認知症になった義母の話 その③
ここまでの話をまだお読み頂いてない方は、先にこちらをどうぞ。
年末年始をどう過ごすか問題
デイサービスを週に3回使うようになった義母。当然、夕方には家に帰ってくる。尿モレ問題が解決しないうち11月になり、年末が近づいてきた頃。
度々、粗相をする義母に対して、遂に義父の堪忍袋の緒が切れる時が来た。私は直接見たわけではないが、「いい加減にしろ」という感じで、頭を小突いた、とかなんとか。そのことを義母はケアマネさんに訴えたらしい。
「じいちゃん、おっかないよー」と。(義母は孫ができてからは、夫のことをじいちゃんと呼んでいた。つまり、夫が怖い、という訴えである)
ケアマネさんとしては、このような訴えがあった場合、直ちに対応を取らねばならないらしい。おそらく、こういう芽を摘んでおかないと、虐待などの事件に発展してしまうケースが少なくないからだろう。
年末年始はショートステイにしよう
デイサービスは年末年始はお休みだという。
デイサービスは使えないが、ショートステイなら使えると教えてもらった。
年末年始の約1週間、家でずっと二人で過ごすのは、相当困難だと思われたので、迷わず「ショートステイでお願いします!」と依頼し予約できた。
ショートステイを使いたくても予約が取れないとか、地域によって様々な事情はあるのだろうが、運よく夫の実家エリアでは枠が空いていたのは幸いだった。
一番頼りにしていた長男が単身赴任に
話は前後するが、11月頃に、それまでできていた様々な日常の動作について更に困難さが増してきたこともあって、介護認定の変更申請をした。
そんな折も折、毎週のように実家へ通い、買い物や掃除・洗濯を手伝っていた長男(=私の夫)が年明けから単身赴任になることが決まった。
介護認定とは、基本的に認定されてから1年間が有効期間であり、1年経って更新にあたっては、再度その時の状況をヒアリングするなどして、要介護度を審査するというシステムになっている。
ただし、1年を経ずに状況が悪化した場合などには、「認定変更申請」をすることもできるので、11月の時点で要介護3への変更申請をしていたのだ。
義母の状態の悪化だけでなく、今までいろいろと世話を焼いてきた長男が単身赴任となって、これまでのように手伝いに来れない、ということも加味していただけたのか、年末ぎりぎりに要介護3になったとの通知が届いた。
いよいよ、要介護3
要介護3になれば特養(特別養護老人ホーム)に申し込める、ということは周知のことだと思うが、年明け早々、義母ももちろん申し込んだ。
そして、正式入所には時間がかかるが、「ショートステイのロング(長期)利用」という制度を使えるということになった。
これは、正式入所ではないものの、ショートステイ用に開けているベッドを長期利用させてもらえるもので、基本家には帰ってこないので、実質的には入所したのと同じことになる。(費用負担は多少違うのだが)
義母が自宅を出る日
どこのご家庭でもそうではないかと思うのだが、「今日出かけたら、もう家には帰りませんよ」とご本人に告げて施設に向かうということは、おそらく無いのではなかろうか。
我が家でも「今回は少し長くお世話になりますから」のように言い含めて、送って行った。そうとしか、しようがないのだ。
義母には、長男も遠くに転勤になるし、「夫と二人で家にいるより、ここにいる方が安心だから、この施設に預けて行ってくれた」というストーリーを繰り返し言い含めることにした。
が、1週間、2週間経ち、家に帰れないのだということが段々わかってくると、家に帰りたいと言って、施設で泣いていたという。いわゆる帰宅願望。
「じいちゃんに捨てられたー!」などという発言までしていたというから、施設の方には本当にお世話になったとしか、言いようがない。感謝です。
短期記憶がどんどんなくなる日々
それにしても、施設に入所してからは、もともと耳が遠いことので、他の人とコミュニケーションが取れない。加えて、テレビの音も聞こえない、というもあって、刺激が少なくなり、短期記憶の低下が著しかった。
私が会いに行ったことも、前日に他の誰かが会いに行ったことも、翌日には覚えていない、という具合。
それでも、目の前のこと、その瞬間に対する反応はちゃんとできる。
美味しいものを食べれば美味しいし、誰かが会いに来てくれれば嬉しい。
ただ、そのことを覚えていられないだけ。
「じいちゃんが来てくれて嬉しい」
年明けに入所してから、約半年が経ったつい先日。
夫は単身赴任先から帰省で戻ってくると、必ず実家にも顔を出し、両親を連れて回転寿司に行く。施設では、寿司が出ることはまずないし、好きなものを好きに食べられる回転寿司は、義母も好きなようだった。
その日はたまたま私も同行し、4人でお寿司を食べて「あー、美味しかったね」と、食休みをしていた時に、義母は目頭を押さえているように見えた。
「どうしたんですか?」と私。
すると、「じいちゃんが来てくれて嬉しい」と義母。
「そーですね、みんなで来れて良かったですね」とテキトーに話を合わせた私に、義母は
「モーレツに恋してたこともあったのよ」
「えー?!今、なんて言いました?」と一同驚愕。そしてちょっと笑った。
昔、同じ職場だった二人は、義母は義父のことが大好きだった。若かりし頃に先に好きになったのは、どうやら義母の方らしい。
聞けば、江戸っ子気質で、短期で、男気があったらしい義父に、義母の方が惚れて結婚したということらしかった。しかも3つ姉さん女房。
私が嫁いだ頃には、仲の良い素振りなど全く見たことがなく、義母の口からは愚痴ばかり聞いたけれども、それはつまり、家庭を顧みない夫への恨み節だったのか、もっと自分をかまってほしいという裏返しだったのか。
孫たちの名前も忘れ、いろんなことを忘れてしまっても、今覚えているのは昔好きで一緒になった頃の夫のことなんだ、と知って、私は本当に驚いた。
めったに面会に来ない夫について、「じいちゃんがどうしてる?」と聞いてきたのも、やはり気になっていたことの証拠なのだろう。
消える記憶・残る記憶
認知症の老人が何を覚えていて、何を忘れているのか、はもちろん個人差があると思う。
それでも、ずっと恨み言をいうより、昔の楽しかった日々のことを覚えていてくれる方が、本人も幸せじゃないか?
笑って話せる話なら、何度でも同じ話を聞いてあげればいいよ、と夫は言った。もう記憶には残らないとしても、楽しい時間を過ごさせてあげたいと。
認知症になった義母の話、長くなりましたが、一旦これで終わります。
介護認定や、介護の日々のについては、またちょこちょこと発信することもあるかもですが。
我が家の話が少しでも、誰かの参考になればと思って書きました。
読んでいただき、ありがとうございました。
少しでも読んでくださったあなたの、参考になることがあったら嬉しいです。スキやコメントも是非よろしくお願いします!
