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元漫画家アシスタントの チェンマイ淡々通信 30 「タイのお葬式1」

 
《 写真上:母が亡くなった晩、私の家は賭博場になります。麻雀風賭博で会葬者の皆さんが遊んでいます。この葬式賭博は、告別式まで毎晩続きます 》

 
 
 
             淡々通信 30
 
 

親が長生きしてくれる事は、本当にありがたい事なのですが‥‥‥‥
 
やはり介護というのは、家族にとっては大きな負担になります。 理屈でわかっていても、実際に経験すると過酷なものだとわかります。 その過酷さも十人十色でバラバラなのです。

それでも、その過酷な介護にも終りの時が来ます‥‥‥‥
そして、終わりと同時にやって来るのが「お葬式」です。

日本でも「葬儀」は、遺族にとっては大変な重荷になるとは聞いていましたが、実際に体験すると‥‥‥‥まるで嵐か暴風雨のようでした。
 

体重も減るほどの「タイのお葬式」をご紹介します‥‥‥‥

( 今回の記事は、ちょっと長めで、単行本7ページ分! )

 
この章のタイトル「タイのお葬式」‥‥ 
これは、正確には「タイ式による、日本人のお葬式」‥‥ という事になります。( 母は、日蓮宗ですが、タイも同じ仏教徒 )

朝早く、棺が運ばれてきました。

私は一応‥‥ 形式上「喪主」ですが、棺の注文も、葬儀社への選択も、式の準備も何もわかりません。 そのため、全てはカミさんが差配しました。

しかし、カミさんは、指示はするけど作業はしません。 近所の方や、式次第を取り仕切る長老など、沢山の方が段取り良く作業するのを見守るだけです。

「町で一番の長寿者(98歳)が亡くなった、葬儀だ、準備だ、いざ鎌倉!」

‥‥そんな感じで、数十人の町の人が早朝から集まってくれます。私はもちろんカミさんも、誰一人も呼んではいないのです‥‥‥‥ もちろん、私も見知っている方は、ほとんどいません。

これは、会葬者も同じです。 あっというまに、噂や連絡が広がって、近隣はもちろん隣町からも人が集まって来ます。
 
 
下の写真は、棺を冷蔵庫の中へ納める場面。3日間の葬儀中はこの中に納められます。 4日目の告別式では、火葬場へ行くために外へ出されます。

 

下の写真は、隣の家の駐車スペースです。 近隣の女性陣が、この日の朝から会葬者の食事などの準備をしてくれています。


下の写真は、玄関前の駐車スペースに作られた仮の焼香台、全て葬儀社と近隣の奥さんたちの手作りです。

この焼香台の横にあるのが、下の故人を紹介するプレートです。
葬儀社の人が、気を使って日本語で書いてくれています‥‥

「明子 コキケ」‥‥ 本当は「昭子 コイケ」が正しいのですが、その辺の所はご愛敬です。(名前と死亡日時、年齢と生年月日などが、タイ語とタイの仏歴で記載されています)

下の写真が、タイの葬儀ならではの小道具‥‥ お祭り、各種イベント、誕生日から結婚式まで、必需品となる大きなスピーカー( 120㎝位 )です。

日本の方だとこんなスピーカーを葬儀に‥‥ いったい何で? ‥‥そう思われると思いますが‥‥‥‥

タイでは、故人の紹介から、僧侶の読経、さらに、音楽放送まで、朝から深夜までガンガン流します。 まるで、悩むスキも、悲しむスキも与えないようにガンガン、大音量でタイの歌謡曲、タイの民族音楽、タイの流行歌と続きます。

私も、ちょっと携帯のアプリで、「千の風になって」や、母が好きだった美空ひばりの曲を流してもらったりしました。

しかし‥‥‥‥ こうした日本風の悲しい曲は、ものすごくキツイですね。タイ式のお祭りソングをガンガン流す方が故人も家族も落ち込まなくて良いのかも知れない‥‥‥‥と、そんな思いがいたしました。

上の写真は、朝からずっと手伝ってくれた近所の方々です。 ほとんどの方を私は知りません。 簡単な挨拶をしただけで、私は彼らの名前も知らないのです。

当然、皆さん、寝たきりだった私の母には会った事も、話した事もないはずです。それなのに‥‥‥‥ 朝から晩まで手伝いに来てくれるのです。(カミさんが呼んだ人は一人もいません!)

これは、まだ序の口で、翌日、さらに次の日‥‥ どんどん人が増えていきます。 これは、カミさんの顔の広さや、私の母が町の歴史上の最高齢者だった事もあると思いますが‥‥ こうした献身的な行為が仏教的な「功徳」として尊ばれているようです。

上の写真、リビングルームで、僧侶を向かえる準備が整いました。 

左に棺を納めた冷蔵庫があり、電飾で飾られます。 日本人が、この式場を見たら、クリスマスかバースデーパーティーだと思うでしょう。
 

下の写真は、お通夜の晩、4人の僧侶の方が読経に来てくれました。
僧侶へのお布施は、一人2000円ほどですが、お金持ちだと1万円や2万円も包むそうです。 

夜の8時になると、僧侶の読経がはじまります。 外には椅子を並べて50人ほどの会葬者が、読経の放送に合わせて合掌しています。

読経が済むと‥‥ 

お布施や供物を渡す時にも作法があります。 渡す時にはお花や供物に封筒を添えてお盆にのせます。 それを僧侶がニコリともせず袈裟袋へ納めます。 現金を直接渡す事は絶対にありません。

写真上の中央奥に私が写っています。 挨拶の仕方、式次第、そのタイミングや、誰に何を渡し、どう挨拶するか、その位置も方向も、式の長老の指示に従うのですが‥‥‥‥

写真下、奥にいる私は、さっぱり要領を得ない。 もやはボロボロ‥‥‥ 無免許のヨッパライ運転と同じ酩酊状態!

あきれた長老は、翌日、私を代理喪主と交代させます。 私は後ろに引っ込んで、前に座る代理喪主のマネをするだけ‥‥‥‥ 正直、時間が過ぎてくれ、時間が過ぎてくれ‥‥ そればかり念じていました。

もっとも、この代理喪主も不慣れなオヤジで、ビクビク、オドオド‥‥!

それでも、私よりは10倍ましでしたので、なんとか無事に僧侶の読経やお布施などの式次第を済ませる事ができました。
 
 
夜、僧侶がお寺へ戻ると、いよいよ賑やかにギャンブルが始まります。 各種の賭博が、駐車場や庭先など、それぞれの場所で行われます。

この記事のトップ画像、麻雀賭博は、隣家のガレージ。
下の写真のサイコロ賭博は、その隣奥の席を使っています。わかりやすいし、早く勝敗が決まりますので一番人気があるようです。 

赤い段々の上の3つのサイコロをヒモを引いて落とします。サイコロの目には象やウサギの絵が描かれていて、その出目にお金を張って競うわけです。 けっこう盛り上がります。

盤上のお金は、ほとんどが100円札です。 さいの目は6種類ですから勝率16%、それが3つですから合計48%。はずれれば、全部胴元の稼ぎになります。見ていると、胴元の懐にザクザクとお札が集まっていました。( 深夜2時~3時頃まで続きます )
 

下の写真は、女性に人気のビンゴ賭博。( 数字がそろった人の総取り )

ビンゴには、近所の奥さん連中はみんな夢中です。 100円200円の少額ですが、のんびりと、お酒を飲んだりお喋りしたりしながら楽しみます。

深夜の3時頃まで、本当に賑やかでした。 まさか‥‥ 母の亡くなった日に、これほど派手で賑やかな一日を送ろうとは想像もしませんでした。

本当にドガチャカ、ドガチャカ、ドガチャカ、ドガチャカ‥‥‥‥
博打はつづきますが、さすがにバスドラの効いたタイの流行歌は深夜0時まで。

メチャクチャに忙しかったし、疲れたのですが‥‥‥‥

ベッドに入るまで‥‥ 落ち込んだり、悲しんだりすることはありませんでした‥‥‥‥

窓の外では、まだ聞こえます。

サイコロ賭博に熱くなっている男たちの声が‥‥‥‥

 
 
 

              「 チェンマイ淡々通信 31 」 へつづく‥‥

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