古い通信規格は、なぜ消えないのか
副題:mova、FOMA、PHS、5G、Wi-Fi 7から考える技術の世代交代
はじめに|5Gより4Gの方が速いことがある
かつて、携帯電話の画面に「4G」と表示されるかどうかは、かなり重要だった。
3Gに切り替わった途端、ウェブページの表示が遅くなる。
画像がなかなか開かない。
動画は止まり、地図の読み込みにも時間がかかる。
そのため、4Gが普及し始めたころは、
4Gが入っていなければ話にならない
という感覚があった。
ところが、現在の5Gは少し違う。
5Gのアンテナが一、二本しか立っていない場所では、安定して四本立っている4Gの方が速いことがある。
新しい規格なのだから、常に古い規格より優れているはずだ。
そう考えると、これは奇妙に見える。
しかし、通信規格の性能は、名称だけでは決まらない。
基地局までの距離、使われている周波数、建物の構造、回線の混雑、基地局から先の有線網など、多くの条件が重なって、実際の通信速度が決まる。
つまり、技術の進歩は、
旧式から新式へ、一本の階段を上ること
ではない。
むしろ、古い道路を使いながら、その横に新しい道路を造り、必要に応じて双方を使い分けていくことに近い。
4Gを東名高速、5Gを新東名高速にたとえるなら、新東名は条件のよい区間では速い。
しかし、入口が遠く、区間が短く、接続が不安定なら、完成度の高い東名を走った方が早い。
そして、渋滞が酷いときは両方ともダメだったりする。
通信規格の歴史を見ると、技術は新しいものに置き換えられて消えるのではなく、主役の座を譲りながら別の役割へ移っていくことがわかる。
第1章|1Gは、自動車電話から始まった
日本の第一世代移動通信、いわゆる1Gは、1979年に始まった自動車電話サービスまでさかのぼる。
当時の通信方式は、現在の携帯電話のようなデジタル方式ではなく、音声を電波の変化として送るアナログ方式だった。
最初から、ポケットに入る携帯電話が存在していたわけではない。
初期の装置は自動車へ据え付けることを前提としていた。
そこから機器が小型化され、1980年代には肩から提げて持ち運ぶショルダーホンが登場し、やがて手で持てる携帯電話へ変わっていった。
つまり、1Gとは単に、
2Gより遅い携帯電話
だったのではない。
それまで場所に固定されていた電話を、
* 自動車へ載せる
* 人が持ち運ぶ
* 移動しながら通話する
ことを可能にした世代だった。
1Gが実現した中心的な価値は、高速なデータ通信ではない。
電話線から電話を解放したこと
である。
ただし、1Gにも大きな制約があった。
通信はアナログ方式であり、基本的には音声通話が中心だった。
利用できる周波数や、同時に接続できる利用者の数にも限界があった。
端末の小型化が進んでも、増え続ける利用者を効率よく収容するには不十分だったのである。
そこで登場したのが、音声をデジタル信号として扱う2Gだった。
1Gから2Gへの変化は、単なる通信速度の向上ではない。
電話を持ち運べるようにした1Gから、
携帯電話を多くの人が利用できる社会基盤へ変えた2Gへの転換
だったのである。
第2章|movaは1Gから2Gへ、FOMAは3Gだった
日本の携帯電話の歴史を振り返ると、ドコモのサービス名が世代交代をよく表している。
ただし、movaを単純に「2Gの名称」と考えると、少し歴史が抜け落ちる。
movaという名称は、もともと小型化されたアナログ携帯電話にも使われていた。
つまりmovaは、最初から2Gだけを指す名称ではなかった。
アナログ方式のmovaは1Gに属し、その後、1993年に始まったPDC方式のデジタルmovaが2Gに当たる。
movaは、
1G末期に登場し、
2Gへの移行後も同じ名前で使われた
携帯電話ブランドだったのである。
デジタルmovaは、日本独自のPDCという通信方式を採用し、音声通話を中心に、メールやiモードなどのデータ通信を支えた。
それに対して、2001年に始まったFOMAは第三世代、3Gである。
ドコモ自身もFOMAを「第3世代移動通信方式」と位置づけている。
FOMAは2026年3月31日に終了し、日本の大手通信事業者による一般向け3Gサービスは、これですべて終了した。
世代を並べると、次のようになる。
* 1G
* 自動車電話
* ショルダーホン
* アナログmova
* アナログ音声通話
* 2G(デジタルmova)
* PDC方式
* 音声通話
* メール
* 初期のiモード
* 3G(FOMA)
* 高速データ通信
* 動画配信
* テレビ電話
* モバイルインターネット
* LTE/4G(Xi)
* スマートフォン向け高速通信
* 高画質動画の視聴
* クラウドサービス
* SNS・アプリの常時接続
* 5G
* 大容量通信
* 低遅延通信
* 多数同時接続
* IoT・自動運転・遠隔制御などへの対応
デジタルmovaが始まった瞬間に、アナログ方式の携帯電話が消えたわけでもない。
2GのPDC方式が始まったあとも、1Gのアナログ方式はしばらく使われ続けた。
つまり日本では一時期、
* アナログ方式の1G
* デジタル方式の2G
が同時に存在していた。
新しい通信規格は、古い規格の終了を待ってから始まるのではない。
古い通信網を動かしたまま、その隣に新しい通信網を造り、利用者を少しずつ移していく。
1Gから2Gへの移行も、movaからFOMAへの移行も、同じように重なりながら進んだのである。
ただし、FOMAが始まった瞬間にmovaが消えたわけではない。
初期のFOMAには、エリアの狭さ、電池持ち、端末の大きさなどの課題があった。
新しい規格は性能面では先進的でも、社会インフラとしては未完成だった。
そのため、FOMAが登場したあともしばらくは、
新しいが不安定なFOMA
古いが安定しているmova
という併存状態が続いた。
高校生だったころ、movaがすでに時代遅れに見えていたとしても、通信網としてはまだ現役だったのである。
ここには、技術の社会的寿命と物理的寿命のずれがある。
人々の意識の中では、ある技術は先に古くなる。
だが、インフラとしては、その後も何年も使われ続ける。
第3章|LTEは、いつ4Gになったのか
現在では、LTEと4Gはほとんど同じ意味で使われている。
しかし、LTEは最初から正式な4Gだったわけではない。
LTEは当初、第三世代から第四世代へ移行する途中の規格として、しばしば「3.9G」と呼ばれていた。
本来、ITUが正式な第四世代通信として位置づけたのは、LTEの発展形であるLTE-Advancedだった。
ITUはLTE-AdvancedとWirelessMAN-Advancedを、正式なIMT-Advanced、すなわち4G技術として認定している。
ところが、一般利用者にとって「3.9G」という名称はわかりにくい。
また、従来の3Gと比べれば、LTEは通信速度も応答性も大幅に向上していた。
そこで通信事業者は、LTEを商業上の「4G」として扱うようになった。
つまり、
LTEが技術的に途中から別の規格へ変わったのではない。
4Gという呼び名の範囲が、社会的に広げられた。
のである。
ここで重要なのは、「世代」という言葉が純粋な技術分類ではないということだ。
世代には、
* 技術規格上の分類
* 通信事業者の商品名
* 端末画面の表示
* 利用者の体感
が重なっている。
だから、同じLTE回線でも、端末や通信事業者によって「LTE」と表示されたり「4G」と表示されたりする時期があった。
通信規格の名前は、技術そのものを正確に表す記号であると同時に、利用者へ進歩を伝える広告でもある。
第4章|なぜ3Gから4Gへの変化は劇的だったのか
3Gから4Gへの変化は、多くの人にとって明確だった。
それは単に、通信速度が数字の上で増えたからではない。
3G時代の携帯電話でも、メールやウェブ閲覧はできた。
しかし、スマートフォンが前提とする通信量を、常時快適に処理するには不足していた。
スマートフォンでは、
* 高解像度の画像を読み込む
* 動画を再生する
* 地図をリアルタイムに動かす
* アプリが裏側で通信する
* SNSの投稿を連続して表示する
* クラウドへ写真やデータを送る
といった処理が日常的に行われる。
4Gは、こうした使い方を現実的にした。
したがって、3Gから4Gへの移行は、
古い携帯電話の通信速度が少し上がった
という話ではない。
携帯電話が、通話機器から常時接続型のコンピューターへ変わるための基盤が整ったのである。
3Gと4Gの差は、道路の制限速度の違いというより、道路によって運べるものが変わったことに近い。
3Gは、人や小さな荷物を運べる道路だった。
4Gは、大量の物流を前提とした高速道路網だった。
だからこそ、当時は4Gでなければ話にならなかった。
第5章|なぜ5Gは4Gほど劇的に感じないのか
5Gには、4Gより高速であること以外にも、
* 通信の遅延を小さくする
* 多数の機器を同時接続する
* 用途ごとに通信網を分ける
* 工場、自動運転、遠隔制御などを支える
といった目的がある。
しかし、一般利用者がスマートフォンでウェブや動画を見るだけなら、成熟した4Gでも多くの用途を処理できる。
4Gの時点で、日常利用に必要な速度がある程度満たされてしまったからだ。
そのため、5Gの恩恵は3Gから4Gほどわかりやすくない。
さらに、電波には周波数による性質の違いがある。
一般に、高い周波数は大容量通信に向いている一方、壁や障害物を回り込みにくく、遠くまで届きにくい。
したがって、高速な5Gを広い範囲で安定して使うには、より密に基地局を配置する必要がある。
5Gと表示されていても、
* 基地局から遠い
* 建物の奥にいる
* 移動中に4Gと5Gを行き来する
* 利用者が集中している
* 5G区間が限定されている
といった状況では、安定した4Gの方が速くなる。
これは、東名高速と新東名高速の関係に似ている。
新東名は、新しく、道路幅も広く、設計速度も高い。
だが、目的地や現在地によっては、東名を使った方が合理的である。
新しい道路が存在することと、その道路が自分の移動に最適であることは同じではない。
同様に、
5Gへ接続されていることと、5Gの性能を十分に使えていることは同じではない。
第6章|3Gの電波は、もう飛んでいないのか
2026年7月現在、日本の大手三社が提供する一般向け3Gサービスは終了している。
auの3Gは2022年3月31日に終了した。
SoftBankは原則として2024年4月15日に終了し、能登半島地震への対応から石川県のみ同年7月31日まで延長した。
最後まで残っていたドコモのFOMAも、2026年3月31日に終了した。
したがって、一般的な携帯電話の利用という意味では、
日本では3Gの時代は終わった
と言ってよい。
ただし、「3Gという技術が地球上から消えた」という意味ではない。
海外では今も3Gが使われる地域があり、特殊な設備や試験環境まで含めれば電波が完全に存在しないわけではない。
また、3Gで使われていた周波数は、何もない空間になるわけでもない。
通信事業者は、終了した規格の周波数を4Gや5Gへ転用していく。
古い通信規格の終了は、単なる撤去ではない。
限られた電波資源を、次の用途へ受け渡す作業
なのである。
第7章|PHSは終了したのに、病院や工場では生きている
PHSも、一般向けサービスとしては終了した。
Y!mobileの一般向けPHSサービスは2021年1月31日に終了し、その後、テレメタリング用途も含む公衆PHSは2023年3月までに終了した。
それでも、病院や工場でPHSのような端末を見かけることがある。
これは、公衆PHSと構内PHSが別の仕組みだからだ。
公衆PHSは、通信会社が街中に基地局を設置し、契約者へ通信サービスを提供する。
一方、構内PHSは、病院、工場、倉庫、事業所などが、自ら建物内に基地局を設置して使う。
つまり、病院内のPHSは、
携帯電話会社のPHS回線を使っているのではなく、
病院独自の小さな電話網につながっている。
公衆PHSが終了しても、構内設備が動いている限り、院内や工場内では利用できる。
現在も医療機関などで使われるPHSは、この自営型の構内PHSである。
構内PHSが長く残ったのには理由がある。
端末が軽い。
電池が長持ちする。
音声通話に特化している。
内線交換機やナースコールと連携している。
既存の建物内に基地局が整備されている。
そして何より、すでに問題なく動いている。
新しいスマートフォンへ置き換えるには、端末を買うだけでは済まない。
基地局、交換機、業務システム、ナースコール、利用者教育、情報セキュリティなどをまとめて更新する必要がある。
技術の交換費用には、機械の値段だけでなく、
それまでの仕組みを壊し、新しい仕組みへ移る費用
が含まれる。
ただし、構内PHSも永続するとは限らない。
端末や保守部品の供給は縮小し、院内スマートフォン、Wi-Fi通話、DECT、携帯網を利用した内線サービスなどへの移行が進んでいる。
PHSは死んでいない。
しかし、主流の技術でもない。
ここにあるのは、生存と終了の中間状態である。
第8章|古い技術は、性能だけで淘汰されない
新しい技術が登場すると、古い技術は劣っているように見える。
しかし、現場で重要なのは最高性能ではない。
必要なのは、
* 十分に使えること
* 安定していること
* 故障時に直せること
* 操作を覚え直さなくてよいこと
* 既存設備とつながること
* 入れ替え費用が現実的であること
である。
最高速度が十倍になっても、現場が必要としているのが音声通話だけなら、その速度は価値にならない。
逆に、古い規格であっても、確実につながり、電池が持ち、落としても壊れず、業務設備と連携するなら、現場では価値を持ち続ける。
技術の価値は、単体の性能では決まらない。
技術と、それが置かれた環境との関係によって決まる。
これは、古い工作機械や工場設備にも似ている。
最新機械より遅くても、必要な精度が出て、作業者が扱い方を知り、交換部品が手に入るなら使い続けられる。
しかし、部品がなくなり、修理できる人がいなくなり、周辺設備との接続が失われたとき、初めて寿命を迎える。
技術の寿命とは、装置が動かなくなる瞬間ではない。
その技術を支える関係網が維持できなくなる瞬間
なのである。
第9章|Wi-Fiは、すでに7まで進んでいる
携帯電話は現在5Gだが、無線LANの名称はすでにWi-Fi 7まで進んでいる。
Wi-Fi 7はIEEE 802.11beを基礎とする規格であり、従来より広いチャネル幅や、複数の周波数帯を組み合わせて利用する仕組みなどを採用している。
ただし、5GとWi-Fi 7の数字をそのまま比較することはできない。
5Gの「5」は、携帯通信の第五世代を表す。
Wi-Fi 7の「7」は、無線LAN規格を利用者にわかりやすく示すための世代名である。
もともとWi-Fi規格は、
* IEEE 802.11n
* IEEE 802.11ac
* IEEE 802.11ax
* IEEE 802.11be
という名称だった。
しかし、一般利用者には順序がわかりにくい。
そこで、802.11nをWi-Fi 4、802.11acをWi-Fi 5、802.11axをWi-Fi 6と呼ぶ方式が導入され、その次がWi-Fi 7となった。
携帯通信とWi-Fiでは、担当する範囲も異なる。
携帯通信は、街、道路、鉄道、山間部など、広い範囲で移動しながら使うことを前提としている。
Wi-Fiは、自宅、会社、店舗、学校、工場といった限られた範囲を覆う。
東名と新東名の比喩を使うなら、
* 4Gは全国へ続く成熟した高速道路
* 5Gは整備中の高規格高速道路
* Wi-Fi 7は建物や施設内にある太い専用道路
に近い。
Wi-Fi 7の理論上の性能が高くても、ルーターから先の光回線が遅ければ、インターネットは速くならない。
また、端末側がWi-Fi 7に対応していなければ、その性能は使えない。
通信は、最も速い一部分ではなく、
経路の中で最も狭い場所
によって制限される。
高速道路が八車線でも、その先の橋が一車線なら、全体の交通量は橋に合わせて決まる。
第10章|5Gの基地局は、将来の6Gに使えるのか
6Gが始まるとき、現在の5G基地局をすべて撤去し、一から造り直すわけではない。
基地局は、複数の層からできている。
まず、物理的な基盤がある。
* 土地
* 鉄塔
* ビルの屋上
* 電源
* 光ファイバー
* 局舎
* 冷却設備
その上に、
* アンテナ
* 無線機
* 信号処理装置
* ネットワーク制御ソフトウェア
が載っている。
6Gへ移行しても、土地、鉄塔、電源、光回線といった基盤は流用される可能性が高い。
全国の基地局用地を再取得し、鉄塔をすべて建て直すのは現実的ではない。
一方で、新しい周波数帯や通信方式へ対応するため、アンテナ、無線装置、処理装置は追加または交換が必要になる。
つまり、5G基地局が6Gに「そのまま対応する」というより、
5G時代に造った骨格へ、6G用の設備を載せ替える
と考えた方が近い。
これも道路にたとえられる。
道路用地、橋脚、管理施設は使える。
しかし、車線、舗装、料金設備、交通管制システムは更新する。
通信規格の世代交代は、全面的な建て替えではなく、増築と改修の積み重ねである。
そして、6Gが始まっても5Gがすぐに終わるわけではない。
当面は5Gと6Gが併存し、場所や端末、用途によって使い分けられる。
かつてmovaとFOMAが併存し、3Gと4Gが併存し、現在4Gと5Gが併存しているように、次の世代も重なりながら始まる。
補章|通信の未来は、有線LANが先に走っている
携帯通信が5G、Wi-Fiが7まで進んでいる一方で、有線LANの世界では、さらに巨大な数字が使われている。
家庭では1Gbpsの有線LANが一般的であり、2.5Gbpsや10Gbpsも少しずつ広がっている。
しかし、データセンターや通信事業者の設備では、
100Gbps
200Gbps
400Gbps
800Gbps
というEthernetが使われる。
IEEEでは、200Gbps、400Gbps、800Gbps、さらに1.6Tbps級Ethernetの標準化作業が進められている。
ここで注意したいのは、5Gと800Gの「G」は同じ意味ではないことだ。
5GのGは、Generation、すなわち世代である。
800GのGは、Gigabit per second、毎秒8000億ビットという速度を表す。
したがって、
800Gは5Gの160倍の世代
という意味ではない。
数字の尺度がそもそも違う。
では、なぜ有線LANは、無線よりはるかに大きな通信速度を実現できるのか。
有線通信は、条件を限定できるからである。
ケーブルや光ファイバーで接続先が固定されている。
電波干渉を受けにくい。
移動中の接続維持を考えなくてよい。
大型の通信機器や冷却設備を使える。
複数の光ファイバーを束ねることもできる。
携帯通信は、動いている端末を広い範囲でつなぎ続けなければならない。
建物、地形、天候、利用者数、電波干渉など、変化する条件へ対応する必要がある。
つまり、有線LANと携帯通信は、同じ競技をしているわけではない。
有線通信は、管理された専用コースを走る。
無線通信は、不特定多数の人が行き交う街全体を走る。
無線通信の先にも、有線がある
スマートフォンから基地局までは無線である。
しかし、基地局から先も無線で世界中へ飛んでいくわけではない。
基地局で受け取られたデータは、光ファイバーやEthernetを通じて通信事業者のネットワークへ運ばれ、さらにデータセンターやインターネット網へ接続される。
Wi-Fiも同じである。
スマートフォンからWi-Fiルーターまでは無線だが、ルーターから先は有線LANや光回線である。
つまり、
私たちが目にしている無線通信は、
見えない有線通信の入口にすぎない。
5Gが速くなるほど、基地局から先の有線網にも、より大きな容量が必要になる。
Wi-Fi 7が高速になるほど、アクセスポイントへ接続するLANや光回線も高速でなければならない。
無線が自由を提供し、有線が容量を支える。
両者は競争しているのではなく、分業している。
通信網は、一本の道路ではなく階層構造である
通信網全体は、大きく三つの層に分けられる。
* 広域移動通信
* 主な規格:4G、5G、将来の6G
* 主な役割:移動中のスマートフォンや携帯端末を広い範囲で接続する
* 構内無線通信
* 主な規格:Wi-Fi、構内PHS、ローカル5G
* 主な役割:家庭、病院、会社、工場など建物内や敷地内を接続する
* 有線基幹通信
* 主な規格:Ethernet、光ファイバー
* 主な役割:基地局、ルーター、サーバー、データセンターなど通信インフラ同士を接続する
利用者が触れているのは、最上流の入口である。
スマートフォンの画面に表示される「4G」「5G」「Wi-Fi」という記号は、通信経路全体のごく一部分しか示していない。
その背後には、
* 基地局
* 光回線
* 交換設備
* 海底ケーブル
* データセンター
* サーバー
がある。
通信速度とは、端末に表示された規格名だけではなく、この全体構造の結果なのである。
終章|技術は滅びるのではなく、居場所を変える
movaは消えた。
FOMAも終了した。
公衆PHSも終わった。
だが、それは、新しい技術が古い技術を完全に打ち負かしたという単純な話ではない。
movaは、携帯電話を社会へ普及させる役割を果たした。
FOMAは、携帯電話をインターネット端末へ近づけた。
4Gは、スマートフォンを日常の基盤にした。
5Gは、スマートフォンだけでなく、工場、交通、機械、社会設備を接続しようとしている。
PHSは公衆通信から姿を消しても、病院や工場の内線として残った。
4Gは5Gが登場しても、広い地域を安定して支えている。
Wi-Fiは携帯通信とは別の道を進み、すでに第七世代へ達した。
有線LANは、利用者の目に触れない場所で、800Gbpsや1.6Tbpsの領域へ進もうとしている。
ここからわかるのは、技術の進歩が一本道ではないということだ。
新しい技術は、古い技術をすべて置き換えるわけではない。
高速化を必要とする場所では新しい規格が使われる。
安定性を必要とする場所では成熟した規格が残る。
限られた範囲では構内通信が使われる。
そのすべてを、見えない有線網が支える。
技術は、性能の優劣だけで生き残るのではない。
用途、費用、安定性、設備、人間の習慣、周辺システムとの関係によって、その寿命が決まる。
したがって、古い技術は、新しい技術に敗れて消えるのではない。
主役の座を降り、
それでも必要とされる場所へ移動する。
技術の世代交代とは、古い世界を壊して新しい世界へ入れ替えることではない。
古い層の上に新しい層を重ね、社会全体を少しずつ組み替えていくことなのである。
関連記事
通信は、常に最高速度だけを目指しているわけではない。
フルセグとワンセグも、高画質と受信安定性を分担する仕組みだった。
一つの電波を13の区画に分け、固定受信と移動受信を同時に成立させた地デジの構造については、こちらの記事で詳しく扱っている。
『フルセグとワンセグって何?「テレビが見れる」仕組みをわかりやすく解説!』
『古いインターネット規格は、なぜ消えないのか』
『電話番号は、なぜ意味を変えるのか』
『映像ケーブルは、なぜ変わり続けたのか』
いいなと思ったら応援しよう!
応援よろしくお願いします!いただいたチップは研究費用に回します。