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よぉ、おじさん、なにやってるの。

石倉三郎的人生②たけし

よぉ、おじさん、なにやってるの。



 石倉三郎は、この世のどん底のような浅草演芸場の地下で不貞寝していた。
 布団から首だけ出して、横になったマトリョーシカだ。手も足も出てこない。
 そしたら、天からどん底に声が落ちてきた。コロン、コツと石倉に当たる。
「おじさんって、うーん、まさか俺のことじゃないだろう」と、ぐるっと見回しても誰もいない。
「おれかあ、おれのことかあ、おい」
 また、上の方から声がする
「おじさん、なにやってるのよ」
「なんにもやってるわけないだろう」

「じゃあ、おじさんこれにするか」
 指をまげて飲む合図をする。
「おれ、ねぇーぞ」
 ねぇーのは、命じゃない、金のことだ。
「大丈夫」

 ビートたけしも石倉三郎も、それまでお互い口を聞いたことがなかった。
 それがねぇ、おじさんって言う言葉の具合の良さでビチッとはまったんだねぇ、サブちゃんはモゾモゾって抜け出した。ボルトとナットで、表に出た。
 ただのこれだけの会話で連れ立って飲みに行く。男っていうのはどうもその辺が不思議だ。

 石倉三郎が言うには、ガバガバ飲んじゃってすっかり出来上がり、夜の部のサラの出番を抜いちゃった。
「おれは、そんなことしねぇんだけどなあ」
 でも、やっちゃった。
「こんの野郎、舞台を舐めやがて」
 支配人からトッチめられて、頭を下げるんだけど下を向くだび酒のゲップが上がってくる。始末が悪い。


 たけちゃんは、ドンドン、ドンドン売れていく。サブちゃんの方は、月に10日の仕事しかない。
 やることがないから、飲みにいく。飲んで、飲んで、亀有に越したたけちゃんの家で、沈没する。
「おじさん、居ていいからさ」
 と言ってたけちゃんは、地方の営業に出た。

 2泊して戻ってくると、サブちゃんは居続けていた。
「お、お、おー」
 たけちゃんはターザンになった。キテレツな声を出した。
「いるかねぇ、おじさん」
「あー、いたよ。他にやることないからなあ」
 サブちゃんもそれだけ言った。

 石倉三郎とたけし。どうして続いたのか。
「まー、飲み友達だよ」
 石倉は言うが、人気のあるなしもある、金のあるなしもある、そうそう続くもんじゃねぇ。なにがあって、なにがなかったか。「そ、そ、そうだねぇ」の「そう」を逆さまにする。
 嘘がなかった。ほぼこれで全部だろう。いくらか腕っぷしはあったが、そういうのは時たましかお呼びでない。

 二人の「付き合う、付き合わない」の線を探る。ガイドラインだね。ビートきよしとレオナルド熊の間に敷いてあると、ぼくは見ている。
「あぃぼう、あぃぼう」
と妙なイントネーションでせまるビートきよしは、1万円のギャラを6,000円取ったりする。
「仕事とるのに経費、かかってんだ、あぃぼう」
と弁解するも、そう悪気はない。
 熊はいけない、「熊田にげろう」を名乗っていた時期もあるくらいですぐギャラをくすねる。
「お前(めえ)一緒にやろうよ」
「相棒いるじゃねぇか」
「逃げたよ」
「お前なあ、ギャラあげなきゃ逃げるだろ」
 そのくせ本人のラクダの腹巻の中はビッシリと金が詰まっている。とてもじゃないが安心できねぇ。

 熊とのコンビ「ラッキー・パンチ」で一時、売れた石倉三郎だが、マザー牧場に引っ込んじゃった。熊った熊った、熊がナシをつけに来ても石倉はまるで相手にしなかった。
 エイコラ、エイコラ、水を汲んで、肥料を持ち上げていた。
 いよいよ困った熊が澤田隆二を連れて頼みにきた。
(澤田隆二は、東阪企画のボスでお笑いの天皇と呼ばれていた人だ)
「しょうがねぇ、しょうがねぇなあ」
「1日だけだよ、1日だけ」

 石倉サブちゃんがスタジオに来ると、たけちゃんがいた。
「おじさん、戻っておいでよ」
「こんなに血だらけの手になっちゃって」
とサブちゃんの手をさするじゃないか、
「よせよー、仕事の手なんだから」
「たけちゃんよー、おれも義理があって…」
と喉から出かかった言葉をグイと飲みこんでマザー牧場に帰る。するとどうだろう、
「おれも疲れたから、上がろうか」
 牧場に呼んでくれた先輩が解放してくれた。
「あんな悩んだことなかったなあ、それがわかんねぇもんだなあ」

 たけちゃんがサブちゃんの芸をどう見ていたか。たけちゃんには独特の好みがあった。
 そいつはスピード感だ。B&Bの洋七を買っていたのも漫才の歴史を変えたとされるスピード感がB&Bにあったからだ。
「紅葉まんじゅう、紅葉まんじゅう、紅葉まんじゅう~」
 駆けずり回りながらギャグを言う。ほぼノータイムで嘘を言うのも、これに入るのかなあ。
 その中で石倉三郎だ。
 芸がうまいかどうかを言えば、言いづらいがうまくはねぇ。不器用ですから。ところがねぇ、段取りがねぇんだ、いきなりの怒鳴り合い。こんなスピード感のあるものって他にないだろう。たけちゃんはここが気に入っていた。

「父ちゃん、金くれよ」
 学生服の石倉が熊に言う。熊、しらばっくれようとする。
「いい加減にしろよ、父ちゃん、金くれよ」
「学校行けねぇじゃねぇか」
 実は、これは裏の話しがそのまんまで
「くすねたギャラを出せ」
と熊に言ってるわけ。半分、脅し。これだもんスピード感はあるし、リアリティはある。たけちゃんはウシロで大笑いになっている。
 ウシャ、ウシャ、ウシャ。

 そのことを石倉に伝えると
「テレるなあ」
 と頭に手をやった。これは、なんとも間のいいギャグになっていた。

 ヘタうまいというか、うまいヘタというか。弁別はなかなかできないのだがこのひとことを聞いただけで
「人生はそう悪くない」
と思えてくるから大したもんだ。

 金玉袋をヤクザに下から切られ7針も縫った男が、玉袋筋太郎のラジオ番組に出ている。
 おもしれぇいなあ。
「おれが、たけちゃんの引っ越しをしている時だよ。十二社にいた頃で。お前なあ、まだクソガキだったろ。『ここ、たけしの家だ』、バカヤローって怒鳴ったのを覚えているか。それがいっぱしになりゃあがって」
「まっーたく不愉快だよ」
と聞いていると、この人はやっぱりスピード感だと思った。 

 だから、さあ、欲とかヘラとかとりつく暇もない男なんだ、と思った。

「おじさんはさあ、それがいいんだよ、そのまんまがさあ」
 たけしは役者になったサブちゃんをとびきり褒めていた。

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