【#創作大賞2025#ファンタジー小説部門】マァァァァァム!9話
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「ふぅ……熱い瞳に胸が射抜かれるかと思ったぜ」
ボンが邪気を感じ、振り返ったのは間違いではなかった。アカイヌ攫いの男のよこしまな心を感じ取ったのだ。すんでのところで男は、近くにあった岩に身を伏せ、ボンの眼力から逃れることができた。
後を追ううちに男は、だんだんとボンに魅了されていく。ズシンと響く重たい足音のわりに軽やかな身のこなし、母性愛、自分の心を射抜く魅力的な瞳。普通なら、殺気をおびた視線と感じるはずなのに、自己愛が強すぎる男は都合のいいように解釈をしていく。
今夜、ガキどもを縛り上げ、女と犬を攫う……。
ボン達が野営の支度をし始めるのを確認すると、男は夜襲の準備へと入った。
🐕🐕🐕
キャウン!
マァァァァァム!
ペスと子ども達の声を聞きハッと目を覚ましたボンの視界に見知らぬ男の顔が入る。男はボンに馬乗りになり、首に手をかけていた。子ども達の無事を確認しようと首を横にしようとすると、男の手に力が加わる。
「!」
「じっとしていれば悪いようにはしねぇ」
下卑た笑みを浮かべる男に対して、ボンの心は不快な気持ちでいっぱいになった。マムの上から降りろぉ~マァァァァァム!と子ども達の声が聞こえてくる。
泣き叫ぶだけの元気はあるようだ、と無事を確認し内心ホッとするボン。そっと指を動かすとモフモフとした物体に当たった。
「ペス?」
「……キュゥゥン」
ボンの声に弱々しく答えるペス。よし!生きている!
「心配しなくていいさ。もうちっと太らせるまで傷はつけねぇ。貴重なアカイヌの肉だからな」
「ペスはアカイヌじゃない!茶色い犬だ!」
ユキが怒りの声をあげると茶色の犬をアカイヌって言うんだよ!と男が怒鳴り返す。
「アカイヌの肉は高く売れるからなぁ」
「ペスは家族だ!食べ物じゃない!」
「ペス家族……!」
「ペスに意地悪ナイナイ!」
ゾウ、サト、ユタも怒りの声を上げる。
「うるせえガキどもだ!母ちゃんがどうなってもいいのか!」
男はそう言うと腰から短刀を抜き、ボンの顔にむける。
「この刀の切れ味は何匹ものアカイヌで実証済みだぜ、ヒヒッ」
それを聞いた子ども達は静かになった。その不安が地面を伝いボンに届く。
「夜中に突然、訪れて騒ぐなんて無粋な男だねぇ」
「無粋かどうかは、これからわからせてや……」
ドゴォォォ!
ボンに馬乗りになっていた男が吹っ飛ぶ。ボンが頭突きをくらわせたのだ。全身がバネのようにしなやかなボンは両手が使えずとも、簡単に上体を動かし、馬乗りになった男に見事な頭突きを食らわせる。
「ふぁ……へ……?」
なにが起きたのかわからず呆然とする男。痛む顔に手を当てると鼻血がべっとりとつく。それだけではない。前歯も数本折れたようで手のひらの上にポロポロとこぼれた。
「ひぃぃっ!」
おののく男に近づき、胸ぐらをつかむボン。
「あんた……アカイヌ攫いだね?」
恐怖のあまり、ガクガクと縦に首を動かす男を、あっという間に縛り上げるボン。男を逃げられないようにしてから、近くの木に縛り付けられた子ども達の縄を解く。捕獲網からペスも助け出した。
「ペス~」
「わん!」
ペスと子ども達の双方に怪我がないか確認するボン。それが終わるとボンは男へ顔を向けた。
「おまいが攫ったアカイヌのとこへ私達を連れて行くんだよ!」
「?」
「解放するんだよ!戦争が終わっても人間の欲になぶり殺されている動物を見逃せないからね!」
「い……いやふぁ……」
この期に及んであがこうとする男に、怒りが収まらずボンは、2、3発パンチをくらわせる。
「ひ、ひゃいっ!命らけはおたしゅけを……」
ボンの恐ろしさに気づいた男は、鼻血と涙で汚れた顔のまま、盗んだ犬を集めた場所へと案内をした。
「こ、ここれす……」
獣臭が充満する洞穴には攫われた犬が1匹、鎖でつながれていた。衰弱した様子で痛々しい。不快感を隠そうともせずボンは男に尋ねる。
「1匹しかいないじゃないか!」
「ひょうれふっ」
ある程度大きくなると犬は売るらしい。ペスはそろそろ出荷というところでたまたま、逃げ出せたラッキーな犬だったのだ。ペスの父親は他の兄弟達と共に売っ払ったと、男が言うのでボンは怒りに任せて後頭部をはたく。
「ぎゃっ!姐ひゃん、勘弁ひてくらふぁい!犬で儲けた金を渡ふのでごかんびぇん……ゴフッ!」
男の言葉を聞きたくないとばかりにアッパーを繰り出したボン。男は、数本の歯を口から吐き出し、白目を剥いて失神した。
「キャウン!」
ペスが衰弱している犬に走り寄る。ペロペロと母犬の傷を舐めるその姿は、我が子と重なりボンの胸を打った。
🐕🐕🐕
「こいつはっ!」
男の顔を見るなり、村長は憎々し気な視線を投げつける。男はこの近辺で強盗を働いていたお尋ね者だった。近くの村に男を預けて、ボン達は旅を再開しようと突き出すと、なかなか捕まらず困っていたところだったと、村長に礼を言われる。
アカイヌを不当に盗んで商売をするだけでなく、強盗までしていたとは。村長に引き渡す前に、ボンはもう一発を男にお見舞いする。
「これだけ痛めつければ、当分の間動くこともできないだろうよ」
吐き捨てるように言うボンに村人は感謝の言葉を伝えた。
「感謝してくれるなら、少しお願いがあるんです」
ボンが改まり村長に言う。
「母犬の衰弱っぷりをみると、私達と旅をすることができません。申し訳ありませんが、子犬と共に村に置いてやってくれませんか?」
「なんてありがたい申し出!」
村がある地域は治安が悪く、番犬は願ったりかなったりの存在だと喜ぶ村長。衰弱しているとはいえ、ペスの母親はかなり大柄だった。ペスは雄なので、成長すれば、母犬より大きくなるだろう。大型の番犬は村にとっては手が出るほど欲しいものに違いない。
「これで安心して旅に出られます」
ここまでは良かったのだが。
「いや!いやいやいや!ペス一緒ぉ~!!!」
ユタが大泣きをする。他の3人は母犬にピタリと寄り添うペスを見てぐっと我慢できたのだが、幼いユタには無理だった。大の字に寝ころび手足をバタバタさせて抵抗するユタ。
いつもなら、ゴイン!と一発お見舞いさせて無理矢理抱き上げてしまうのだが、ボンはユタの横にしゃがみ込み、ゆっくりと話しかける。
「いいかい、ユタ。ペスはね、ペスママと会えたんだ。一緒にいさせてやろうじゃないか」
「嫌!ペス一緒がいい!」
「なら、マムと離れてペスと村に残るかい?それともペスを無理やりペスママから引きはがすかい?」
「……」
それを聞くとユタは起き上がりボンにしがみつく。泣き声を必死に押し殺してはいるが涙は止まらない。
「ペス……バ……イ」
ボンの胸に顔をつけ、手だけをペスに振った。
「では、私達はこれで」
寂しさを胸にしまい、ボン一家は村を離れ……。
「わん!わんわん!」
「ペス!」
ユタがボンから飛び降り、追いかけて来たペスに走り寄る。ユタにしがみつかれたペスは尻尾をブンブンと元気に振っている。視線はボンにしっかりと向けられていた。
「わん!」
「いいのかい?」
衰弱しているはずの母犬もボンをじっと見つめている。その姿は息子をよろしくと言っているようだった。
「この母犬は身ごもっておりますから」
村長がそう言い、ニコリとする。
こうして、大人1人に子ども4人、犬1匹の旅は再開された。
10話に続く
