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夢と鰻とオムライス 第11話

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 予約したホテルは丘の上にあった。
 高い建物がないだけで、空が自分を取り囲んでいるように広く感じる。その見晴らしの良さに、思わずため息が漏れた。
 フロントの目の前にはお土産用のワインが棚にたくさん並べられている。重厚感があって、とてもお洒落だ。

 こうちゃんがフロントでチェックインを終えると、その手には部屋の鍵と、でこぼこしたステンレスの小皿のようなものが握られていた。
「何それ?」
 持ち手がついていて、そこには首にかけられる長さのピンクのリボンがくくりつけてある。まるでオリンピックのメダルのようだ。

「ああ、これか? タートヴァンだよ。利き酒用の皿。ほら、皿の内側に丸いへこみがたくさんあるだろう? ワインを注いで光を当てると反射して、色がよく見えるようになってるんだ。古くは銀製だったらしいけどな。これを持って地下のワインカーヴに行くと、試飲ができる」
「ワインカーヴ?」
「ワインの貯蔵庫のことだよ。試飲は有料だけど、このタートヴァンはそのまま持って帰れるから旅の記念になる。このリボンも日によって色が変わるんだ」
「へぇ」
「さぁ! 今日はもう運転しなくていいから、好きなだけ試飲ができるぞ!」
 こうちゃんの鼻息は荒い。飲めない俺には関係ないことだが、地下のワインカーヴは気になった。

「試飲のとき、俺も一緒に行っていい?」
「もちろん。俺が酔っ払って立てなくなったら、部屋まで抱えて連れてってくれ」
 そう言って笑っていたが、部屋に入って荷物を置くと、こうちゃんは吸い込まれるようにベッドに横になってしまった。炎天下の運転で疲れたようだ。
「三十分だけ横になろうかな。瞬太、先にワインカーヴ見てきていいぞ」
 こうちゃんは寝過ごさないようにスマホのアラームをセットすると、すぐに寝息を立てはじめた。俺もごろんとベッドに転がる。

 さて、どうするか。
 ホテルの周辺を散策するか。それとも、やはり先にワインカーヴを見学するか。目を閉じながら思案する。
「やっぱり、ワインカーヴにしようかな」
 外に出れば、また強い日差しが待ち受けている。
 ワインの貯蔵庫なら、きっと涼しいだろう。俺は寝転んだまま背伸びをし、両手でごしごしと目をこすった。

 入口を見上げると、そこには《ワインカーヴ》と書かれた茶色い楕円形の看板がぶら下がっていた。
 奥にあるステンドグラスの窓からは、赤や黄色の光が差し込んでいる。その脇にある階段を下りると、ワインカーヴがあるらしい。
 螺旋状の階段をぐるぐる下りていくうちに、次第に視界が暗くなっていった。

 半袖から伸びる両腕に、じわじわとした涼しさを感じる。冷たい土を触るような、湿気を帯びた涼しさだった。ほのかに照らされた明かりのせいか、地下にあるワインカーヴの中は、薄くもやがかかったように見える。

 壁側と中央に棚が設置されており、そこにはたくさんのワインボトルが横たわっていた。腰の高さほどの木樽が奥に向かって等間隔に複数並んでいる。その上に、試飲用のワインが数本ずつ用意されていた。ワインボトルが鈍い明かりに反射し、人や物がじんわりと滲んで見える。
 皆、思い思いの瓶を手に取り、タートヴァンにワインを注いでいた。
 俺は木樽に近づき、置いてある試飲用ワインのボトルを手に取る。

   新酒。
 そう書かれてあるのに、その下に記されていた西暦は十年前のものだった。ひょっとしたら、売れ残ったものを試飲に回しているのだろうか。
 そんなことを考えていると、見覚えのある人影が、自分の前を通り過ぎるのが見えた。目で追っていくと、
「あっ」
 そこにいたのは、こうちゃんだった。

 アラームが鳴る前に目が覚め、早速試飲に来たのだろう。
 こうちゃんは出入り口近くの木樽の前に立ち、そこに置かれたワインを眺めている。
 声をかけようと思ったそのとき、横から女の人がやって来て、こうちゃんに話しかけた。
 やわらかな雰囲気のきれいな人だ。
 その人は寄り添うようにこうちゃんの隣に立ち、タートヴァンにワインを注ぎながら、色を見比べたりしている。

 こうちゃんに新たな出会いの到来か?
 そんなことを思ってにやけてしまったが、妙な違和感に襲われた。
 こうちゃんが着ている洋服が長袖だったのだ。
 この暑さの中、ワインカーヴにいる全員が、長袖を着ている。中にはジャケットを羽織っている人もいた。
 それだけではない。
 目を凝らして見ると、こうちゃんのお腹がひと回り小さい気がするし、首にぶら下がっているタートヴァンのリボンも、さっき見た色とは違う気がする。他の人を見渡してみても皆、首からグリーンのリボンを下げていた。

 確か、今日のリボンの色はピンクではなかったか。
 そんなことを思っていると、こうちゃんが隣の女の人を連れて、ワインカーヴを出ようとしていた。
 慌てて追いかけようとしたら、着ていたTシャツが木樽に触れ、腰のあたりに赤い染みができてしまった。木樽のふちがワインで汚れていたらしい。
   うわ、これ落ちるかな?
 俺が染みを気にしている隙に、こうちゃんと女の人は階段を上って行ってしまった。

 二人を追いかけるように出入り口に向かう。
 ワインカーヴの外に出た途端、重みのある空気が弾けるように軽くなった。急いで階段を上がり、ロビーに出る。
 ぐるりと辺りを見回してみたが、こうちゃんと女の人の姿はなかった。
 どこに行ったのだろう。
 考えあぐねていると、これから試飲に向かう客とすれ違った。振り返り、タートヴァンにくくりつけられていたリボンを凝視する。
   その色は、やはりピンクだった。

 首をかしげながら、部屋に戻る。
 あれこれ考察できるほど、頭が働いていない。ワインカーヴを覆っていた靄が、自分の頭の中にそのまま移動してきたみたいだった。
 俺はなだれ込むようにベッドに倒れ、立て続けに三回も大きなあくびをした。なんだかやけに眠たい。隣のベッドを見ると、こうちゃんはこちらに背を向けて寝息を立てている。

 何かがおかしい。
 そう感じてはいるが、頭の中の靄が異変を察知するのを拒んでいるようだ。何か考えようとすると、途端に頭が重くなった。
 とりあえず今は、考えごとはよそう。
 じっと目を瞑ったままそう言い聞かせていると、聞き覚えのある声が、遠くから聞こえてきた。




第12話につづく

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