漫画家アシスタント物語 第8章 〈6〉 悪魔は金で人を試す?
《写真上: 家具インテリアを私が準備した待合室。お客さんがメニューを見てコースを決めます。私は「どの様なコースになさいますか?」と接客!》
< この8章〈6〉は、文庫本約10ページ分 >
「第8章」は、独立した「章」ですので、「第7章」の続きではありません。
「第8章〈1〉」(無料)より、お楽しみいただけます!
ただし‥‥
はじめての方は、「マガジン:第1章、第2章」(無料)がお薦めです!
その11
《 漫画家アシスタントが・・・チップを欲しがる! 》
外国へ旅行に出かけた時に戸惑うのが「 チップ 」です。 慣れないと、いくら払ったら良いのか‥‥ 困る事があるものです。
私が若い頃に旅行したタイでは、チップを払う時に随分と失敗したものでした‥‥‥‥
20代で初めてバンコクを旅行した時( 1980年頃 )、ルームサービスで深夜にアイスコーヒーを頼みました‥‥ そして、コーヒーを運んでくれたボーイさんにあわてて払ったチップが小さなコイン一枚(タイ・バーツコイン)。
『 こんなもんかな‥‥ 』
そのコインがいくらなのか分からなかったのですが‥‥‥‥ コインを受け取った瞬間‥‥ ボーイさんの顔色が変わりました‥‥
何かを私に問いかける様な表情‥‥‥‥
私は、「いいんだよ‥‥ これは、チップだから‥‥」そんな感じで小銭を手のひらにのせたボーイさんを送り出そうとしました‥‥
「 〇×△‥‥!! 」
何かすごく怒っている‥‥ 旅慣れない私にタイ語のわかろうはずもなく‥‥ ドアを空けて出て行くボーイさんを怖々と見送ります‥‥。
後で分かった事ですが、私が払ったコインは50サタンというお金で、日本円にすると‥‥5円(2000年代のレートだと2円)ほどの価値‥‥‥‥。
経済成長前( 30年前 )のタイでは、常識的には30円~60円ほどのチップでよかったのですが‥‥ それでも「5円」は安すぎました‥‥。
廊下をドスンドスンと音をたて、文句を言いながら去って行くボーイさんの後ろ姿を見ながら‥‥ 『 少な過ぎたか‥‥! 』と思っても後の祭りでした。
逆に払い過ぎてしまったりする事も‥‥‥‥ 慣れない外国では誰でもが経験する事なのではないかと思います。
今回は‥‥ この「 チップ 」にまつわる「 タイマッサージ店伝説 」を紹介させていただきます‥‥‥‥
お店で一番年上( 当時40代 )で一番マッサージ技術の優れたカーラさん( ※参照 )ですが‥‥‥‥ お客さんからの人気がイマイチ‥‥ というか最低というか‥‥‥‥。
「 お客さんが‥‥ 〇×△だから‥‥ 」
‥‥と、自分の器量を気にしつつも‥‥ いつも不機嫌にお客さんの悪口ばかり‥‥‥‥
そこで、私は‥‥
「 お客さんが求めているのは、体をマッサージしてもらう事だけではなくて、気持ちもマッサージしてもらう事なんだよ 」
‥‥と、不機嫌でふて腐れた態度の彼女に、以下の様な忠告をしました‥‥
「 お客さんを好きになる事が大事だよ、好きな人をマッサージする気持で仕事すれば、気持ちは必ず通じるものです‥‥ 」
‥‥と。
数ヶ月経ったある日‥‥
お店が大騒ぎになる出来事がありました‥‥
カーラさんが1万円ものチップ( ※参照 )をもらったのです。 千円位のチップを貰うマッサージ師さんは、たまにいるのですが‥‥ 2時間のマッサージ料金自体が1万円ほどなのに、チップが1万円というのは破格( 異常 )です!
しかし‥‥ 話はそれだけではありませんでした‥‥‥‥
薄くなった白髪に長くて白いヒゲ‥‥ ホー・チ・ミン( ※参照 )の様な‥‥ やせて小柄な70歳位の老人‥‥‥‥
このお客さんは、奇妙なチップの出し方をしたのです‥‥
初めてお店にいらしたのが‥‥‥‥ 1ヶ月ほど前( 2005年の春 )‥‥‥‥ その時に、カーラさんが担当したのですが、以下の様なやり取りがありました‥‥
マッサージを終わって、カーラさんがお客さんの着替えを手伝っている時に‥‥
「 とても体が楽になりました‥‥ チップを差し上げたいが‥‥ 今、お金が無いので‥‥ 」
と、言って小銭入れから10円玉を一つ彼女に差し出したのです‥‥
普通ならここで‥‥ 『 たったの10円?! 』と‥‥ 不快な表情を浮かべてしまうところだと思うのですが‥‥‥‥
彼女はニッコリと微笑んで両手を合わせ「 ワイ 」というタイ独特の感謝の意を表したそうです‥‥‥‥
次の週に‥‥
また来店したこのお客さんは、カーラさんを指名します‥‥‥‥ そして、マッサージが終わると‥‥‥‥
「 今日は、少しお金があるから‥‥ 」
‥‥と、千円札を一枚、チップにくれたそうです。
そして‥‥ 次の週にもカーラさんを指名して‥‥‥‥
「 今日は、これだけ‥‥ 」
‥‥と、5千円札を一枚‥‥‥‥
この辺で、マッサージ師さんたちの間で次はどうなるんだろうと話題になりだします‥‥‥‥
そして、1週間後‥‥ やはりまた、カーラさんを指名‥‥‥‥
「 はい、チップだよ‥‥ 」
‥‥と、1万円!
これで、お店は大騒ぎです。 カーラさん自身も心中おだやかではありません‥‥ いったい何が起きているのやら!
この話を私が耳にしたのはこの頃でした‥‥
そのお客さんはこう言ったそうです‥‥
「 私が、初めてカーラさんにチップ( 10円 )あげた時に、怒りもしないで感謝してくれたね‥‥ 」
そう言って1万円をくれたのです‥‥
そして、また‥‥ 1週間後‥‥‥‥
「 はい、チップ‥‥ 」
‥‥と、渡されたのは‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥5万円!
銀座のクラブじゃあるまいし‥‥ うちはマンションの一室を借りた小さなマッサージ店に過ぎないのに‥‥‥‥
カーラさんの心はグラグラと揺れ始めます‥‥‥‥
これから先どうなるのか‥‥ お店のスタッフ全員までがホー・チ・ミンのおじいさんが来るのを待つようになりました‥‥‥‥
私も‥‥‥‥ チップが欲しい!

その12
《 漫画家アシスタントが・・・お金の怖さを知る! 》
だんだんとチップの金額が上がっていく‥‥ それも、ほぼ倍増する感じで!
5万円のチップをもらったカーラさんは、もう、そのお客さん( ※参照 )の事で頭がいっぱいになります。
そのあわてぶりは少し滑稽ですが‥‥‥‥ 冷静になれと言ったってそりゃ無理な話かもしれません。
この‥‥ ホーチミンによく似たお客さんは、また‥‥ 1週間後に‥‥ やって来ます‥‥‥‥
いったい次はどうなるのか‥‥ 5万円のチップの後は‥‥ いったい‥‥‥‥
その日、いつもの様にカーラさんを指名‥‥ いつもの様にマッサージが終わるとチップをくれるのですが‥‥‥‥
「 はい。今日はこれだけ‥‥ 」
そう言って1万円札を1枚、カーラさんに渡します‥‥‥‥
「 5万円のチップ 」‥‥ あれは夢だったのか‥‥ 結局、5万円は一度だけなのか‥‥ 誰もが「 人生に一度だけの体験だったのかも 」‥‥と、そんな風に思いつつ‥‥ 次の1週間が過ぎました‥‥‥‥
ホーチミンのおじいさんは、いつもの様にカーラさんを指名‥‥ いつもの様にマッサージが終わると‥‥
「 はい。 今日はこれだけ‥‥ 」
また‥‥ 5万円‥‥!
次の週も‥‥ その次の週も‥‥ 5万円!
カーラさんは、いつの間にか‥‥ このホーチミンのおじいさんだけを心待ちにするようになります‥‥‥‥
私には、チップによってカーラさんの心が揺さぶられているように見えて仕方ありませんでした‥‥‥‥
2ヶ月ほどの間にチップだけで合計40万円以上はもらっているでしょうか‥‥‥‥ だんだんと‥‥‥‥ カーラさんは他のお客さんには、笑顔を見せなくなります。
それまで、毎日働いて1ヶ月に25万円ほど稼いでいた彼女が、ホーチミンのおじいさんのチップだけで2ヵ月40万円に‥‥ これによって、他のお客さんがど~でもよくなり‥‥ ただ一人、この老人の来店を待つだけの毎日になってしまったのです‥‥‥‥
不思議なもので、彼女だって「 チップ 」のお金で自分の人生が変わろうとは考えもしなかったと思います。
しかし、数か月の間に‥‥ このわずかな(?)お金によって真面目に仕事をする気持ちも、全てのお客さんへの真心も‥‥ 失われるのです。
『 だって、彼の事で頭がいっぱいだから! 』
彼女は、結局‥‥ お店を辞めて‥‥ このお客さんの「 愛人 」になってしまいます‥‥‥‥
数百万円とか数千万円とかのお金で人生が変わるのならわかるのですが‥‥ たった数万円のチップを何回かもらっただけで‥‥ 人生がまったく変わってしまう‥‥‥‥
お金が怖いのか‥‥ 人が怖いのか‥‥ よく、分かりませんが‥‥‥‥
これが、私にとっては忘れる事の出来ない「 タイマッサージ店伝説 」の一つです‥‥
ちなみに‥‥ 数年後に届いた風の便りによると‥‥‥‥
ホーチミンのおじいさんは、飽きっぽいのか‥‥ カーラさんから離れ、別の‥‥ もっと若い外国人女性にご執心だそうです‥‥‥‥
そして‥‥
カーラさんのその後を知る人は‥‥ いません‥‥‥‥
「 漫画家アシスタント物語 第8章〈7〉」へつづく・・・・
「第8章〈5〉」へもどる‥‥
「もくじ」 へ‥‥
~~~ 参照 ・第8章〈6〉 ~~~ ( 読んでも、読まなくても!)
【その11】
・カーラさん : 仮名、40歳代のタイ人女性。バツイチで2人の子供を養っている。お店では一番のベテランで器量はイマイチだが、優しい人。
・チップ : ごくたまに、マッサージ店でお客さんがくれるお金。多くの場合1千円~2千円ほど。マッサージ師にとっては勲章の様に嬉しいもの。貰うとすぐに他のマッサージ師などに自慢したがる。
・ホー・チ・ミン : ベトナム民主共和国の初代主席。「サンダルをはいたホーおじさん」と国民から慕われた革命家。
【その12】
・お客さん : ホーチミンに良く似た感じの70歳位の老人。おだやかな喋り方、服装に派手さはないが、清潔感と品の良さが窺える。
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