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夢と鰻とオムライス 第14話

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「あの人!」
 思わず声が出る。
 彼女は昨日、ワインカーヴでこうちゃんと親しげに話をしていた、あの女の人だったのだ。
 俺は慌てた。
   こうちゃんとあの人を会わせなきゃいけない!
 衝動的にそんな思いに搔き立てられる。だが、こういうときに限って、こうちゃんはいない。本当に間が悪い人だ。

 昨日の女の人は日差しを避けるように、ずんずん先へと歩いて行ってしまう。声をかけるべきか迷っていると、こうちゃんが店から出てくるのが見えた。こっちの気も知らないで、呑気にぷらぷら歩いてくる。俺が堪らず車の外に飛び出すと、こうちゃんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして俺を見た。

「なんだ、どうした? 瞬太もトイレか?」
 それどころではない。もう彼女の姿は見えなくなっている。俺はしどろもどろになりながらも話す。
「こっ、こうちゃん、女の人がいたんだ」
「うん?」
「今、店を出てったばかりだから、まだ間に合うかもしれない」
「あ? なんだよ、突然」
「髪の毛が長くてきれいな人だった!」
「はぁ?」
「今行けば、間に合うかもしれないから、追いかけてよ!」
「なんで俺が? ナンパしたいなら自分でしろよ」
「違うよ。俺が声をかけたいんじゃないんだよ」
「はあ?」
「こうちゃんじゃなきゃ、駄目なんだって」
「おいおい瞬太、大丈夫か? どうしたんだよ突然……」
 戸惑うよりも、心配している。この暑さに頭をやられたのではないか、なんて思っているのかもしれない。
 どうしよう。どこから説明したらいいのだろう。
 感情だけが先走り、言葉が追いつかない。いや、そもそもこの状況に追いつける言葉なんてあるのだろうか。

 足元からじりじりした焦りがせりあがる。そんなじれったい気持ちが喉元まで突き上げたとき、
「恵梨子さんだよ!」
 俺は無意識にその名前を口にしていた。まるで自分の思考回路を超えたものが、既にそれを知っていたかのようだ。
 自分の中で点と線が、光の速さで繋がった。
 なぜかはわからないが、俺は一瞬のうちにあの人が恵梨子さんだということに納得していたのだ。

 だが、こうちゃんは俺の一言に顔色を変え、真顔で車に乗り込んだ。
「こうちゃん?」
「いいから乗れ」
 いつもと違う声色に気圧される。とりあえず、おとなしく車に乗った。だが、のんびりしている暇はない。
「こうちゃん!」
「冗談が過ぎるぞ。瞬太は恵梨子の顔、知らないだろ?」
 そうだった。
 首根っこを掴まれ、海から陸に引き上げられたみたいに現実に返る。確かに俺は、恵梨子さんと会ったことがない。今、目の前を通り過ぎたのは恵梨子さんだと、納得しているのは俺だけだ。
   でも、ここで引き下がるわけにはいかない。

「冗談じゃないんだ! こうちゃんは俺がそんな趣味の悪い冗談を言うと思う? 俺って、そんなに信用ないの?」
 必死に食い下がる。
「もし、追いかけてみて違ったら、一生俺のこと恨んでいいよ。一生口利かなくったっていい」
 もし違ったら、俺はもう、こうちゃんとほうとう食ったり、二十歳になって一緒にワインを飲んだりできなくなるかもしれない。
 そう思うと、これ以上、こうちゃんを急き立てるのが怖くなった。

「恵梨子だっていう根拠はあるのか?」
 こうちゃんに少しでも信じてもらえる根拠がないか、頭を巡らせる。だが、あせればあせるほど、うまい理屈は出てこない。
 黙っている俺を見て、こうちゃんはため息をつく。
「瞬太、夢でも見たんじゃないか?」
 確かに、昨日見たあれは夢だったのかもしれない。ワインカーヴで見たあの光景が現実だなんて、俺に証明できるわけがない。でも、ここで話を押し通さなければ、きっと後悔する。
 俺は落ち着くために息を吐き出し、こうちゃんに言った。

「……十年くらい前、こうちゃん、恵梨子さんとワインカーヴに行ってるよね?」
「え?」
「夢かもしれないし、幻覚かもしれないけど、俺、二人が並んでワインを試飲してるの、見たんだ。タートヴァンのリボンの色は、グリーンだった」
 こうちゃんが横で動揺しているのがわかった。
「……おい、どういうことだよ」
「昨日、ホテルに着いてすぐ、こうちゃん疲れて寝ちゃっただろう? あのとき、俺、ワインカーヴに行ったんだ。それで、二人が一緒にいるのを見たんだよ」
「なんだって?」
 言葉にすればするほど奇怪な話だ。信じてくれと頼むほうが無理かもしれない。だが、こうちゃんは俺の話を一蹴することなく、思い詰めた顔で口を開いた。

「……実は俺、昨日横になってたとき、恵梨子と一緒にワインカーヴに行った夢を見てたんだ」
「え? じゃあ……」
 二人の状況がシンクロしている。
 だとすると、俺がこうちゃんの見た夢に入り込んだのだろうか。それとも、俺もうたた寝していて、こうちゃんと同じ夢を見たのだろうか。
 束の間、そんなことを考えていると、こうちゃんは水浴びした犬みたいにぶるぶる首を振った。

  いや、でも、それが一体なんの根拠になるんだよ。信じられるかよ、そんなこと」
 俺だって信じられない。でも、信じられないからって、無視していいわけじゃない。
「信じなくていいよ。俺のこと嘘つきだって思ってもいい。今すぐ、追いかけてくれたら、それでいいんだ。もし、恵梨子さんじゃなかったら、俺、坊主になって落とし前つけるよ」
「坊主って、お前……」
 こうちゃんがたじろぐ。
「高校球児でもない高校生男子が、そろそろ新学期が始まるっていうのに、坊主になるんだ。……俺、本気で言ってんだよ」
 俺はこうちゃんを睨んだ。
 それなりに気迫に満ちていたのかもしれない。こうちゃんは俺の顔を見てひるんだ。

  でも、もし仮に、その人が恵梨子だったとしても、俺にはもう関係ないよ。今更、声をかけたって、嫌がられるだけだ」
 まだ、言うか!
 頭の中でプツーンと音が聞こえた。

「おまん、ええからげんにしろな! はあく行け!!」

 



第15話につづく

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