最終話!【#創作大賞2025#ファンタジー小説部門】マァァァァァム!24話
23話はこちら
「マァァァァァム!も、もっとゆっくりにしてぇぇ!」
荷車のあまりのスピードに目を回しながらユキが叫ぶ。
「いいから!みんなしっかりつかまっているかい?」
そうボンに叫ばれ、ハッとするユキ。長男らしく弟達に目配せをする。兄の顔を見て全てを察知する弟達。
ペスの紐はしっかり荷車に結ばれている。
サトとユタがペスの毛をしっかりつかんだ。
「ワン!」任せてくださいとばかりのペス。
ゾウがみんなに幌をかけ、スルリと荷物の隙間に入る。
全てを確認したユキが幌を自分にもかけながらボンに返事を返す。
「大丈夫!」
「じゃあ行くよ!」
タン!
ボンと共に荷車がふわりと浮かぶ。地面を走っていた時の振動が感じられない。幌の隙間から荷車の外を伺うと。
「オチャカナ!」
ユタが目を丸くして叫んだ。いつも見上げる位置にしかいないオチャカナが荷車の横を飛んでいる。オチャカナを見た瞬間、驚いたサトはペスの背中に顔をうずめた。
「え?え?」
狼狽えるユキにかわり、ゾウが荷車の下を見る。
「兄ちゃん!おれたち飛んでる!」
ゾウが落ちないようにしっかりと抱きしめながらユキも下を見ると、走り回る野良オヤチャイが、ものすごく小さく見えた。僕達……すごく高いところにいる?荷車って空、飛ぶっけ?
「マァァァァァム!」
「これが近道だってシメさんが教えてくれたんだよ!」
がははと笑うボン。片手に干しオチャカナを持ちブンブン振り回している。凶暴なオチャカナの群れの中にいても襲われないのは、ボンがオチャカナよけの干しオチャカナを振り回していたおかげだったのだろう。突然現れた異物である荷車と一定の距離を取り、オチャカナは群れながら空を泳いでいる。
「さあ、着陸だ!しっかり口を閉じて!舌を噛まないように!」
ボンがそういった瞬間、ズシィィィンという地響きと共に荷車に大きな衝撃が走った。幌をかぶっていたおかげでなんとか外に転がり落ちずに済んだが、荷台の子ども達と犬は2、3度バウンドした。
「マ、マム……もうちょっと優しく……」
フラフラしながら出てきたユキが文句を言うと、
「だってさぁ、早く会いたいじゃないか!」
と照れたようにボンが言い、目でユキを促す。
「?」
ボンの視線の先には大きな建物があった。
「マム?もしかして?」
「そうだよ、ここがダドのいる病院さ」
「乱暴な到着だけれど女心に免じて許してやるよ」
ゾウが荷車から降りながらそう言うので、慌ててユキがゾウに目配せをする。あ!と慌てて頭をかばうゾウ。「ナマ言うんじゃないよ」と叱られると思ったのだ。しかし、今回は違った。
「ああ、マムはね、ダドに会いたくて仕方なかったんだ」
ボンが素直にゾウの言葉を認めたのだ。それを聞いた瞬間、ユキとゾウの目から涙があふれた。
「マム!」
兄2人が母親に抱き着くのを見て、幼い弟2人が「ずっこい!ずっこい!」と言いながら慌てて荷車から降りる。片膝をつき、4人の子どもを抱きしめるボンの目にも光るものが見えた。それをそっとペスが舐める。
「な、なにが起きた!」
「戦争はもう終わったのに……爆撃?」
その声を聞き、ボンがハッとした。大きな衝撃音と共に現れた荷車に驚いたのだろう。病院からわらわらと人が飛び出して来た。すっと立ち上がったボンが深々と頭を下げる。
「お騒がせをしてすみません。私はこちらでお世話になっているアグの家内です」
丁寧な挨拶をしながら、村から預かって来たヒィロッポンを病院長とみられる人物に渡す。病院長は礼を言いながらアグのことを褒めたたえた。怪我が癒えてもなお、病院に尽力をつくしてくれるアグにどれだけ感謝しているかと。
「傷病兵も少なくなり、病院は地域の人々を診られるようになりました。本当はすぐにでも家族の元に帰りたいでしょうに。アグさんには感謝してもしきれません。」
そう言われたボンは再び深々と頭を下げた。
「ところでアグは?」
「裏で干しオヤチャイの棚を修繕していますよ」
「ありがとうございます!」
逸る心を抑えきれず走り出すボン。そんな母親に遅れまいとゾウの手を取るユキ。ペスはひょいひょいとサトとユタを背中に乗せ、共に走り出す。
「アグ!」
ボンの心からの声が響き渡った。
「ボ……ン?」
修繕中の棚の前で信じられないという表情を浮かべたアグは次の瞬間、修理道具を放り出し両手を広げた。
「ボン!」
「アグ!」
ボンが大きく地面を蹴った。かなりの距離をものともせずアグの胸へと飛び込んだボン。ズゥゥゥン。地面にアグがめり込んだ。
「ご、ごめんよ、アグ!」
「いいんだよ。このめり込み方はボンにしかできない」
ボンに助け起こされながらアグが笑う。体についた土を払い終わるとアグはボンに顔を近づけた。
「ただいま、ボン」
目を閉じ、ボンがアグを受け入れたその時。
「ヒュゥゥゥ!さすがダド!」
「ゾ、ゾウ?」
その声にあたふたと顔を離すアグ。3年も会っていないが、すぐにゾウと分かったようだ。カアアと顔を赤くしたボンが「ゾウ!」と右手を振り上げたので、ゾウは慌ててユキの後ろに隠れた。
「マム、平和っていいね」
少し涙のにじんだ目でユキに言われ、ボンは手を静かに下ろした。
「そうだね」
ボンが静かな笑みを浮かべたので、安心したゾウもユキの後ろから出て来た。ダドの顔を記憶していないサトはペスの背の上で少しだけ顔をあげ、チラリとアグを見るが、目が合った瞬間パタっと伏せてしまう。ユタは既にペスの背から降りていたが、初めて見るアグが本当にダドかわからずキョトンとしている。
「君がサト」
ペスの横にしゃがみ、目線をサトに合わせる。
「ダ……ド?」
少しだけ顔をあげるが、すぐに顔を伏せるサト。そうだよと答えるアグが、その様子を静かに微笑み見つめる。サトが顔を上げるのを待っているのだ。そのうちアグの優しい視線に揺り動かされるかのようにサトが顔を上げ、パッと飛びついた。
「ダァァァァァド!」
「サトにしちゃめずらしく大きな声だねぇ」
と笑うボン。その姿をボーっと見ているユタにアグが向き合う。
「君がユタ。僕が徴兵された時、お腹の中にいたユタ」
そう言いながらユタの頬にそっと手を添えるアグ。初めて見る我が子との3年の隙間を、必死に埋めるかのようにアグはユタの頬を優しくなでる。お腹の大きなボンを置いて戦地へ行くことがどんなに辛かったか。アグの目に自然と涙がこみ上げてくる。ユタが小さな手でアグの涙をそっと拭う。
「ダド?」
「うん」
「ダド!」
ユタが満面の笑みでアグに抱き着く。そこへゾウとユキがおずおずと近づいた。
「ダド……」
ボンへの軽口はどこへやら、もじもじするゾウ。
「ゾウはすっかりお兄さんになったなぁ」
そう言われた瞬間、ゾウの顔はクシャクシャになった。
「ダァァァァァド……」
これまでの思いが涙となりゾウの目を濡らす。
「ユキ」
「はい!」
直立不動の姿勢でカチコチになっているユキを見てアグは微笑む。
「立派にダドの代わりをしてくれたんだね」
「え?わかるんですか?」
「弟達を見ていればわかるよ」
そう言われたユキは直立不動のまま大声で泣き出した。我が子達との感動の再会が落ち着き、アグは立ち上がる。
「ボン、すぐに帰れなくて申し訳なかった」
「いいんだよ。人助けだろ?」
頬を染めながらアグとの再会をボンが喜んでいた時だった。
「アグさん?」
後ろからアグを呼ぶ声がする。声のする方に視線を向けるとそこには白衣の天使がいた。大柄だ。ボンとほぼ変わらない。
「あ、今ね……」
白衣の天使に笑顔を向けるアグ。それを見た瞬間、ボンの顔が憤怒に切り替わった。
「あんたは!大柄な女性が本当にお好みのようだねっ!」
ものすごいスピードの右ストレートをアグに放つ。
「うわっ!どうしたのボン?」
ギリギリで交わすアグに、子ども達が「ダドすごーい」と拍手を送る。
「え?なに?」
驚くアグにボンが容赦なく左フックを繰り出す。ひゃああと言いながら体をくねらせかわすアグ。
「やけに俊敏になったね!」
「戦地で鍛えられたからね!」
右アッパーをブリッジで避けながら自慢するアグ。バネじかけの人形のようにパッと立ち上がる。
「人を傷つけないし自分も傷つけないって誓ったんだ!」
「あんたらしいね!」
アグの言葉を聞いたボンがニカっと笑い、アグに向かって飛び込んだ。笑顔を見たアグは、両手を広げボンを受け止めようとした瞬間、ボンはすっと無表情になる。地面を蹴った後ろ足を思い切りアグの腹部に……
「マァァァァァム!」
「ダァァァァァド!」
子ども達は手を顔で覆った。マムの膝蹴りは世界一、子ども達は今までの経験でその威力を知っている。
バシ!
その場に崩れ落ちるアグを想像しながら手を離した子ども達が見たのは、腰を抜かしたアグとボンの膝蹴りを受け止める白衣の天使、それに驚きの表情を浮かべるボンだった。
「もぉう、姉さんったら勘違いも甚だしぃ」
「タイ?」
「そうだよ、タイちゃんだよ!」
アグがもう!と頬を膨らませる。サクがアグと大柄な看護師が仲が良いと耳に入れたことで、ボンは勘違いしたのだが、その看護師はボンの弟タイだった。タイは従軍看護師として、戦地へ赴いており、終戦後も病院でけが人や病人の治療に従事していたのだ。全国に散らばった病院をひとつにまとめ、医療を充実させようとした時にタイとアグは出会ったのである。
兵隊としてより従軍看護師としてサポートをしたい、そう考えたタイは徴兵を断り、看護師になった。タイもボンの一族なので優れた身体能力を持っている。しかし、平和を愛し、命を殺めることを幼い頃から嫌っていた。兄ヤスはそんな弟を情けないと言っていたが、優しいタイがボンは大好きだったし、自分の早とちりを指摘してくれる大切な存在でもあったのだ。
「くそう……サクのやつめ!」
「姉さんが勘違いするのがいけないのよ!」
ニヤニヤするタイに謝りながらボンは、大変だったね、ありがとうと伝える。姉の言葉に少しウルっとするタイ。頑強な身体ではあるが、戦地では辛い出来事を多く経験しただろう。それが心優しいタイにどれほど辛かったか。そう思った時、ボンはタイを抱きしめた。姉のハグを弟は力強く優しく受け止める。
その様子を温かな眼差しで見つめながらも、ふぅっとため息をつくアグに向き直り、ボンは「ごめん」と小さい声で謝った。
「そこがボンのかわいいところでもあるから」
腰を抜かしながらも、ストレートな言葉を伝えてくれるアグにボンは頬を赤らめた。
見合いの席でも
ポエムの会の帰りでも
日々の生活の中でも
アグは自分の気持ちを素直に言い続けてきた。世の中、意地や見栄を張ったりしないでアグみたいな人間ばかりだったら、世の中はこんなにならなかっただろう。
「アグ、あんたと出会えて本当に良かったよ」
「どうしたの急に?」
とまどうアグを助け起こしながら、そのまんまの通りさ、とボンは笑う。マァァァァァム!と叫びながら近寄った子ども達とペスが2人の周りでスキップした。
おわり
「マァァァァァム!」を最初から読みたい方はこちらをクリック♪
