあ抱っこぉ」と言っていたのに、ペスのそばに1分1秒でもいたくて自分で歩くようになった。そのお陰で、旅にかかる時間がグンと減った。ユキやゾウも小さな茶色い毛玉がいるだけで笑顔になっている。
犬っころを飼って正解だったな
ボンの頬も自然とゆるんだ。そのせいか、いつもより殺気が抑えられ、ボンを包む空気が柔らかい印象になった。
「マム、なんか女の人みたい」
とユキがいうので軽く頭を小突いた。
「痛っ」
「はなから女の人だよ!」
「馬鹿だなぁ兄ちゃんは」
と涙目で頭を抑えるユキにゾウは威張る。
「なにが馬鹿なんだよう」
「こういう時はね「マム、綺麗だよ」って囁くのさ」
ゴィィィィィン!
ゾウが前のめりに倒れた。
「痛いよ、マムゥ!」
ユキよりも強く叩かれたせいでゾウが泣き出す。
「そんな妙な言い回し、子どもが使うんじゃない!」
ボンがゾウを叱る。戦争で学校も遊ぶ場所もない子ども達は、生きるための術を身近な大人から学ぶ。口説き文句なんか覚えやがってと呟きながらボンは、子どもが子どもらしく生きられる世の中が早く戻ればいいのに、と切なくなった。
意味も分からず言葉を使ううちに、悪いことまで吸収するのではないかと母親らしい心配をしつつ、しゃがみ込み泣いているゾウを抱きかかえる。ちょっと力を入れすぎたなと反省しながら。抱きかかえられながらゾウは憎まれ口をたたく。
「マムの……ウスラトンカチィ……うえぇぇん」
まずは、自分の言葉を直さないといけないかも……と思った瞬間、背後に邪気を感じ、素早く振り返る。眼光鋭く周囲を見回すが、誰もいないし、凶悪なオヤチャイもいない。
「気のせいか……」
疲れているのかもしれないと思い、ボンは歩みを止める。
「マム?怒った?」
ボンの胸の中で泣きじゃくっていたゾウが心配そうに見上げた。
「違うよ、ちょっと早いが今日はここを寝床にするよ」
その言葉を聞き、子ども達は自分達のできる範囲でテキパキと動く。テントを張ったり小枝を拾ったり水を汲みにいったり。戦後すぐはとても飲めたものではなかった水は、オチャカナが空へ上る時に毒素も持っていったらしく、現在は人が飲んでも平気なレベルに落ち着いた。
「ユキ、干しオヤチャイだよ」
ボンに渡された食材を手際よく切り刻むユキ。ペスと一緒に水汲みから戻って来たサトとユキは鍋に水を入れる。その鍋を焚火の上にかけるゾウ。
みんないい子に育ったよ……アグ。
つかの間の幸せをボンは噛みしめた。
9話に続く
「マァァァァァム!」を最初から読みたい方はこちらをクリック♪
