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夢と鰻とオムライス 第15話

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 こうちゃんは俺を見て目を丸くした。
 おかしなことを口走った気がするが、気にしている暇はない。ここで随分と時間を食ってしまった。走って追いかけても、もう追いつけないかもしれない。

「こうちゃん、行かないと後悔するよ。四年前みたいなことになってもいいの?」
「それは……」
「買い物をするような恰好じゃなかった! キャリーバッグを引いてたから、車じゃないような気がするんだ」
 俺が食い気味に言うと、こうちゃんは視線を浮かせた。
「……もしかしたら塩山えんざん駅に向かったのかも」 
「そうかもしれない。先回りしよう! 塩山駅ってどっち?」
「あっちだ」
 だが、こうちゃんが指し示す方向は、恵梨子さんが向かった先とは逆方向だった。
「恵梨子さんは、あっちじゃなくて、こっちに歩いて行ったんだけど……」
 こうちゃんは、俺が指差した方向を見て、何かひらめいたように、
「あっ!」
 と叫ぶと、力を込めてハンドルを握り、車を発進させた。

 周囲をぐるっと一周して来た道を戻る。そして数件の店舗が並ぶ、広い駐車場に車を止めた。さっきまでいたスーパーから三百メートルも離れていない。目の前にある店には、コック帽を被ったキャラクターが掲げられていた。
「ここは?」
「この辺で人気のパン屋。すごく旨くてさ。こっちに来ることがあると必ず寄ってたんだ。もしかしたら、ここかもしれない」

 俺は、シートベルトを外し、車から飛び出した。こうちゃんも車から出て鍵をかける。二人で店に向かって走り出した次の瞬間、総毛立つような快感が全身に走った。

「恵梨子!」
 背後からこうちゃんの声が飛ぶ。
 店から出てきたばかりの恵梨子さんは、突然、名前を呼ばれ、声の主を探すように視線を泳がせた。バタバタと走り寄ってくる男たちに気づいて息を呑む。
「こうちゃん……」
「恵梨子……」
 二人が互いの名前を呼び合うのを聞いたとき、俺はほっとして腰が抜けそうになった。

「どうして?」
「あ、いや、その、たまたま見かけて……ごめん、急に呼び止めたりして……びっくりさせちゃったよな」
「そりゃあ、びっくりしたわよ。まさかこんなところで会うなんて  
「ごめん」
「そんな……謝らなくてもいいのに……」

 それっきり、二人は下を向いて黙り込んでしまった。突然の再会に、こうちゃんも恵梨子さんも、思春期の少年少女のようにもじもじしている。気持ちはわかるが、このままでは、話が進まない。
 仕方なしに、俺は二人の間に割って入った。

「……あのぅ」
 うつむいていた恵梨子さんの顔がこちらを向いた。
「はじめまして。俺、この人の甥です」
 そう言ってこうちゃんを指差す。
 すると、恵梨子さんは、まぁ、という表情を見せた。薄化粧の頬にほんのり赤みが差す。こうちゃんが恵梨子さんのことを忘れられなかった気持ちが、なんとなくわかる気がした。

「もしかして、お義兄さんのところの?」
「はい、次男のほうです。瞬太っていいます」
「はじめまして、恵梨子です」
 俺はいかにも眩しそうな顔をして空を見上げた。
「いやぁー、それにしても今日も暑いですねー。これから、どちらに行かれるんですか?」
「家に帰るところなんです」
「もしかして電車で?」
「ええ。これから塩山駅まで歩くつもりなんですけど、本当に暑いですね。スーパーで水を買っておいてよかったわ」
 チャンス!
「ねぇ、こうちゃん。ここから駅まで歩くのって、どれくらいかかるの?」
「えっ? あ、えっと、十五分はかかるかな」
「えー! そんなに?」
 俺は声を上げて驚いて見せた。

「この炎天下の中、十五分も歩くなんて大変ですよ。もしよければ、僕たち車で来てるので、一緒に乗って東京まで帰りませんか?」
 俺が言うと、こうちゃんも慌てて話に加わる。
「そう! そうだな。うん。よければ送っていくよ」
「でも……」
「いや、こんな中で歩いてたら、熱中症になっちゃいますよ。それに日焼けだって心配じゃないですか。紫外線はお肌の大敵ですよ」
 化粧品のセールスみたいなことを言っておどけてみせると、恵梨子さんがくすっと笑った。
 俺はここぞとばかりに畳みかける。

「お願いしますよー。一緒に乗ってって下さい。中年のおっさんと二人っきりなんて、むさ苦しくて、もううんざりしていたところなんです」
 そう言って大袈裟に首を振った。こういうとき、俺は率先して道化になれるのだ。
 こうちゃんは苦笑しながら
「おのれ、小癪こしゃくな……」
 とつぶやく。そんな俺たちのやりとりを見て、恵梨子さんは噴き出した。

「じゃあ、お言葉に甘えようかしら。でも、本当にいいんですか?」
「ええ、どうぞどうぞ!」 
 その答えを聞くやいなや、俺は車に戻って後部座席に乗り込んだ。
 助手席側の後部座席は荷物で埋まっているので、そうなると恵梨子さんは否応なく、助手席に座ることになる。
 二人はかつて夫婦だった頃と同じように、運転席と助手席に収まった。
「じ、じゃあ、出発します」
 久しぶりに恵梨子さんを隣に乗せる、こうちゃんの喜びと緊張が伝わってくる。俺は内心、ほくそ笑みながら背後から前に並ぶ二人の姿を眺めていた。

「いっ、いやぁ、すごい偶然もあるもんだなぁ。なぁ、瞬太」
「そうだね」
「瞬太君は、勝沼は初めて?」
「はい」
「そうなんだよ。行ってみたいって言うもんだからさ。昨日こっちに泊ったんだ。なぁ、瞬太」
「うん」
「あ、あそこのホテルでしょう? 瞬太君、温泉入った?」
「はい」
「相変わらず良いお湯だったよ。なぁ、瞬太」
「うん」

 二人で話せばいいものを、こうちゃんと恵梨子さんは俺を介して話を進めようとしてくる。雰囲気は悪くないが、どうもぎこちない。
 それとなく、
「あー、腹減ったなぁ」
 と言ってみる。間が持たないときは飯を食うのが一番だ。
「じゃあ、談合坂に寄ろう」
 こうちゃんは救いの手のように俺の一言を拾うと、談合坂サービスエリアまで車を走らせた。


 暑いのに、なぜか三人揃ってラーメンを選んだ。
 フードコートの座席で俺とこうちゃんが隣同士に座り、恵梨子さんと向かい合う。俺は塩ラーメン。二人は味噌だった。
「同じもの選ぶなんて、気が合うんだね」
 二つの味噌ラーメンを眺めながらそれとなく言うと、二人は
「あ、いやぁ……」
 などと言いながら、付き合いたてのカップルのように照れている。
 大人のくせに、何をもじもじしてるんだ……。見ているこっちが恥ずかしくなる。

 こういうとき、誰かが程よく話していないと、どうも気詰まりだ。俺は、ラーメンを食べながら、恵梨子さんに話しかけた。
「恵梨子さんは今日、どうして勝沼に?」
「祖父のお墓参り。昨日、急に思い立って伯父夫婦に連絡したら、午前中ならいいよって言ってくれて、始発に乗ってきたの。どうしても今日来たくて、わがまま言っちゃった……」
「そうだったんですね」
 俺は合点がいったように大きく頷く。わがままを言ってもらって大正解だ。

「それでね、義理の伯母が、午後の用事の前に買い物に行くって言うから、あのスーパーまで乗せてもらったの。本当は駅まで乗せてってくれるって言ってくれたんだけど、あそこのパン屋の前を通ったら、どうしても寄りたくなって、そのまま降ろしてもらっちゃった」
 そんなに旨いパンなら、俺たちの分も買えばよかった。
「久しぶりだったせいで、あれもこれも欲しくなって、おかしなくらい買い込んじゃった。あ、せっかくだから、瞬太君も少し持って帰ってね」
 やった。
「いいんですか?」
「もちろん。とっても美味しいパンなのよ。きっと瞬太君みたいな若い人も気に入ると思うわ」
 そのパンは今、こうちゃんのワインと一緒にクーラーボックスに入っている。
「明日の昼食はパンで決まりだね」
 こうちゃんに言うと、
「そ、そうだな」
 と、汗をふきふきラーメンを啜っている。まだ緊張が取れないのだろうか。

 こうちゃんがあまり話そうとしないので、俺は恵梨子さんに、夏休みの間だけこうちゃんの家に滞在していること。ほうとうを作ってもらったことを話した。恵梨子さんは少し驚いたように目を見開くと、
「こうちゃんが、ほうとうを?」
 そう言って嬉しそうに微笑んだ。
「旨かったですよ。すごく」
「そう! じゃあ、上手にできたのね」
 恵梨子さんが花のように笑うと、こうちゃんは照れているのか、残り少なくなった味噌ラーメンのスープを、ひたすらレンゲですくって飲んでいた。




第16話につづく

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