オルカンかS&P500か──答えは商品ではなく、人生の局面で変わる
副題:資産形成・資産保全・労働時間という見えないリスクヘッジ
はじめに|なぜ、オルカンかS&P500かの議論は噛み合わないのか
よく、オルカンかS&P500かという議論がある。
全世界株式に投資するべきか。
それとも、米国株式の中心であるS&P500に投資するべきか。
この問いは、投資を始める人にとってはかなり身近な問題である。
だが、この議論はしばしば噛み合わない。
なぜなら、多くの場合、投資商品の優劣だけが語られ、その人が今どの段階にいるのかが抜け落ちているからである。
すでに多額の資産を持っている人と、毎月の給与から少しずつ資産を作っていく人では、同じ商品を買っていても意味がまったく違う。
同じS&P500でも、二十代の会社員が毎月積み立てるのと、高齢者が退職金を一括で入れるのでは、背負っているリスクが違う。
同じオルカンでも、資産形成の主力として買うのと、すでにある資産を世界全体に分散する目的で買うのでは、役割が違う。
つまり、オルカンかS&P500かという問いは、本当は商品の比較ではない。
それは、今の自分が資産形成期にいるのか、資産保全期にいるのかという問いなのである。
第一章|資産形成期なら、S&P500という考え方
毎月の給与から投資していくのであれば、S&P500を選ぶという考え方にはかなり筋がある。
S&P500は、米国の代表的な大型株指数であり、S&P Dow Jones Indicesは、S&P500を米国大型株の代表的指標と説明している。構成銘柄は米国の主要500社で、米国株式市場の投資可能時価総額のおよそ80%をカバーする指数である。(S&P Global)
もちろん、これは米国への集中投資でもある。
だが、資産形成期においては、その集中が必ずしも悪いとは限らない。
なぜなら、資産形成期の人間には、まだ「労働収入」があるからである。
給与がある。
毎月の入金力がある。
生活費を資産から取り崩さなくてよい。
暴落しても、すぐに売る必要がない。
むしろ、下落局面でも買い続けることができる。
これは非常に大きい。
若い人や、まだ働ける時間が長く残っている人にとって、労働できる時間そのものがリスクヘッジになる。
株価が下がっても、生活費は給与から出せる。
株を売らずに済む。
むしろ、安くなった株を買い続けられる。
この構造があるからこそ、資産形成期のS&P500は単なる米国集中投資ではなくなる。
それは、
労働収入、時間、株式リスク
この三つを組み合わせた資産形成の装置になる。
だから、毎月の給与から積み立てていく人が、より成長期待の高い米国大型株に寄せるという判断は、かなり合理的である。
第二章|多額の資産があるなら、オルカンという考え方
一方で、すでに多額の資産がある人の場合、話は変わる。
この段階では、最大リターンを狙うことよりも、大きく失わないことの方が重要になる。
資産が小さいうちは、リスクを取らなければ資産を作れない。
だが、資産が大きくなると、リスクを取りすぎることで、すでにある資産を大きく傷つけてしまう。
ここで投資の問いは反転する。
どう増やすか。
ではなく、どう減らさずに生きるか。
その局面では、オルカンの思想が強くなる。
オルカンの基準になりやすいMSCI ACWIは、先進国と新興国の大型・中型株を対象にし、世界の投資可能株式市場のおよそ85%をカバーする指数である。(MSCI)
つまり、オルカンは「米国を買わない」商品ではない。
むしろ、米国も大きく含んだうえで、米国以外の地域にも広く分散する商品である。
この意味で、オルカンは妥協ではない。
オルカンとは、世界の勝者が将来どこに移っても、完全には取り残されないための構造である。
米国が今後も強ければ、その恩恵を受ける。
米国以外が伸びれば、その変化にもついていける。
特定の国、特定の通貨、特定の市場に資産を寄せすぎない。
すでに多額の資産がある人にとって、本当に怖いのは、最高リターンを取り逃すことではない。
怖いのは、特定の場所に寄せすぎた結果、生活を変えざるを得ないほど資産を傷めることである。
だから、既に大きな資産を持っているなら、S&P500よりもオルカンの方が合う場面は多い。
第三章|資産が十分に大きくなれば、金・国債・現金性資産の役割が増す
さらに言えば、資産が十分に大きくなれば、最終的には金や国債だけを買っていればよい、という考え方も成立し得る。
これは、金や国債が万能だからではない。
資産の目的が変わるからである。
資産が小さいうちは、増やさなければならない。
だが、資産が十分に大きくなれば、増やすことよりも、守ることの方が重要になる。
この段階では、株式の期待リターンよりも、生活の安定性の方が大切になる。
国債は、信用力の高い国のものであれば、将来の利息や償還の見通しを立てやすい。
金は、利息も配当も生まない。だが、通貨や金融システムそのものへの不信が高まったときに、制度の外側にある資産として機能することがある。
現金は、何かあったときにすぐ動ける自由を残してくれる。
ただし、現金だけで資産を守れるわけではない。
現金や預金は、投資をしていない状態ではない。
むしろ、かなり正確に言えば、自国通貨に資産を置いている状態である。
円で貯金するなら、円の購買力、日本の物価、日本銀行の金融政策、日本経済、日本の信用制度に資産を預けていることになる。
さらに厳密に言えば、預金は銀行に対する払い戻し請求権でもある。
つまり、貯金とは「何も選んでいない状態」ではない。
株式リスクや価格変動リスクを避ける代わりに、通貨価値の変化とインフレリスクを引き受けている状態なのである。
だから、現金は安全資産ではある。
だが、絶対的な無リスク資産ではない。
現金は、額面を守る装置である。
しかし、購買力を完全に守る装置ではない。
なぜなら、現代の金融政策では、物価がまったく上がらないことよりも、緩やかに上がり続けることが一つの目標とされているからである。
日本銀行は、消費者物価の前年比上昇率2%を「物価安定の目標」として掲げている。
米国のFRBも、長期的には年2%のインフレ率が物価安定と雇用の最大化に最も整合的だとしている。
つまり、年2%程度のインフレは、単なる異常事態ではない。
むしろ、中央銀行が目標としている経済環境でもある。
インフレが進めば、銀行口座の残高は同じでも、買えるものは少しずつ減っていく。
その意味で、金や債券は、貯金だけではカバーしきれない購買力の低下に備える役割も持つ。
金は、通貨そのものの価値が揺らぐ局面で、制度の外側にある資産として機能しやすい。
債券は、特にインフレ連動債であれば物価上昇に応じた調整が期待できるし、通常の国債であっても、現金をただ眠らせるよりは利息によって購買力の目減りを和らげる場合がある。
つまり、金や債券は「増やすための攻め」ではなく、現金だけでは守れない価値を補うための守りなのである。
つまり、それぞれの役割は違う。
株式は、資産を増やすための装置である。
国債は、時間と安定を買うための装置である。
金は、制度不信に備えるための装置である。
現金は、選択肢を残すための装置である。
資産が十分にある人にとっては、必ずしも株式で大きく増やす必要はない。
むしろ、増やすために取るリスクの方が、人生全体にとって過剰になることがある。
ここでも、投資の目的は変わる。
資産形成期の正解と、資産保全期の正解は同じではない。
第四章|労働できる時間は、見えないリスクヘッジである
ここで重要なのが、労働できる時間である。
一般に、投資のリスク許容度というと、性格の問題として語られがちである。
リスクを取れる人。
リスクを取れない人。
暴落に耐えられる人。
不安になって売ってしまう人。
もちろん、性格の影響はある。
だが、それ以上に大きいのは構造である。
働ける時間がある人は、暴落しても生活費を給与で賄える。
給与がある人は、株価が下がっても売らずに済む。
毎月の入金力がある人は、暴落局面でも買い続けることができる。
つまり、労働できる時間は、それ自体がリスクヘッジなのである。
ここでいう投資期間とは、投資経験の長さではない。
これからその資金を市場に置いておける時間のことである。
投資を始めてから何年経ったかではなく、生活費として取り崩すまでに、どれだけ待てる時間が残っているかが重要になる。
米SEC系のInvestor.govも、投資経験の長さではなく、金融目標までにその資金を投資に置いておける期間、つまり投資可能期間を重視している。
投資可能期間が長い人ほど価格変動の大きい資産を受け入れやすく、短い人ほど低リスク・低変動の資産を選びやすい、という考え方である。
反対に、すでに退職していて、生活費を資産から取り崩している人は、同じ暴落でも意味が変わる。
資産価格が下がっているときに生活費のために売らなければならない。
これはかなり厳しい。
株価が回復する前に資産を取り崩してしまうからである。
だから、二十代や三十代のS&P500と、七十代のS&P500は、まったく同じ商品であっても、同じリスクではない。
前者は、労働収入と時間によって支えられている。
後者は、生活費の取り崩しと暴落が重なる危険を抱えている。
この違いを見ずに、オルカンかS&P500かだけを議論しても、答えは出ない。
第五章|過去の暴落は、判断材料にはなるが、保証にはならない
過去の歴史を見ると、米国株式市場は大きな暴落を経験しながらも、長期的には回復してきた。
S&P500については、1928年以降の株式・債券・短期国債の歴史的リターンをまとめたデータもあり、長期投資の議論では、配当再投資を含めた総リターンで見ることが多い。(Stern School of Business)
暴落後の回復期間については、どの指数で見るか、配当込みで見るか、インフレ調整後で見るかによって変わる。
それでも、米国株については、大暴落しても長い時間をかければ回復してきたという歴史がある。
この事実は、資産形成期の人にとって一つの判断材料になる。
ただし、それが今後も必ず続くとは限らない。
ここは重要である。
過去に戻ったから、未来も戻る。
過去に米国が強かったから、未来も米国が強い。
過去に長期投資が報われたから、今後も必ず報われる。
そう言い切ることはできない。
実際、日本の株式市場を見れば、単純な楽観はできない。
日経平均株価は、1989年のバブル期につけた高値を、2024年になってようやく更新した。(AP News)
つまり、国や時代を間違えれば、回復までに数十年かかることもある。
だから、過去の米国株の回復力は重要な材料ではあるが、絶対の保証ではない。
それは信仰ではなく、確率判断の材料として扱うべきである。
投資は一発逆転を狙うものではない。
大切なのは、勝つ銘柄を当てることではなく、市場に参加し続けられる構造を作ることである。
第六章|人口増加は、米国株を支える見えない土台である
では、過去の米国株の強さが未来の保証ではないとしても、なぜ資産形成期にS&P500を選ぶ考え方には一定の合理性があるのか。
その理由の一つは、アメリカが人口増加を見込める国だからである。
人口が増えれば、消費者が増える。
消費者が増えれば、住宅、食品、医療、教育、通信、自動車、金融、娯楽、サービスへの需要が増えやすい。
需要が増えれば、企業の売上は伸びやすくなる。
企業の売上が伸びれば、雇用、投資、研究開発、株主還元にもつながりやすい。
この意味で、人口増加は経済成長の土台になり得る。
もちろん、人口が増えれば必ず経済が伸びるわけではない。
増えた人口に所得がなければ、消費は大きくならない。
仕事がなければ、人口増加は購買力ではなく、社会負担になる。
住宅やインフラが足りなければ、成長ではなく生活コストの上昇として現れる。
消費だけが増えて供給が追いつかなければ、それは豊かさではなくインフレになる。
だから、人口増加は経済成長の十分条件ではない。
しかし、長期で見れば、人口が増え続ける国と、人口が減り続ける国では、経済の前提がかなり違う。
特に二十年、三十年という資産形成期で見るなら、人口が増えやすい国は、消費市場、労働市場、住宅市場、サービス需要が拡張しやすい。
一方で、人口が減り続ける国では、需要の縮小、労働力不足、社会保障負担の増加が経済の重荷になりやすい。
人口が増える国では、新しい住宅が必要になる。
新しい学校が必要になる。
新しい雇用が必要になる。
新しい交通網が必要になる。
新しいサービスが必要になる。
つまり、社会そのものが拡張する余地を持つ。
この拡張余地は、企業にとっては市場の広がりであり、投資家にとっては成長期待の源泉になる。
アメリカの強さは、単に巨大企業が多いことだけではない。
人口が増え、移民が入り、労働力が補われ、消費市場が拡張し、そこに世界中の資本と企業が集まりやすい構造を持っていることにある。
S&P500とは、単にアメリカ企業500社を買う商品ではない。
より正確に言えば、アメリカという巨大な消費市場、労働市場、金融市場、技術市場に乗る商品でもある。
もちろん、この見方にも限界はある。
人口が増えても、格差が広がりすぎれば中間層の購買力は弱くなる。
移民政策が変われば、人口増加の前提も変わる。
財政赤字や金利上昇が重荷になれば、企業利益を圧迫することもある。
米国企業が世界中で稼いでいる以上、米国内人口だけでS&P500の将来を説明することもできない。
だから、人口増加だけを理由にS&P500を盲信するのは危うい。
だが、それでも、人口が増える国に投資することと、人口が減る国に投資することでは、長期の前提が違う。
人口が増える国では、未来の消費者が増える。
人口が減る国では、未来の消費者が減る。
この差は、数年単位では見えにくい。
しかし、二十年、三十年という投資期間では、かなり大きな意味を持つ。
資産形成期の人がS&P500を選ぶ合理性は、過去のリターンだけにあるのではない。
アメリカがこれからも人口、消費、企業利益、技術革新、金融市場を接続し続けられる可能性に賭けるという点にある。
つまり、S&P500を選ぶとは、単に過去に勝った市場を買うことではない。
人口が増え、消費が増え、企業が稼ぎ、その利益が株式市場に反映されるという、アメリカ型成長構造に乗るということなのである。
第七章|リスク許容度は、性格ではなく構造で決まる
投資で本当に大切なのは、自分がどの構造の中にいるかを見誤らないことである。
毎月の給与がある人。
今後も長く働ける人。
生活費を投資資産から出す必要がない人。
暴落しても買い続けられる人。
この人たちは、株式リスクを取りやすい。
反対に、
すでに多額の資産を持っている人。
資産を取り崩して生活している人。
労働収入が少ない人。
暴落時に売らざるを得ない人。
この人たちは、同じ株式リスクでも負担が大きくなる。
だから、リスク許容度とは、単にメンタルの強さではない。
それは、収入、年齢、資産額、生活費、労働可能時間、取り崩しの有無によって決まる構造的なものなのである。
この視点に立つと、オルカンかS&P500かという議論は、かなり整理される。
毎月の給与から資産を作る段階なら、S&P500は合理的である。
すでに多額の資産があるなら、オルカンの方が合理的になりやすい。
さらに資産が十分に大きくなれば、金、国債、現金性資産を中心にしてもよい。
それぞれの判断は矛盾していない。
人生の局面が違うだけである。
おわりに|投資の正解は、資産額と時間で変わる
オルカンかS&P500か。
この問いに、万人共通の答えはない。
資産を作る段階なら、リスクを取らなければならない。
資産を守る段階なら、リスクを減らさなければならない。
働ける時間があるなら、暴落を待てる。
働ける時間が少ないなら、暴落そのものを避ける設計が必要になる。
だから、投資で本当に見るべきなのは、商品名だけではない。
見るべきなのは、自分の現在地である。
労働収入が主役なのか。
運用資産が主役なのか。
これから作る段階なのか。
すでに守る段階なのか。
暴落時に買える側なのか。
暴落時に売らされる側なのか。
ここを間違えると、同じ投資商品でも意味が変わってしまう。
結局、投資とは、未来の利益を買う行為であると同時に、自分に残された時間をどう使うかという問題でもある。
若いうちは、労働時間がリスクを吸収する。
資産が大きくなるほど、リスクを取る必要は薄れていく。
老いるほど、資産そのものが生活を支える。
だから、最終的な整理はこうなる。
資産形成期は、人口増加と消費拡大を背景にした米国の成長構造に乗るS&P500。
資産保全期は、特定の国や市場に寄せすぎないオルカン。
十分な資産を持った後は、金、国債、現金性資産。
これは商品の優劣ではない。
人生の段階に応じて、投資の目的が変わるという話である。
そしておそらく、投資で最も危ないのは、リスク商品を買うことではない。
自分がどの段階にいるのかを見誤ることなのだ。
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