漫画家アシスタント物語 第2章〈5〉 次の先生は、豪傑漫画家
《井の頭公園のベンチ。先生の所を辞め一人ボンヤリしていた場所。’05年》
< この2章〈5〉は、文庫本約10ページ分 >
その17
「 困った事があったら、また来いよ 」
かわぐち先生は、別れ際にそう言った。 頭にくるアシスタントだと思っ
ておられただろうに・・・・・
『 困った事があっても、もう来るなよ! 』とかって、仰りたかっただろうに・・・・・・ ( 1976年 師走 )
私は12月分の最後の給料を受け取り、冬の井の頭公園をトボトボ歩いた。
途中で園内のベンチに座り、人気のない公園で枯れ木をぼんやり眺める。
かわぐち先生の所は、あと4~5日は滅茶苦茶に忙しいだろう・・・・・・・ せっかく使えるようになってきたアシスタントがこの時期に辞めてしまうのだから・・・・・・・
でも、私は明日からの生活のメドもたたぬまま公園のベンチで、『 また1~2週間アルバイトニュースのお世話になるのかぁ・・・・・ 』などと、わびしく考えていました。
公園わきの道路を自動車が何台も走り去って行くのを見ていると、まるで自分一人だけが取り残されていく様な孤独感を感じました・・・・・・
公園の樹木の向こう側を、自動車が何台も通り過ぎて行った‥‥‥‥
年末の仕事場は、きっと戦場のように忙しいだろう‥‥‥‥そんな想いも、自動車の排気ガスのように消えていく‥‥‥‥
季節も時間も消えて行く、自分の目の前を流れるように去って行く‥‥
今でもハッキリとその喪失感を思い出します。
翌日から、さっそくアルバイト探し・・・・・・ もうアルバイト探しもすっかり慣れているので、時給が高くて、作業も楽そうな仕事はすぐに見つかり、とりあえず生活はなんとかなりました。
デパート内そば店のホール係、新宿のパブのボーイ、そしてフランス料理店のカウンター係・・・・・ ( ちなみに、この20数年でこれらのお店はみんな無くなってしまいました )
そして、はじめて思いました。 自分が大好きな漫画家( 当時2~3人いました )のアシスタントになろう・・・・・と。
大好きな漫画家なんだから、これはきっと上手くいく! ・・・・・と。
・・・ついに・・・・・! 一週間しか勤まらなかった、あの先生の所へ・・・・・
当時の青年漫画ファンにとって、敬愛すべき漫画家の一人・・・・・村野守美先生!
その実像を何も知らないまま‥‥‥‥
高度な絵画センスと、その背景美術、豊かで愛らしい感性、優しい瞳のキャラクター・・・・・・ 夢と愛の世界‥‥‥‥
でも、それは全てが‥‥漫画の世界。 非現実の幻想‥‥ 絵空事‥‥
結局‥‥ 「憧れ」だけを胸に‥‥ 村野先生を訪ねたのです。

その18
はじめて漫画家アシスタントをやる時は、使ってくれるなら誰でも良かったりするのですが・・・・・・ ある程度経験を積むと、どの漫画家が良いか選択するようになるものです。
少し背景処理に自信が付いたので、私は大好きな漫画家へ飛び込みで会いに行きました。
当時、漫画ファンの間では絶大な支持のあった村野守美先生。
まず、電話で「 先生に是非、作品を見てほしいので・・・ 」と、面会を求める・・・・‥‥はじめからアシスタント志望と言うと断られる確率が高くなるからです。
夜、突然見ず知らずの男が電話をする・・・・・・相手にしてもらえるだろうか・・・・・・・しかし・・・・・・夜遅い時間にもかかわらず面会が即、OKに!
絵を見てもらい、アシスタント志望である事を告げると・・・・これも即、O
K!
かわぐち先生の所で磨いた技術がモノを言ったのか・・・・・・?
調子よく事が運び過ぎる・・・・・・
『 オレがそんなにラッキーな人間か・・・? 』
・・・・と疑ってかかるべきだった・・・・・・。 ( 1977年 昭和52年 夏 )
東京の西武池袋線、富士見台駅から10分ほどの所にある一戸建て住宅・・・・・・村野先生の仕事場は6畳ほど、他にアシスタントの仕事場用プレハブ一棟。
ヒゲをたくわえデンと構える先生に絵を見ていただいて、すぐアシスタントになれるとは・・・・・
『 オレの実力もまんざらではないな・・・ 』
・・・・などと考えたり、運ばれて来た仕出し弁当を見て・・・・
『 さすが一流漫画家、仕出し弁当か・・・ 』
・・・・などと、アホな事をボンヤリ考えていました。( ちょうど人手が足らなかっただけなのですが・・・ )
この仕事場の「 緊張 」を思い知るのにたいして時間はかかりませんでした・・・・・・ 一人のアシスタントが仕事部屋で黙々と仕事をしている・・・・・・私と同世代で長髪の若者だ・・・・・カッコ良くヘッドフォンを付けている。さっそく、私は何を聴いているのかたずねると・・・・・・
「 俺が何聴こうが勝手だろッ! 」
明日からここで仕事ができる事になった・・・・・・。

その19
正直な話、私は漫画家アシスタントを真剣にやろうと思った事は一度もありません。 ( 少なくともアシスタントを始めて20年位は・・・ )
まじめに「 仕事 」として真剣にやるようになったのは、つい最近( 50歳過ぎてから )の事です。 私にとっては、漫画を描く事が当たり前なんですから漫画背景の仕事は「 つなぎ 」「 趣味の延長 」「 まじめな道楽 」・・・・・という感じでした。
私にとって、まじめにやる「仕事」とは、ビル掃除、洗い場係、洗車要員、配膳係、カウンター係、新聞配達、工事現場、などなどなど‥‥
漫画の背景画制作ってのは、どうしても「道楽」の延長の様に思えました。
しかし、他のアシスタント諸兄は私なんぞとは違い、とても真剣だったのです。 背景の処理に生きがいを感じている人や、アシスタントの仕事場に入ると気合が入ると言う人、背景を描いていると充実すると言う人とか、本当にいろいろな人がいます・・・・・。
もしかすると‥‥‥‥ 私の様にアシスタントをいい加減にやっている人間は、例外なのかもしれません。
1977年 昭和52年 夏・・・・・
それまで、新宿のフランス料理店でカウンター係りとして水割りやハイボールを作っていた私は、大好きだった漫画家村野守美先生のアシスタントになりました・・・・・。
仕事初日・・・・・
朝9時頃からと、言われていたのに10時頃行くともう仕事が始まっていました・・・!
『 漫画家の仕事はみんな昼過ぎから・・・ 』
・・・・などと思っていたのは大間違いで・・・・
アシスタントの一人に・・・・
「 バカヤローッ! 今頃来やがって、これやれっ! 」
・・・・と、どなられて組み立て式の小座卓の上に原稿と消しゴムが投げられました。
つまり、最初の仕事は消しゴムかけ。( 原稿の鉛筆書きの下絵を消す )
だが・・・・・・
この小座卓は・・・・・・墨とノリでベタベタになっていて、原稿を置けたものではない・・・・・・・
まずティッシュでテーブルを拭く事から始め・・・・・・そして緊張しながらていねいに消しゴムをかけていると‥‥
先ほどのアシスタントが・・・・・・
「 まだやってるのかっ! 遅せ~ぞっ! 次はトレース!! 」
( 先生の描いた一人の兵隊を模写して数十人の兵隊の行進に発展させる。 トレースの未経験者にはかなり難しい。 )
『 ト・・・・・トレースって何? 』
町や森や背景効果は描けるが・・・・・キャラクターのトレースとは・・・・???
生まれて初めて見るトレース台( 曇りガラス版の下に蛍光灯が入っている )・・・・・・ おまけにあの有名な村野先生のキャラクターをトレースして何体も描くとは・・・・・・
あの村野先生のキャラを、描き移す‥‥‥‥
手が震えて描けない・・・・・
時間だけが過ぎていく・・・・・・・・初日から地獄である。
全然、仕事が出来ないという・・・・・・・無能地獄である!

その20
1977年 昭和52年 とにかく‥‥暑い夏。
東京練馬区富士見台の村野守美先生のアシスタントの日課はほぼ以下の様になります・・・・・・
朝9時、先生宅、仕事場、廊下、階段、トイレ・・・等を掃除、シッカリ雑巾がけする。 そして、村野先生の仕事机の上は特に注意してかたずける。5~60本もあるペン、筆類は整理してならべる。 順番も決まっている。
机周りをキレイに整頓し、書籍やLPの棚もシッカリ雑巾がけする。そして、極めつけは犬の世話です。
2匹いる大型犬のクソの始末をし、エサをやる。 これ朝と夕方2回。正直言って2~3日、仕事( 漫画制作 )らしい仕事はありませんでした。
私が居た頃はちょうど仕事が少ない頃だったので、背景の仕事をしたのは・・・・・・お世話になった一週間のうちの2日ほどだったと思います。
村野先生は私の絵が大嫌いでした。リアルで緻密な劇画調の背景を何より嫌っておられました。( 技術があってもセンスが無い )
「 劇画屋の絵なんかっ! 」
・・・・という言葉を毎日聞かされたものです。村野先生の絵に対するこだわりや高い理想はとても尊敬できたし、お教えいただいた事( フランスの絵画技法の何とかカンとか・・・ )も芸術的で崇高だと思う・・・・・・・・
その意味では、背景の仕事だけやっていれば私には、とてもいい勉強にな
る最高の職場だったのですが・・・・・。
ほとんど仕事らしい仕事がない。
では、何をやっていたのか・・・・・・?
犬の散歩。犬のフン掃除。野球。釣り堀・・・・・・・etc。
野球といっても、先生は足が不自由で車椅子に乗っているので、バッティング専門。 先輩がピッチャーをやり、私が球拾い専門。
「 小池(私)、早く球拾え! 」
釣り堀では、金魚を釣るのですが・・・・( 鯉より金魚の方が難しいらしい )
『 なんで仕事しないで、金魚釣りなんかしているんだろう・・・・ 』
夕暮れ時になると、先生スタッフ一同が自宅へご帰還・・・・・・
夜、食事の支度を手伝い、そして食事後の後かたずけ・・・・・。
皿を洗いながら、いったい自分は何をやっているのか・・・・・
スポンジでジャブジャブ・・・・・ジャブジャブ・・・・・・・・泡立ちが悪い。
毎日、犬のフンをドブへ捨てながら・・・・・・・なぜ自分は今こんな事をしているのか・・・・・・・。
ポチャポチャッ~ポチャ~~ン
『 しかし・・・ドブにこんなモン捨てていいのかなぁ・・・もし、途中で詰まったりしたらどうなるんだろ~なぁ・・・・また怒られたりして・・・・・ 』
ポチャチャ~~ンッ
『 でもぉ・・・ここに捨てるんだよって、○○さん( 先輩アシスタント )が言ったんだし・・・・・・・・ 』
時間だけが過ぎていく・・・・・・
「 漫画家アシスタント物語 第2章〈6〉」へつづく・・・・
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