漫画家アシスタント物語 第2章〈4〉 背景ストレスのMAX!
《 写真上:井の頭公園、76年当時かわぐちプロがすぐ近くにありました 》
< この2章〈5〉は、文庫本約9ページ分 >
その13
かわぐち先生の所で仕事を始めて、すぐに先輩が一人故郷へ帰りました。
どうしても家業を継がなくてはならず、漫画家志望をあきらめ、残念そうに帰郷しました。( 1976年 初夏 )
そして、また新しい漫画家志望者が・・・・・
夏にはかわぐち先生の故郷、広島尾道の向島で2ヶ月ほど共同生活をしながら仕事をしました。
私にとっては暑くて苦しいタコ部屋生活でしたが、先輩のアシスタントで、いつも私に親切だったNさんは違うようでした。楽しい思い出として後に自身のホームページで回想されています。
尾道の向島というのは、瀬戸内海の小島です。
映画館も喫茶店もありません。東京出身の私にとっては、「 北の国から 」( フジテレビ、倉本聰脚本 )で突然北海道に連れてこられた「 純 」の心境です。
クーラーの効いた喫茶店でコーヒーを飲むためには、わざわざフェリーで海を渡って、本土( 尾道 )へ行かねばならないなんて・・・・・・・!
実は、この向島での事を思い出すと辛いのが・・・・・
小さな外科病院(尾道)で受けた「 包茎手術 」( 陰茎の余分な皮を切除する )です。 手術の激痛と、その術後の痛み、茎部をぐるりと巻かれた包帯から血がにじむ姿は哀れそのもの!
アシスタントの先輩方は面白がって・・・・・・
チーフのHさんはゲラゲラと笑いながら
「 これ、漫画にしろよ! きっとウケる! 」
私は、痛みに耐えながら
「 冗談じゃありませよ! 痛てててっ! 」
アシスタントNさんは、真面目な顔で
「 小池君、ボクが漫画にしてもいいかい? 」
私は、痛みに耐えるのみ
「 勝手にど・・・・どうぞって、痛い~~よ~~~っ! 」
さて、暑い夏も終わり秋になって、かわぐち先生は自宅と仕事場を武蔵小金井から、吉祥寺へ引越しました。 井の頭公園のすぐそば、玉川上水ぞいのシャレた借家へ・・・・‥‥
素敵な場所です。 そこで、私はキレてしまいます・・・・・・。

その14
東京三鷹市、井の頭公園・・・・・。
吉祥寺駅から井の頭公園の枯葉をサクサク踏みながら、玉川上水ぞいのかわぐち先生の仕事場へ‥‥。 山崎ハコや森田童子の曲を聴くたびに、この静かな緑の美しい風景を思い出します。
アシスタントの入れ替わりは結構早く、一年も経たぬうちにスタッフが半分入れ替わってしまいます。 仲の良かったアシスタントのNさんも漫画家として独立していく・・・・・。
そして、ちょっと変わった新人が・・・・・・Aさん、35歳、既婚。 かわぐち先生より7~8歳も年上の中年アシスタントのAさん。 小柄な元遠洋まぐろ漁船員でものすごく人あたりの良い優しい人でした。
自分が一番年上の新入りという事で、若いスタッフにそうとう気を使って
おられたのだと思います。
一緒に仕事をしたのは、ほんの1,2ヶ月の間でしたが、そのAさんの話でとても印象に残った言葉がありました。
それは、遠洋航海中の体験談です‥‥‥‥
「 毎日、船ん中にいてねぇ たまにケンカしたりすんのよぉある時ねぇ、片方の奴が包丁持ち出してねぇ・・・・ 」
スタッフ一同、興味津々でAさんの体験談に集中する・・・・
「 ねぇ、ど~すっと思う? 」
スタッフ一同、急に質問されても返事が出ない‥‥
「 まわりの人間は? ど~すっと思う? 」
スタッフ一同、まだ沈黙・・・・・
ややあって、スタッフの一人が・・・・・・
「 そ・・・・そりゃ誰かが止めに入るんじゃ・・・・? 」
Aさん、その答えを待っていたように・・・・嬉しそうに!
「 止めれますかぁ? 包丁持って暴れてる奴ですよ? 」
「 ‥‥‥‥ 」
「 止めれますかぁ~~っ? 」
Aさん、満面の笑みで沈黙するスタッフ一同を見渡す。
「ど~やって?」
一呼吸おいてから・・・・・・
「 相手方にも包丁を渡してやるです! 」
スタッフ 「 ・・・・・・?! 」
「 お互いに包丁を持つと安全です。 片一方だけが持ってっから刺っしゃうんだよねぇ お互いに持っていると、なかなか刺せないよねぇ! ホントですぅ! 」
このAさんとは、1ヵ月ほどしか一緒に仕事をしませんでした。 私がかわぐちプロを辞めて、その後すぐにAさんも辞めてしまったそうです。
その後、アダルト系の漫画家( 独特の陰々滅々としたエロス )として独立されたのですが‥‥‥‥
10年ほどたって・・・・ ( 1980年代半ば・・・ )
Aさんの顔が新聞の三面記事に載りました・・・・・・奥さんとお子さんの頭を漬物石でつぶしてしまったのです。
恐妻家だったAさん。 あんなに優しかったAさん・・・・・・ そんな人がなぜ?
新聞には、犯行理由が何も記されていませんでした・・・・・‥‥

その15
どこの公園でも冬景色というものは何か物悲しい。
玉川上水ぞいの並木も寒々としている。( 1976年 師走 )
チーフアシスタントのHさんが、もうすぐ、かわぐち先生の所を辞める・・・・らしい‥‥‥‥ 後、数週間で。
しかし、私は「数週間で」楽なるのか‥‥‥‥とは、考えないで「数週間も」我慢するのか‥‥‥‥と、考えていました。
アシスタントの仕事場はまるで「 トコロテン式 」のように先輩が辞めて
いく。 必然的に後輩がいつの間にか先輩に・・・・・・・
武蔵野の自然の中にあるかわぐち先生のモダンな借家( 自宅兼仕事場 )・・・。そこへ毎日、足を運ぶ事が苦痛で、苦痛で・・・・・・ このHさんとの関係がまさに頭痛の種だったのです。
その日は潜水艦漫画の仕事( 50年位前の事ですから例の『 沈黙の艦隊 』で
はありません )でしたが、ただでさえペンの遅い私がその日は格別仕事
が遅かったのです。
忘れもしません‥‥‥‥ あの絵の事。
潜水艦の内部、魚雷発射管のフタ‥‥‥‥ 黒っぽい金属製の大きな円形のフタ。 この金属面の処理を手描きの斜線で埋め尽くすのに、延々と時間をつぎ込んでいました。
背中丸めて、原稿用紙に顔をうずめ、腕と肩を小刻みに震わせながら、ガリガリコリコリガリガリコリコリガリガリコリコリガリガリコリコリガリガリコリコリガリガリコリコリガリガリコリコリガリガリコリコリ‥‥‥‥
ふだんアシスタントには小言を言わないかわぐち先生が・・・・
「 ちょっと遅いよ・・・ 」 と小さな声で。
気があせるばかりでなかなかはかどらない・・・・・まあ、こんな事もたまに
はあります。 しかし、12月の年末の糞忙しさでみんな気が立っていて・・・・
「 チッ、何やってんだよぉ! いくら何でも遅すぎるぞ~っ! 」
・・・・と、Hさんが舌打ちしながらデカイ声をあげる。
私の頭の中にはただ一つの言葉がグルグルと渦巻いていました‥‥‥‥
『 やめる・・・絶対やめる! やめる・・・絶対やめる! やめる・・・・・・ 」
漫画家アシスタント物語、血の教訓
『 豊かな人間関係を築ける者には、幸せな人生が訪れるだろう。そして、人間関係の苦痛をなめつづける者には‥‥‥‥いずれ「キャラクター」が訪れるだろう・・・・・ 』

その16
かわぐち先生の仕事場はだいたい夜11時頃に終わる。
その夜は、他のアシスタントが帰った後で、かわぐち先生に仕事を辞める事を告げた。 勿論Hさんとの事も話した・・・・・。 ( 1976年 師走 )
スタッフの居ない山荘風の広いリビング、艶やかで静かな仕事場・・・・・・・・ 広い縁側から玉川上水沿いの緑道が見える。
私はかわぐち先生が、「 H君の事は俺にまかせろ、何も心配するな! 」
・・・・・と、言ってくださるかと思ったのだが・・・・・・・
「 えぇ?! 言われてイヤなら、言い返せばいいだろ! いつも黙っているから、言われるんだよっ 」
責任は「 黙って 」いた私にあるのだろうか・・・? かわぐち先生の話を聞いている内に・・・・私はしゃべる気力がなくなってしまう・・・・・・・気分が落ち込んで行く‥‥‥‥
「 後、少しでH君は辞めるんだし・・・・・・明日、彼にもよく言っとくから・・・・・ 」
・・・・と、言うかわぐち先生の言葉にも、私は「 は・・・ 」とか「 はぁ・・・ 」とか、ためいきの様な・・・・・・気の抜けた返事を返すだけでした。
お世話になったかわぐち先生に対していい加減なナマ返事だけして、私はトボトボ深夜の吉祥寺を後にします・・・・・
かわぐち先生は、明日からも私が来ると信じておられた。
別室で仕事をしていた先生にとって、アシスタント同士のトラブルは、ほとんど耳に入っていなかった。
年末の多忙な時期にスタッフが一人欠けたら・・・・・相当キツイわけです。後、数日でHさんも辞めるし、年末の一時金も出る。
それなのに・・・・
私は翌日・・・・・・・寝てました。爆睡です。
ふだん眠れない私が、こんな時にはよく眠れる‥‥‥‥
「 やっぱり辞めます 」
・・・・と告げたのは、夕方の公衆電話ででした。
「 年末で忙しい時じゃないか! 今日は来るって言ったじゃないかっ! みんなが迷惑するだろ! 」
受話器を置いても、かわぐち先生の震える声が頭の中で響きつづける・・・・・・。
夕暮れの高円寺の住宅街を歩きながら、それでも何故かホッしていました。
『 明日から仕事探しか・・・・・ とりあえずアルバイトニュースを・・・・ 』
うつむいていた顔を上げる。
もう空が暗くなってきた‥‥。
『 明日の事は、明日考えるか・・・・・ 』
「 漫画家アシスタント物語 第2章〈5〉」へつづく・・・・
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