【#創作大賞2025#ファンタジー小説部門】マァァァァァム!14話
「マァァァァァム!サトがいない!」
ユキの叫び声にハッとするボン。ゾウが落とした洗濯物の洗い直しに集中していたボンは、サトがいないことに気づかなかった。サトは自分から絶対離れないと思い込み油断をしてしまったのだ。普段から泣き声以外は大きな声を出さないので、いないことに気づくのが遅くなった。
「怪しい人影を見たかい?」
ユキにそう尋ねるが首を横に振る。大人しそうな子どもを捕まえ、売り物にする人さらいの仕業かと思ったが違うらしい。鼻が利くペスが唸り声を上げなかったということは……。
「ゾウの後を追ったんじゃないかな?」
「さすが長男!」
そう言いながらボンはユキの頭をなでる。
「ユタ!」
それを聞き、ユタはピョンとボンの襟首にしがみつく。
「ちゅっぱつちんこー!」
「ワン!」
3人とペスもゾウの後を追い走り出した。
・・・・・・
かなり遠くまで走ったことを確認したゾウは、呼吸を整えようと河原に腰を下ろす。目の前に流れる川を見て、さきほど自分が落としてしまった洗濯物のことを思い出し、胸が重くなった。
そんなつもりじゃなかったのに……。
そう思ったのだが、サトに向けられたボンの優しいまなざしを思い出し、怒りが再燃した。
サトの本を少し見たかっただけなのに。
あんなに嫌がることないじゃないか。
黙って渡してくれればいいのに。
マムもあんなに怒るなんて。
いつも俺ばかり殴られる。
怒りとボンに嫌われたかもしれない不安が混ざり、ゾウの気持ちがゴチャゴチャになりジワっと涙が出そうになった。
「ゾウ」
慌てて涙を引っ込め、振り向くとそこにはサトがいた。ゾウにサトがおずおずと絵本を差し出す。
「ちょっとだけ、ちょっとだけだよ?」
「今頃……遅いよ……」
そう言いながらも「へへへ」と笑うゾウ。それを見てサトもニッコリとしながら渡そうとしたのだが、持っていた絵本をサッと頭の上に持っていく。
「おい!ふざけ……」
一瞬ムッとしたゾウだが、ハッとして後ろを振り向く。川面がビチャビチャと動いている。さっきまで静かだった川面に無数の陰が蠢いていた。
「オチャカナの行水だ……」
戦後の環境変化で汚れた水から逃げ出し、空で群れをなすようになったオチャカナだったが、定期的に空から降りて行水をする。水中から空中と生活環境が急激に変化したことはオチャカナには負担があったようで、時々、水分を摂取しにくるのだ。最近はだいぶ水質が改善されたため、オチャカナの行水の回数が増えていた。だが、オチャカナの行水には守らなくてはならないことがある。
決して近づいてはならない。
久々の水に狂喜したオチャカナは気が立っている。そこへ人間が近づこうものなら食い殺されてしまう。行水中は岩陰に隠れてオチャカナがいなくなるまで待つ。知っていて近づいたわけではないが、大変困ったことになってしまった。
「サト……そうっとあの岩まで移動しよう」
ゾウが小声でささやき、サトは無言でコクコクとうなずく。ゆっくりゆっくりと近くの岩まで、音を立てずに2人は移動したが、もう少しというところで、足元の小石をコロン動かしてしまった。いっせいにオチャカナが河原に意識を集中させるのを感じる2人。ただでさえ凶暴なのに行水中でオチャカナの目はギラついている。そのギラついた目とゾウの目が合ったと思った瞬間、1匹のオチャカナが水中から飛び上がった。キラリ。オチャカナの鱗が太陽の光を浴び、輝く。
「シャアアアア!」
ものすごいスピードで向かってくるオチャカナから逃れられない。そう思ったゾウが慌ててサトに覆いかぶさる。その背に襲いかかろうとするオチャカナ。大きな口からは鋭い牙がのぞいている。
マム!ごめんなさい!
勝手に遠くにいってごめんなさい!
心の中で叫びながらゾウはサトを必死で守ろうとしたのだが。普段は大人しいサトがスルリとゾウの下から抜け出した。
「やめて!オチャカナ!やめて!」
そう言いながら絵本をゾウの上にかぶせた。
バチン!
絵本にぶち当たったオチャカナがバランスを崩して地面に落ちる。それに向かって何度も絵本を振り下ろすサト。ゾウは呆然とその様子を見ていたのだが。
「シャアアアア!」
仲間がやられているのを見たオチャカナが行水をやめ、どんどん襲いかかって来た。
「サト!」
サトを抱きかかえ走るゾウ。しかし、7歳が4歳を抱えて走るのはかなりの困難が伴う。あっという間にオチャカナに追いつかれるゾウとサト。
ああ、もうダメだ……
目の前に岩を見ながらゾウがサトの上に覆いかぶさる。あともうちょっとで岩だったのに。弟の1人も守れないなんて、俺、ダメなアニキだ。今度はサトが動けないよう、しっかりと抱きつきながらゾウが涙を1筋流した時だった。
スト!ストストスト!
ボトボトボト!
「イテテテ!」
荒れ狂っていたオチャカナがゾウの背中に落ちてくる。不思議に思い見てみると、全てのオチャカナに釣り針が刺さっていた。呆然とする2人の上を黒い影がよぎる。
「ゾウ!サト!岩の後ろに走りな!」
伸びているオチャカナを1匹拾い、ボンが川めがけて走り出した。右手の吹き筒を口に当て、左手のオチャカナを高々とかかげ急スピードで振り回す。ペスも唸りながらボンの後に従う。荒れ狂っていたオチャカナ達はボンを見て慌てふためく。群れをなすオチャカナは、自分達の仲間が振り回されいることに恐怖を感じたのだ。
オチャカナの行水はランダムに発生するため、予測が不可能。そのため、水辺に近づく用事がある時は、備蓄用の干しオチャカナを高く掲げくるくると回さなければならない。仲間意識の強いオチャカナは仲間が振り回されているのを見ると決して近づかないからだ。
サトとゾウはなにも持たずに行水に出くわしてしまったため、襲われた。そこで、ボンは瞬時にオチャカナを仕留め、手に持ち振り回したというわけ。
スト!ストストスト!
大慌てで逃げるオチャカナを何匹も仕留めるボン。久々の大漁にご満悦だ。
「ゾウ、サト。オチャカナを拾って!持って帰るよ!」
ユキに声をかけられ、ハッとするゾウとサト。ユキはいつも通り、静かに笑っている。コクンとうなずいてゾウとサトはオチャカナを拾った。ユタも「ヨイチョ」と拾っている。
テントを張った場所に戻り、オチャカナが焼けるのを待つ間に、ゾウは「ごめんなさい」とボンに謝った。ポロリとこぼれる涙をボンは拭ってやりながら微笑む。
「勝手にいなくなったのはダメだけど。サトを守ろうとしてえらかったよ」
「サトも俺を守ろうとした」
そう言ってゾウはサトが持っている絵本を指さした。オチャカナがぶつかったことで真ん中に大きな穴が開いている。「ごめんなサト」というゾウにサトは、
「ゾウ、カッコ良かった。この絵本、記念」
「僕もカッコイイと思ったよ」
ユキにも言われ照れるゾウ。いつもならここでおかしなことを言うユタが静かだ。え?今度はユタがいなくなった?と思ったらボンの足元でスヤスヤと眠っている。ペスもユタに寄り添い眠っていた。
「今日の大冒険でおねむのようだよ」
さあ、オチャカナが焼けたよ、と子ども達に1匹ずつ渡すボン。
「マムは食べないの?」
オチャカナを取らずに立ち上がったボンにゾウが心配そうに声をかける。食べるさ、と言いながら今日は、兄弟げんかのおかげで大漁だったからと笑うボン。
「これから干しオチャカナ用の台をつくるんだよ」
「俺、ちょっとは役に立った?」
大漁という言葉を聞いて顔を輝かせるゾウにボンは少し怖い顔をする。
「でもね、兄弟げんかはダメだ!」
首をすくめるゾウを見てアハハと笑うユキ。
「明日の荷車は干しオヤチャイと干しオチャカナで一杯だから、みんな歩いておくれよ」
「ワン!」
子ども達より先にペスが返事をし、どっと笑い声が起こった。
「ペス、いっちょ……ふぇぇん」
寝ぼけたユタが泣いたので、慌てたペスが走り寄り頬をペロリと舐める。明日もこの幸せが続きますように。手際よくオチャカナを干しながらボンは平和へ思いを馳せる。
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