見た目がきれいでも「ちんぷんかんぷん」?〜今、本当に必要な「わかりやすさ」の話〜
本記事では、「人間可解性」という言葉を、人間が情報の意味や構造を理解しやすい性質として用います。
誰でも経験する「あれ?なんか読みにくいな」の正体
インターネットで記事を読んだり、説明書を見たりしていて、こんな経験はないでしょうか。
デザインはきれい。
文字も整っている。
写真や図も多い。
それなのに、
結局、何が言いたいのかわからない。
専門用語が並んでいて、一つひとつの単語は読める。
けれど、文章全体として何を説明しているのかが頭に入ってこない。
逆に、見た目はそれほど洗練されていなくても、
なるほど。そういうことだったのか。
と、驚くほど素直に理解できる文章もあります。
この違いは、単なるデザインの良し悪しではありません。
そこには、
* 目で追いやすいこと
* 内容を理解しやすいこと
という、異なる二つの「わかりやすさ」があります。
本記事では、この違いを、
* 人間可読性
* 人間可解性
という言葉で整理していきます。
これからAIが大量の文章や画像を生成する時代になるほど、見た目が整っているだけでは足りません。
本当に重要になるのは、
人間の頭の中に、意味の構造をきちんと再現できるか
ということです。
1|「読める」と「わかる」は同じではない
文章は、文字が見えていれば読める。
しかし、読めることと、理解できることは同じではありません。
たとえば、法律の契約書を考えてみましょう。
文字は印刷されています。
文章も文法的には成立しています。
段落も番号も整っています。
それでも、多くの人は、
自分にどんな義務があるのか
どこに危険があるのか
結局、何を承諾しようとしているのか
をすぐには理解できません。
これは、文章が読めないのではありません。
読めるけれど、意味の構造をつかみにくいのです。
反対に、難しい内容でも、
* 最初に結論が示される
* 前提が説明される
* 具体例がある
* 因果関係が順番に並ぶ
* 専門用語が日常語に置き換えられる
と、理解しやすくなります。
つまり、情報には少なくとも二つの通過点があります。
目を通過すること。
頭の中で意味になること。
最初の通過点に関わるのが、人間可読性です。
次の通過点に関わるのが、人間可解性です。

2|見た目の「わかりやすさ」――人間可読性
人間可読性とは、簡単に言えば、
人間が目で追いやすく、読み進めやすいこと
です。
たとえば、次のような要素が関係します。
* 文字の大きさ
* フォントの種類
* 行間
* 余白
* 色の組み合わせ
* 改行
* 段落
* 見出し
* 図や写真の配置
* 文章の長さ
文字が小さすぎれば、内容以前に読むことが苦痛になります。
行間が詰まりすぎていれば、視線が迷います。
背景色と文字色の差が弱ければ、文字を認識しにくくなります。
一つの段落が長すぎれば、どこまで読んだのかわからなくなります。
こうした問題を減らすのが、人間可読性です。
ただし、可読性は単なる「おしゃれさ」ではありません。
美しいデザインでも、文字が読みにくければ可読性は低い。
逆に、装飾が少なくても、文字の大きさや余白が適切であれば可読性は高い。
つまり、可読性とは、
見た目が美しいかどうかではなく、
読む行為を妨げないように整えられているか
という問題です。
3|頭で「わかる」分かりやすさ――人間可解性
人間可解性とは、
人間の頭で、内容や構造を理解しやすいこと
です。
ここで重視されるのは、文字の見た目ではありません。
* 何を説明しているのか
* なぜそうなるのか
* どことどこがつながっているのか
* 何が原因で、何が結果なのか
* 具体的にはどういうことなのか
* 自分にどう関係するのか
が理解できるかどうかです。
たとえば、文章が次のようになっていたとします。
本制度は、多様な状況に応じた包括的かつ柔軟な運用を可能とするため、関係各所との連携を踏まえ、適切な判断のもとで実施される。
文字としては読めます。
しかし、
誰が、何を、いつ、どの基準で決めるのか
は、ほとんどわかりません。
見た目を整えても、この曖昧さは消えません。
一方で、
この制度を使えるかどうかは、市役所が申請内容を確認して判断します。判断には、収入、家族構成、現在の生活状況が使われます。
と書けば、構造が見えてきます。
人間可解性とは、文章を簡単な言葉にすることだけではありません。
大切なのは、
情報同士の関係を、読者が再構成できるようにすること
です。
難しい内容でも、順序や前提が明確なら理解できます。
簡単な単語だけを使っていても、話が飛び、主語が曖昧なら理解できません。
4|人間可読性が高くても、人間可解性が低いことはある
見た目が整っていることと、内容が理解しやすいことは別です。
典型的なのが、専門記事です。
タイトルは大きい。
見出しも整理されている。
図も多い。
しかし、記事の冒頭から専門用語が並び、説明の前提が省略されている。
この場合、可読性は高くても、可解性は低くなります。
AIが生成した文章にも、同じことが起こります。
文章は滑らかです。
段落も整っています。
それらしい言葉が並びます。
しかし、よく読むと、
* 前提が抜けている
* 同じことを言い換えているだけ
* 結論が曖昧
* 因果関係が成立していない
* 具体例がない
* 誰にとっての話なのかわからない
ということがあります。
文章が自然であることと、内容が理解可能であることは同じではありません。
むしろ、見た目や文体が整っているほど、私たちは「わかった気」になりやすい。
ここに危険があります。
読みやすさは、理解を助ける。
しかし、読みやすさだけでは、理解を保証しない。
5|可読性・可認性・可解性・操作性

「わかりやすさ」をもう少し細かく分けると、少なくとも四つの段階があります。
可読性
文字や文章を目で追えること。
* 文字が読める
* 行間が適切
* 段落が整理されている
* 長文でも視線が迷いにくい
可認性
何がどこにあるのか、見分けられること。
* ボタンをボタンとして認識できる
* 見出しと本文を区別できる
* 重要な情報が目に入る
* 警告と通常情報を見分けられる
可解性
意味や構造を理解できること。
* 何を言っているのかわかる
* 因果関係をつかめる
* 前提と結論を区別できる
* 自分にどう関係するかわかる
操作性
理解したうえで、目的を達成できること。
* どこを押せばいいかわかる
* 操作の結果を予測できる
* 間違えても戻れる
* 目的まで迷わず進める
この四つは、別々に存在しているわけではありません。
互いに重なり合っています。
文字が読みにくければ、内容の理解も難しくなります。
ボタンを認識できなければ、操作もできません。
内容が理解できなければ、正しい行動にもつながりません。
つまり、わかりやすさとは一つの性能ではなく、
見える
見分けられる
理解できる
使える
という段階の連続です。
6|iPhoneに例える「可読性」と「可解性」

この違いを、iPhoneで考えてみましょう。
iPhoneの画面では、
* 文字の大きさ
* フォント
* アイコン
* 余白
* 色
* 配置
が整えられています。
これは主に、可読性や可認性に関わります。
画面を見たときに、
どこに何があるのか
どの情報が重要なのか
がわかりやすくなるよう設計されています。
しかし、iPhoneの使いやすさは、見た目だけではありません。
アイコンをタップすればアプリが開く。
画面を上へ動かせば内容がスクロールする。
不要な画面は戻る操作で閉じられる。
似た操作には似た結果が返ってくる。
つまり、
自分の操作と、その結果の関係を理解しやすい
ように作られています。
これは可解性や操作性に関わります。
説明書をすべて読まなくても使えるのは、利用者が操作の意味を推測しやすいからです。
もちろん、iPhoneのすべてが誰にとっても直感的というわけではありません。
慣れが必要な機能もあります。
それでも、見た目だけでなく、
見る
理解する
操作する
という流れ全体が設計されています。
ここで大切なのは、
可読性はUIで、可解性はUXである
と完全に分けることではありません。
UIは画面や操作面に関わり、UXは利用前後を含めた体験全体に関わります。
可読性や可解性は、その両方にまたがって働く要素です。
7|なぜ今、「人間可解性」が重要なのか
現代は、情報が不足している時代ではありません。
むしろ、情報が多すぎる時代です。

インターネット、SNS、動画、ニュース、広告、AI。
私たちは毎日、膨大な情報に接しています。
AIによって、文章や画像を作る速度はさらに上がりました。
以前なら、文章として整えるだけでも時間がかかりました。
現在では、数秒で、
* 長文の記事
* 要約
* 説明資料
* 比較表
* プレゼン資料
を生成できます。
しかし、情報を作りやすくなったことと、意味を伝えやすくなったことは同じではありません。
AIは、読みやすそうな文章を大量に作れます。
それでも、その文章が、
* 正確か
* 必要な前提を含んでいるか
* 読者の知識に合っているか
* 誤解を生まないか
* 実際の判断に使えるか
は別に確認しなければなりません。
AI時代に必要なのは、情報量への対応だけではありません。
整っている文章と、理解できる文章を見分ける力
です。
そして、発信する側には、
文章を作る能力よりも、
相手がどこで迷うかを予測する能力
が必要になります。
8|人間可解性を高めるには?
では、どうすれば人間可解性を高められるのでしょうか。
大切なのは、情報の見た目を飾ることではなく、理解の経路を設計することです。
目的を明確にする
最初に、
この記事で何がわかるのか
を示します。
目的が不明確な文章は、読者がどこへ向かって読めばいいのかわかりません。
前提をそろえる
書き手にとって当たり前でも、読者は知らないかもしれません。
専門用語や背景知識を省略しすぎると、途中から話についていけなくなります。
結論を隠しすぎない
最後まで読まなければ何の話かわからない文章は、読者に大きな負担をかけます。
先に大まかな結論を示し、その後で理由を説明すると理解しやすくなります。
抽象と具体を往復する
抽象的な説明だけでは、イメージしにくい。
具体例だけでは、何を一般化できるのかわからない。
そのため、
概念を説明する
具体例を出す
もう一度概念へ戻る
という流れが有効です。
比喩を使う
知らないものを、知っているものへつなぐのが比喩です。
たとえば、地デジの13セグメントを13部屋のマンションに例えれば、構造を直感的に理解しやすくなります。
ただし、比喩は完全な説明ではありません。
どこまで似ていて、どこから違うのかを意識する必要があります。
因果関係を飛ばさない
「AだからCになる」と書いても、その間にBが必要なら、読者は納得できません。
書き手の頭の中で省略されている部分を、必要に応じて言葉にします。
不要な情報を削る
詳しいほどわかりやすいとは限りません。
情報量が多すぎると、何が重要なのかわからなくなります。
必要な情報を残し、それ以外を削ることも説明の技術です。
9|わかりやすさとは、相手を低く見ることではない
わかりやすく説明することを、
簡単な言葉に言い換えること
子ども向けに薄めること
だと考える人もいます。
しかし、本当のわかりやすさは、内容を単純化しすぎることではありません。
複雑なものを複雑なまま投げるのでもなく、複雑さをなかったことにするのでもない。
必要なのは、
複雑な構造を壊さずに、理解できる順番へ並べ替えること
です。
これは、相手の知識を低く見積もる行為ではありません。
むしろ、
相手が理解へ到達するまでの道を、きちんと用意すること
です。
専門家ほど、途中の思考を省略しやすくなります。
長く扱っている概念は、本人にとって自明になるからです。
だからこそ、わかりやすい説明には、知識だけでなく想像力が必要です。
初めて読む人は、どこで止まるのか。
どの言葉を知らないのか。
どこで誤解するのか。
それを考える力が、人間可解性をつくります。
結論|情報は、理解されたときに初めて届く
人間可読性とは、人間が読みやすいことです。
文字、行間、余白、見出し、色、配置などが、読む行為を支えます。
人間可解性とは、人間が理解しやすいことです。
目的、前提、因果関係、具体例、結論が、意味の構造を支えます。
可読性が高くても、可解性が低い情報はあります。
見た目はきれいでも、何を言っているのかわからない文章です。
反対に、見た目は素朴でも、深く納得できる説明があります。
これからAIが大量の情報を作る時代には、両方が必要です。
見やすいだけでは足りない。
詳しいだけでも足りない。
大切なのは、
相手の頭の中で、情報が意味として組み直されること
です。
情報は、画面に表示された時点では、まだ届いていません。

文字が読まれた時点でも、まだ届いていないことがあります。
その内容が理解され、
なるほど。そういうことだったのか。
と、相手の中に構造として再現されたとき、情報は初めて届きます。
だから、これから必要になる「わかりやすさ」とは、見た目の整然さだけではありません。
読めるようにすること。
見分けられるようにすること。
理解できるようにすること。
そして、使えるようにすること。
人間可読性と人間可解性は、そのための二つの入口なのです。
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