魔女たちのアフタヌーンティー
30代に入った私は、
時々立ち止まってしまうことがある。
学生時代は、行きたい学校があって
なりたい職業があって。
迷うことなく前に向かって進んでいた。
夢は叶って、忙しい毎日だったけれど
充実していた。
子供が生まれてからは、今度は母として、
私なりに全力で子供に向き合った。
目の前に、いつも「向かう先」があった。
でも今、末の子が年中になって、
あと一年ちょっとで、全員が小学生になる。
私は今、向かう先がわからず
じたばたしている。
それ以前に自分自身を見つけられずにいる。
私自身の価値は?
私は何を持っているのか。
私自身が薄っぺらく感じることがある。
きっかけはいつも些細な事。
最近では正社員にならないかと
声をかけてもらったとき。
認められてうれしい気持ちになったのは事実。
正社員になるなら
このタイミングなのかもしれない。
年齢的にも
子供たちの生活リズム的にも。
ただ、家と仕事の両立ができる器を
自分に感じない。
そこでいつも、空っぽに感じてしまう。
何者にもなれない自分。
最近、
独身の友達も新しいステージに移ったことが
この気持ちの揺れのきっかけの一つでもあると思う。
今の仕事に不満があるわけではない。
リーダーを任せてもらえて、
やりがいもある。
人間関係にも恵まれているし、
気持ちばかり時給もいいし、
休みも取りやすい。
きっと、十分すぎるくらい、恵まれている。
それでも、ときどき思ってしまう。
このまま、時給で働き続けていて
いいのだろうか、と。
まるで、自分だけが同じ場所に
立ち止まっているような感覚。
私は、何に向かっているんだろう。
母であることは変わらない。
仕事もしている。
毎日は、ちゃんと動いている。
それなのに不安になる。
私は、ちゃんと価値のある人間なんだろうか。
20代の平等に与えられた若さを差し引いた私に
何が残っているのだろう。
30代という年齢に何かしらの“確かさ”を
持っていなければいけないような気がして
焦ってしまう。
そんなときに出会った言葉がある。
「自分にとっては宝石でも、
他人から見れば石ころと同じかもしれない」と。
目に見える価値こだわっていたのは
私自身だったのかもしれない。
周りの目を必要以上に
気にしていただけなのかもしれない。
仕事で積み上げた信頼も、
家族の生活を支えてきた約10年も、
読書をすることで得られた濃い時間も。
一人ひとり比率や濃度が違っていても
確かな自分の価値なのかもしれない。
宝石かどうかを決めるのは、
きっと他人じゃなくて、自分自身。
Life is wonderful.
人生って、そんなものよ。
物語の中で、迷っている主人公たちは紅茶を飲む。
紅茶の香りと、茶葉の踊りと、ティーフード。
茶器も、空間も、そこに流れる時間も、
すべてが静かに心をほどいていく。
大切なのは助言じゃなくて、
受け止めてもらえること。
自分が本当はどうしたいのかを、
急かされずに見つめること。
30代は、
肩書きや若さのラベルが剥がれていく時期なのだと思う。
不安になるのは、まだ自分を諦めていない証拠で
迷っている今もきっと、自分を選び直している途中。
そして、価値は役割の名前ではなく、
積み重ねてきた時間の中にある。
答えを急がなくてもいい。
今はまだ、迷っているままでいい。
まずは、自分のために紅茶を入れるところから始めようと思う。
Come, let us have some tea and continue to talk about happy things.
(さぁ、お茶を飲みながら、幸せなことを話し続けましょう。)
記事紹介ありがとうございます!
いつも恐縮で😿♡嬉しいです!
pickupありがとうございます!
今週もお陰さまでコングラボードいただきました!が!残す前に消えました🥹
ちょこちょこやってしまう。。
おかげさまでフォロアー様が900名に達しました!
貴重なスキ、コメント、うれしいです!
遅ればせながら、マガジンを作りました!
#いい働き方ってなんだろう
