漫画家アシスタント移住物語 12 家建っても暮らしは立たず!
《 写真上:私の家の近所で唯一のミニスーパー。ご覧の通り田舎町です。》
お薦め:古いですが「漫画家アシスタント物語・エントランス」もどうぞ!
こりゃタイ編 その12
《 家を建てたら、スッカラカン‥‥ 後はケチケチ生きるだけ! 》
アシスタントをやっている頃は、一戸建て住宅に住むなんて事は考えもしませんでした。( 考えられるわけない )
自分は、死ぬまで郊外の格安物件、築40年以上のボロ賃貸で暮らすんだと‥‥ そんな風に思っていました。
日本で「一戸建て」というと、100㎡ほどの土地に2階建てで、似たような建売物件がズラリと並んだ風景を想像しますが・・・・ それでも、「 夢の一戸建て 」なんだと思っていました。
私の様に、20歳位から貧乏漫画家アシスタントをやって40年、30歳の頃にはサラ金地獄に陥り、50歳までドロドロの多重債務を味わった破産予備軍には、まさに「 夢の一戸建て 」です。
いや、夢ですら・・・・・ 財布の中に金が全然ない、菓子パンひとつ買えない、バスにも乗れない、ド貧乏な夢しか見られない・・・・・ そんな私にとって、「 一軒家」などまったく縁もゆかりもありませんでした!
そんなわけもあってか・・・・・・
今自分が敷地1100㎡、建屋350㎡の注文建築( 建築費は全財産の約1千万円 )に暮らしている事に実感が、あまりありませんのです。
これは、何かの間違いで・・・・・・ いずれ‥‥‥‥
「 そろそろ‥‥ 立ち退いて下さい 」‥‥とか
「 ほらほら、早く目を覚ませ! 仕事だよ! 仕事っ! 」‥‥などと、叩き起こされるんじゃないか・・・・・・
ま・・・・・・
そんな事はともかく・・・・・・・・
今回は・・・・・・・・
3年前に私がこの家を設計し、図面や立体図を描いた時の事を書いてみたいと思います‥‥‥‥






上記の私の図面( 青っぽい図面)などを見て、漫画背景( 特に劇画 )を描いた事のある人なら、「 たいして難しくない 」と思われると思います。
この程度の平面図は、漫画背景で一軒家やビル街などを描く時の難しさに比べればたいした事はありません。( 自動車や戦闘機なんて、もっと大変なのです! )
そんなわけで・・・・・・・・
私は、かなり適当に軽~く描きましたが・・・・・・ それで、ちゃんと建ってしまうんですから面白いものです。
最初は、簡単な平面図から始めるのですが・・・・・・
四角いベッドルームやリビング、キッチンをざっくりと描きます・・・・・・
この場合、重要な事は何処にドアと窓( 日当たりを考えて )を設置するか・・・・・・ テーブルや椅子をどのように置くのか・・・・・・ そんな事を考えながら大きさや形を決めていきます。
ただ、注意しなくてはいけないのが、壁の厚みです・・・・・・ 仮に部屋の広さが一面4mだとすると、左右の壁の厚み( 10cm×2 )を加えると4m20㎝になります。
この厚みまで計算して部屋を仕切っていくと・・・・・・ 廊下、トイレ、洗面所、隣の部屋といくつも重なって来ると、だんだん訳が分からなくなります。
結局、壁の厚みを計算しないでそれぞれ、寝室もトイレも「 各室10cm 」ほど広めに考えて、後々建築会社に正確に作図してもらうことにしました。
平面図でもう一つ重要な点があるのですが、それが「 動線 」です。
キッチンとトイレとお風呂などのドアを近くに設置すると、人の出入りが重なって危険なので、ドアの設置には、常に人の動く「 動線 」を考えながら部屋を配置したり、ドアを設置したりする必要があるのです。
さらに廊下を歩いている時に、突然ドアが開いてぶつかりそうにならない様に、廊下に面したドアは全てスライドドアに替えたりしました。
さらに、我が家には、要介護老人が2人いるので、段差をなくしたり、車椅子や歩行器具なども計算にいれて部屋割りやトイレ、バスの内装を考えました。
ちなみに、タイと日本の住宅の大きな違いは「 日当たり 」についての考え方なのですが・・・・・・
これが、かなり難しかったのです・・・・・・( 文化の違い、水質、電圧、治安・・・・後々、問題が多発します )
日本とはまったく逆に日当たりが嫌われますので、親の居室を一番日の当たらない部屋にしたり、南や西側( 最も嫌われるのが西側!)には窓を設置しなかったり、思いっきり小さな窓しか付けなかったり、日本とは随分違う習慣があるのです。
私は、最初に南向きを意識して( 最大限に陽の光を取り入れる事を考えて )設計したのですが、随分と家人やその家族に怒られました。
「 この部屋、南向きじゃない、誰がこんな部屋に住むのよ! 」
ここタイでは、「 北向き 」「 日陰 」が最も贅沢で喜ばれるんですから、世界は広いものです。
それでも、私は明るい部屋を目指して、なるべくガラス窓やガラス戸を多用したのですが・・・・・・
これも、「 こんなにガラスを使ったら、すぐに壊されて泥棒が入る! 」と脅されたものです。( 実際には、ガラスだから危ないというわけでもありません )
タイ人の太陽嫌いは大変なのです‥‥ この国で暮らさないと日本人にはちょっと理解出来ないかも知れません。
夜間の照明でさえ、日本の様に食卓を明るくしただけで・・・・・
「 暑苦しい! 」
「暑い、暑い!」
・・・・と、来客者が勝手に天井のライトのスイッチを半分切ってしまうほどです。
「 明るい食卓 」「 明るいリビング 」「 明るいわが家 」・・・・・・これこそ、日本の家、日本の家族の理想的なイメージなのに‥‥‥‥
「暗い食卓」「暗いリビング」「暗いわが家」‥‥‥‥これこそ、タイの家、タイの家族の理想‥‥‥‥ いやはや何とも‥‥‥‥ 世界には真逆な文化が存在しているわけで‥‥‥‥
次に、室内の手描き立体図ですが・・・・・・
これは、もう完全に漫画背景の毎日の仕事で描いているのですから簡単です。
ほとんどの場合、一点透視図で造作家具を一緒に描きます。
この立体図に関しては、造作家具、建築業者も内装工事関係者も、私の立体図( バス、トイレ、洗面所、キッチンなど各部屋の立体図 )を見て‥‥
「ええ~、スゴイね~」
「あなたは、なぜ描けるんだ?」
「これ、上手いなぁ‥‥!」
彼らに、いちいち「 日本で漫画の仕事をしていたんですよ 」と説明するのが面倒なほどでした。
この立体図は、そのまま現場でコピーして各職人さんたちに配布して作業してもらいました。
電気や照明工事の職人さんたちにも、ライトの向きや設置場所などを立体図に追記したものをコピーして配布したりしました。
こうした細かい指示を正確に伝える事が出来ないと、どうしても建築会社の作りやすい既製品や、簡単な代物で済まされてしまします。
実は、私の祖父は昔、東京の世田谷で「 藤和建設 」( 純和風注文建築専門、今はもうありません )という小さな建設会社でやっていました。
晩年、肝臓がんで倒れるまで、事務所で住宅図面を引いていました。
私は、中学生の頃、この事務所と隣接するアパートに住んでいたのですが・・・・・・
夜中に、漫画を描くために祖父の製図台を無断で借用していました。
ある夜、その祖父が使う大きな木の製図台に鉛筆でデカデカと落書きをした事がありました。( 力いっぱいに描かれた線は、取り返しのつかない傷になってしまいました )
ただ、祖父の大事な製図台をバカな落書きで汚してしまったのに、まったく怒られた記憶がありません。( 殺されるかと思っていましたが )
何で、そんなバカな事をしでかしたのか、今だによく分かりません・・・・・・
その祖父と喋る機会もほとんどないまま、1980年代に末期ガンの病床で最後のお見舞いをしました‥‥‥‥
病室で、ジョージ先生に見せるために持っていた原稿を祖父に見せると、喋るのも辛いのに私の原稿を指さして‥‥‥‥
「よく描けてる‥‥」
‥‥そう、細くなった手の指で‥‥‥‥ 私の美術館の背景画( 精密な外観図 )をトントンと示しました‥‥‥‥
すっかり痩せて、黄色くなった祖父の顔‥‥‥‥ その笑顔を忘れることが出来ません‥‥‥‥
ちなみに・・・・・・
何の因縁なのか・・・・・・
この年になって、自分が住宅設計図を描くとは・・・・・・・・
これも、設計図と背景画で通じ合った不思議な縁なのかも知れません。
設計図 祖父があの世で 苦笑い
《 2021年10月:ブログ公開 》
「こりゃタイ編 その13」 へつづく・・・・
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