見出し画像

漫画家アシスタント物語 諦めま章〈17〉 ゴミ屋敷化した秋山プロ‥‥

 
《上の写真: 私の祖母が100歳の時に、敬老の日を記念して総理大臣から頂いた賞状です。105歳で亡くなった時に告別式で飾られました。その時に撮影した写真です。(画像の手振れスイマセン)2011年7月、撮影 》
            < この諦めま章〈17〉は、文庫本約11ページ分 >

 
 
 
              その33

  《 漫画家アシスタントが・・・形見分けを羨ましがる!? 》


人は、死ぬ時が来れば誰でも死ぬ事になる。

それが、いつなのかは分からない。 

私の父方の祖母は、丁度100歳まで生き、もう一人の祖母( 母方 )は数年前に105歳まで生きた。

でも、その子供‥‥‥‥ つまり、私の父母の世代になると、同じように長生き出来るとは限らない。

105歳まで長生きした祖母の長男は80歳で、次男は70歳前で亡くなっている。

どうも、男性( 伯父たち )は80歳を前にすると‥‥ 突然、枯れしぼんでしまうようだ。( 80でエベレストを制覇した三浦雄一郎氏のような人は、奇跡的な存在だ )

ところで‥‥

105歳まで生きた祖母は、100歳の時の「 敬老の日 」に小泉総理大臣から賞状をもっらた事を大変喜んでいた。

葬儀の日、火葬場の前で親族同士が議論になった‥‥‥‥ この「 賞状 」についてだった‥‥‥‥

喪主である親族の一人が‥‥

「 この賞状も一緒にお棺に収めようと思います‥‥ 」

すると、別の親族( 祖母の長女‥‥私の母である )が‥‥

「 一緒に? 冗談じゃないわよ、あれは、母が一番大切にしていたものじゃない! 」

すると、別の親族( 娘姉妹 )が‥‥

「 そうよ、お仏壇の横に飾ってあげればいいじゃないの! 」

喪主である親族は、ちょっと困っていたが、結局、祖母の長女( 私の母 )が賞状を引き取って分骨された仏壇に飾る事になった。
 
 
この祖母の夫‥‥ つまり、私の祖父は、建設会社の社長だったので幾らかの財産を残した。 祖父が亡くなり仮通夜の時( 30年近く前、1980年頃 )に祖父の書斎で叔父( 祖父の三男 )と二人で祖父の思い出に浸っていた時だった‥‥

「 これ、もらっとこう‥‥ 」

叔父が書斎の中の品々を手に取りながら‥‥ ポツリと独り言の様に言うのを聞いた。

もちろん、私は、父を失った叔父の気持ちがどんなものかを察っして黙ていると‥‥

「 これ、欲しかったんだよなぁ‥‥ 形見に俺がもらお~っと」

私は、お通夜の席であっさりと形見分け( 勝手に決めてる! )の話をする叔父を正直、羨ましいと思った‥‥‥‥

『 いいなぁ‥‥ 御祖父ちゃん、金持ちだから‥‥ 叔父さんや叔母さん、色々な物がもらえるんだろうなぁ‥‥ 』

しかし‥‥

金持ちは大変である‥‥‥‥

祖父が亡くなった時には親族同士、財産分与で相当にもめて、弁護士を間にたてて争ったほどである。

まさに骨肉の争いである。( 古い世代の財産分与は、やはり長男など息子たちに有利なようだ )

先ほどの「 賞状 」についての言い争いも、裏側には、財産分与に関する恨みが潜んでいるのではないかと思われる。

ちなみに、最近、年を取り、軽い認知症が出てきた私の母( 上記の祖父の長女 )は、他人から見ればゴミの様な物と必要な物がごちゃ混ぜになってしまい、その整理に苦労している。

冷蔵庫の中には腐ったものまで入っているし、タンスや戸棚には、忘れないためのメモ用紙がペタペタ貼られているのは良いのだが、その数が多すぎて何がどこに貼られているのか、本人にも分からない。

トイレの中から台所、居間にいたるまで雑多な物が増え、足の踏み場どころか、自分が休まる場所さえない有様である。

そんな母が、ある時、私にぼやいた‥‥

「 いい加減に片付けろよなぁ どうせ、死んだら全部、ゴミで出すんだからな! 」

‥‥‥‥弟( 母の次男 )にそう言われたと、母は苦笑いしていた。

祖父母のような財産家と、母子家庭( 私が中学生の頃から父はいない )の差は大きい‥‥ 財産で争うのと、ゴミで争うのとでは、まるで世界が違うのだ。
 

次回は、久々に漫画家アシスタントの仕事場風景を報告したいと思います‥‥‥‥

 
 
 


最近の仕事場を撮影したものです。アシスタントの仕事場には、8つのデスクがあるのですが、写真は、そのうちの6つのデスクを撮影したものです。奥がトイレと入口ドアになります。ご覧の通りデスク 上は不用品の山になっており、仕事が出来る状態ではありません。私ともう一人のスタッフは、この写真の手前にある2つのデスクを使用しております。ゴミは増殖中です。 2013年3月

 
               その34

 《 漫画家アシスタントが・・・昼と夜とが分からない・・・!? 》


漫画家に成りたいという人は、大勢居ますが‥‥ アシスタントに成りたいという人は、あまり居ないようです。

この事は、私が初めてアシスタントに成った怪奇漫画家のS先生( ※参照 )の頃( 1974年 )と変わっていないのではないでしょうか。

また、昔のように家出少年が漫画家のところへ弟子入りするために夜行列車に乗ってやって来る‥‥ そんな時代でもないようです。

私が勤めるこの秋山プロ( ※参照 )にも昔( 1980年代 )は、何人ものアシスタント志望者がやって来たものですが、最近ではサッパリそうした若者の姿を見かけません。

ただ、2年ほど前に、このブログを読んでいているという中年の人物が、アシスタントに成りたいと、仕事場へ訪ねて来た事があったそうです。

気の毒な事に、うちのジョージ先生( ※参照 )にはキッパリと断られたそうですが‥‥ 実は、先生はこのブログが嫌い( ※参照 )なので、ブログの名前を口にした瞬間にレッドカードをくらう事になったわけです。

それにしても、このブログを読んでいるだけで、どうやって秋山プロの仕事場にたどり着いたものやら‥‥ せっかくのご苦労も無駄に終わってしまって、何だか‥‥ 私は申し訳ないような気がいたします。

そんな事があった頃と同じ頃だったでしょうか、ジョージ先生の自宅の前で子供が騒いだり、イタズラしたりという事が何度か有り、先生から‥‥

「 おめぃ~のブログのせいでよぉ‥‥ 」( これが、例の怖い目つきで! )

‥‥などと言いがかりのような事を言われる始末。

その上、ジョージ先生の家だけではなく、ご子息( 今はもうすっかり大人です )についての事などもブログに書いていると思い込んでいるらしく‥‥ 挙句の果てに‥‥

「 危ねえからよぉ‥‥ 引っ越したぜぇ‥‥ おめぃ~のせいでよぉ! 」

こうした事は、いつもの事で一々反論もしないし弁明もしないで呆れ返るだけなのですが‥‥‥‥

先生は、物凄く感のいい人で‥‥ 私の「何言ってんだろ、この人?」みたいな、ボンヤリした表情を見ただけで、弁明なんぞしなくても察してくれていると思っています。

ただ‥‥‥‥

どうも、物書きという生き物は、才能がある程( 天才的である程 )、自分の想像力の世界にどっぷりと浸ってしまう傾向があり、時には、それが強度の妄想として固着してしまう場合もあるのです。

私は、これを、作家の職業病だと考えています。

ですから、それをあからさまに否定したりしないようにしています‥‥ 仮に、それが私にとって不利益になってもです!
 
アシスタントの先輩から‥‥‥‥

「 小池君、先生が誤解してるなら‥‥ それはマズイんじゃないか‥‥ 」

‥‥と、心配してくれた事もありましたが‥‥‥‥ そんな風にして、何年も経ってしまいました。

最近は、仕事の量も少なく、ペースもゆったり、のんびりした感じで仕事をしています。

バブルの頃( アシスタントは6~7人 )には、毎週60ページから70ページの原稿を描いていましたが‥‥‥‥ 今では、毎週、10ページちょっとに減っています。

それを少しづつ、私ともう一人のアシスタントで仕上げ処理しています。

ちなみに、原稿料は1ページで4万円以上ですので、10ページでも40万円以上になります。これに単行本の印税が年間で、およそ500万円ほど入っていたと思いますので、先生とアシスタント二人が暮らす分には十分の収入だったと思います。

 

さて‥‥

のん気な仕事場のエピソードをひとつ‥‥

先月( 2013年6月 )、こんな事があったのです‥‥

その日の仕事は、小学館の青年誌に連載中の時代劇「 浮浪雲 」( ※参照 )で‥‥‥‥

その回のストーリーは、よくある長屋話でしたので、いつもの様にボロ長屋の一室を描いていたわけです‥‥

男が一人、破れたフスマや汚れた畳のボロい部屋‥‥ 行燈を前にして、奥さんの帰りを待っているのですが‥‥

昼間なのか、夜なのかわからない‥‥ これでは、部屋の中にある行燈を明るくして夜の雰囲気を出すべきか、行燈を無視して昼間の灯りが障子から差し込む様な背景にするのか‥‥‥‥ 迷うわけす。

そこで、キャラクターが描かれただけの白い原稿用紙( 簡単な背景指示『 長屋 』とか『 町 』とだけ指示書きされている )を持って、先生の個室へ向かいます‥‥

ジョージ先生は、明るい窓辺にデスクを置いて、足元からデスクの両サイドまで、ゴミだらけの中で仕事をしています。

デスクは、インクでベタベタになっているし、ペン置きのそばは、数十個ものコーヒーの空き缶と煙草の吸殻で、まるでスモーキーマウンテン状態!

通常の人間なら吐き気を催すかもしれないほどに汚れています‥‥‥‥ いつか、写真に撮りたいものと思っていますが‥‥‥‥ さすがに‥‥ そこまでの度胸は私にはありませんのです。( 超プライベート空間です )

「 センセ‥‥‥‥ 」

私は、すっかり白くなった長髪と薄ハゲ頭の背後からソ~~ッと声をかけます‥‥‥‥

「 これなんですが‥‥‥‥ 」
「 うぅ‥‥‥‥ 」( 低く静かなヒキガエルの様な声 )
先生は、振り返るでもなく、顔を少しだけ横に向ける‥‥

私は、原稿を先生の目の前に差し出しながら‥‥
「 先生、この部屋なんですが‥‥ このシーンは‥‥ 夜ですか、それとも夕方ですか? 」
「 ‥‥‥‥‥‥‥‥ 」

ちょっと原稿( ボロ長屋の中に男が一人‥‥ )をにらみながら‥‥
「 これぃは‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥夜だな 」
「 はい、わかりました 」
「 電気消えてっからよ 」
「 ‥‥‥‥? 」

「 電気 」と聞いた時に、私には、『 センセ、この時代に電気なんてないでしょ 』なんて突っ込む勇気はないので‥‥‥‥

「 電気消えてっからよ 」
「 あ‥‥ はい‥‥ わかりました 」

私は、そのまま自分のデスクに戻り、黙々と電気の消えた行燈とジメジメと暗い夜のボロ長屋を描くわけです。
 
 
  漫画家アシスタント物語  血の教訓
『 度胸も勇気も半人前、夢と野望は二人前! 漫画家に・・・・なってみせると意気込んだ・・・・・・意気込みだけは馬鹿三人前! 』

 
  
 
 

      「 漫画家アシスタント物語 諦めま章〈18〉」へつづく・・・・

                  「諦めま章〈16〉」へもどる‥‥

                        「もくじ」 へ‥‥

 

 
 
~~~ 参照 ・ 諦めま章〈17〉 ~~~( 読んでも、読まなくても!)

【その34】
・S先生 : 1970年~90年代、少女漫画風の怪奇漫画を描いていた女性の単行本作家。
・秋山プロ : 漫画家ジョージ先生の仕事場。東京目白にあり、バブル期には6~7人のスタッフが在籍。しかし今年2013年にはスタッフ2名。連載は1誌。ちょっと淋しい今日この頃です。
・ジョージ先生 : 有名漫画家、1966年、23歳で売れっ子作家に。70年代には週刊連載6誌という逸話も。現在は2誌に連載中で、当時70歳。
・ブログが嫌い : 私のブログが始まった当初は、2005年~'07年頃はほぼ無視。2009年にブログ記事が書籍化される前後は応援!‥‥でも2010年以降は不機嫌!(私が描いた先生のイラストに激怒か?)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 
 
 
 
 

いいなと思ったら応援しよう!

yes 年金生活者にとって、とても嬉しいご支援! 感謝申し上げます!