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漫画家アシスタント移住物語 先生との思い出3 ガチ大御所

 
《チェンマイの自宅の夕暮れ。毎日、庭の掃除や水やりなどをしています。安月給の万年アシスタントが、自宅で芝生に水まき‥‥! 2020年12月 》

 


            先生との思い出 3

 
     《 二人の大御所と、一人の鬼新人が・・・・! 》

 
今回は、ジョージ先生と、ギャグ漫画の神様〇塚先生のお話を書かせていただきますが、その前に少しだけ‥‥‥‥

現在の私の年金暮らしの経済状態や、母親の事を報告させてください‥‥‥‥

賢明なる読者の皆様はきっと、「 年金で暮らせるのだろうか? 」「 アシスタントの年金じゃ無理だろ? 」「 たぶん、裏があるな! 」などと興味がおありのことと思います。( あるわけないな )

私の場合、厚生年金ですので支給額は一ヵ月で15万円ほどになります。( ま、平均的な金額か、やや低めの金額だと思います )

これから所得税( 海外居住者は確定申告出来ません )と復興特別所得税( 合計1.5万円 )が、源泉徴収で自動的に差っ引かれますので、手取りは13.5万円。( 2020年、円ドル為替110円 )

自宅は維持費( 月平均1万円 )がかかります。その他、電話代( 2千円 )、電気水道光熱費( 2万円 )、Wi-Fi代( 2千円 )などがかかります。

それでも、10万円あれば夫婦二人で食べていくには十分なのです。( 医療保険やおこずかいも含め )‥‥‥‥このブログは2022年以降の円安を予想していませんでしたので、ちょっとのん気な事書いてます。

認知症で寝たきりの母親には、少ないながら厚生年金があるので、ヘルパーさん( 月々4~6万円 )を雇っても生活費に困る事はありません。

もし・・・・・・・・・・・・

もし、日本だったらどうなるのでしょうか・・・・・・・・

同じ厚生年金15万円だとして、所得税は確定申告で抑えられても、介護保険料、医療保険料、が合計4万円、それに住民税7千円、引かれて残りは、10万円・・・・・・・・

ここから、住居費、電話代、電気水道光熱費、Wi-Fi代・・・・・・・・ 毎日、お金の心配ばかりで頭は沸騰、血圧上昇!

請求書の山の中で、気が狂うか首をくくるか・・・・・・・・

60代の夫婦が仕事を探すにしても大変です・・・・・・・・・・・

そんなわけで・・・・・・・・

私はタイで夕陽を見ながら‥‥毎日、芝生に水をまいているわけです。

( 下の画像4枚は、私の母のチェンマイ市内での1年間です )

 

チェンマイの借家。認知症の母が庭を見ながらくつろいでいます。しかし、タイでカミさんと喧嘩ばかりの日々、ついに同居できなくなりケアホームへ入るのですが問題ありありのホームでした。

 

高級住宅街にあるケアホーム、一ヵ月5万円ほどの費用、若いスタッフも多いし、タイ人のお医者さんの経営。すぐ母を入居させたのですが、ケアが不慣れで感染症にかかって退所しました。

 

チェンマイで一番有名な病院へ、救急対応、通訳者付き、最新の医療と高度なケア体制、応接セットにキッチン付きの個室、美しいベランダ。診察、投薬、点滴だけの2泊3日入院で20万円!
病院スタッフのサービスは最高、退院の時も先生たちから精密検査を勧められたが即退去!


母が1年お世話になったチェンマイ郊外の老人ホーム、ここは医学大学の先生が経営していました。入居費用は一ヵ月8万円ほどでした。(2018年頃、ドル円レート110円)2019年から同居中。


では、今回の本題‥‥

二人の大御所と、まだ駆け出しの売れっ子漫画家だったジョージ秋山のお話です‥‥‥‥

 

新宿区中落合にある聖母病院を撮影したものですが、中央右側の聖母病院側が中落合、道路をはさんで左側が下落合になります。道路の先が高田馬場方面になります‥‥ 2008年11月、撮影


高田馬場駅です。右側の信号、タクシーの右奥のガードをくぐれば、手塚先生の手塚プロがあります。そして、そのさらに先には〇塚先生の〇ジオ・プロがあったのです・・・・ 2008年11月、撮影

 

この道路の先が下落合。ジョージ先生の自宅や仕事場のマンションがありました。左側へ進むと中落合があって、〇塚先生の〇ジオ・プロがあったわけです・・・・ 2009年5月、撮影

 
師匠のジョージ秋山とギャグ漫画の大御所、〇塚不二夫先生の仲が悪かった事は、関係者なら誰でも知っている事だと思います。

秋山プロがあったのが新宿区下落合、〇塚先生の〇ジオ・プロがあったのが新宿区中落合、編集員からは「 下落合と中落合が喧嘩してる 」と噂されたそうです。

これから話す事は、だいたい事実だと思いますが・・・・・・・・・・

私自身が体験した事ではないし、当事者、特に〇塚先生サイドからの話は全く聞いていませんので、一方的な解釈になります・・・・・・・如何せん古い伝聞なので不正確極まりない「 噂 」である事をご了解下さい。

私の師匠であるジョージ秋山が1968年に「 パットマンX 」で講談社児童漫画賞を受賞後、「 ほらふきドンドン 」「 デロリンマン 」などでヒットを連発し、「 銭ゲバ 」や「 アシュラ 」へと続いた時代の事です・・・・・・・

ちなみに、年代はハッキリしません・・・・・・・・・たぶん、1970年前後だと思われます。

第一ラウンド・・・・・・・・

某テレビ局、バラエティー番組に数人の漫画家先生が出演!

番組のゲストとして呼ばれた時に、ジョージ秋山はタクシーで出かけたわけですが・・・・・・・・・・

「 映画監督や小説家ならハイヤーで送り迎えがあるのに、なぜ漫画家だと自分でタクシー拾って行かなきゃならなねぃ~んだぁ! 」

この時点ですでに、ジョージ秋山の気分は面白からざる心理状態になっていたと思われ・・・・・・・・

ゲストとして呼ばれた他の漫画家たちと簡単な挨拶を済ませつつも、緊張の火花が散るわけです・・・・・・・・漫画家でもその内側は闘争心むき出しです。( 疲れます )

ただ、この程度のつばぜり合いでイジケていたら、漫画業界ではやっていけません。

数人の漫画家( 全てジョージ秋山にとっては大先輩の先生たち )に紹介された時から、すでに戦闘モードに突入しているわけです。

私なんかが想像すると、「 どうか、よろしくお願いいたします 」「 こちらこそ、よろしくね 」・・・・・・・・ なんて、温和な雰囲気で挨拶するものだと思うのですが・・・・・・・・・・ 大先生たちは違います。

そして、いよいよ本番が始まります・・・・・・・・・・

〇塚先生は、若くて新しい才能を持った新人を潰しにかかります・・・・・・・・・・

「 君の漫画はさぁ、つまらないんだよねぇ~ 」

1943年生まれのジョージ秋山にとって1935年生まれの、〇塚先生は大先輩、大先生、大御所、ギャグ漫画の神様です・・・・・・・・

その「 大御所 」から、冗談というオブラートに包んだ劇薬を投げられたわけです・・・・・・・・

私のようなチンカス男なら、すぐにイジケてうつむいて沈黙、半ベソ、半泣き、小便ちびり・・・・・・・・ってな感じですが・・・・・・・・

ジョージ秋山はものが違います・・・・・・・・・

「 君の漫画はさぁ、つまらないんだよねぇ~ 」

・・・・・・ここで、平然と即応します。

「 〇塚先生は、も~古いんですよ! 」

声は小さいのですが、鋭く、決然としたその言葉は相手をえぐります。

〇塚先生にとっては「 虎の尾を踏んだ 」状態だったと思います。

焦った司会者が、この先をどう取りつくろったかは不明ですが・・・・・・・・・これ以降、二人は犬猿の仲になります。

実は・・・・・・ジョージ秋山は、他の漫画家とはほとんど付き合いがありません。

なぜ、漫画家と付き合わないのか・・・・・・・・・・それは・・・・・・・・・・・・

「 漫画家は馬鹿だからよ 」

・・・・・・だ、そうで・・・・・・・・・・・・

「 馬鹿と話してても時間の無駄 」

・・・・・・・ホントにそう言ってました。私の言葉では決してありません!( 汗 ) 

私は、こんな事、絶対に言いません‥‥ 心にも思ってはいません!

そのためか、ジョージ秋山の友人と言えば、映画監督や小説家、劇作家、映画俳優などが多かったのです。

小説家の吉行淳之介氏、倉本聰氏、俳優の中村敦夫氏などとは特に親しくされていた様です。

ただ、漫画家では一人だけ、唯一とても尊敬していたのが手塚治虫先生でした。( 師匠にあたる森田拳次先生にも一目置いていましたが )

初めて手塚先生と会食した時の話が・・・・・・・実は、この〇塚先生との以下のエピソードに少しだけ絡んでくるのです・・・・・・・・・

第二ラウンド・・・・・・・・

テレビ局での事があってからしばらくして・・・・・・・・

〇塚先生から秋山に電話があります。

たぶん、〇塚先生は酒が入って気分が良かったのかも知れません・・・・・・・・

「 ジョージ、うちに酒でも飲みに来いよ 」

普通の新人漫画家なら、この言葉に逆らえませんが・・・・・・・・秋山はこの時、赤塚先生が自分を呼びつけてネチネチと潰しにかかるものと疑った様です。

そこで、すかさずキッパリと答えます・・・・・・・・

「 お断りします 」( 小さく、歯を噛むように )

 ガチャンッ!

実際には、〇塚先生は親交を深めようとされただけだったのかも知れませんが。

この事と同時期に手塚治虫先生からも電話があります・・・・・・・・

「 一席もうけさせていただき・・・・・ 是非、お会いしたいのですが・・・・・ 」

全然違う。

〇塚先生とは、その招待する言葉も態度も全然違う。

あの( ! )手塚治虫先生の‥‥ この( ! )言葉に逆らう理由などなにもありません!

「 さすがだぜ~・・・・・ あんな奴とはまるで違うよ、やっぱり凄いよなぁ‥‥ 手塚治虫はよ~ 」

・・・・・・・・と、この話を秋山から聞いたのは・・・・・・私がアシスタントを辞める直前( 2016年 )でした。

立派な料亭の会席料理でもてなされた時の事を嬉しそうに語るのです・・・・・・・・

「 あの手塚先生( 敬称付き! )が俺ィにお酌して気を使うんだぜ! 」

ギャグ漫画の発想など、創作上の話をいろいろと質問する手塚先生・・・・・・

秋山は私にニヤッと笑いながら・・・・・・・・

「 俺ぃの感性を探ってるんだよ 」

漫画界のトップに立つ大御所ですら‥‥ 神様ですら‥‥ 新しい時代の流れや新人の感性が気になる( 恐れる )わけです。

「 あんまり緊張してるんでよ、俺ぃは言ってやったんだよ 」

何を言ったのか・・・・・・・・

「 先生、心配しないで下さいよ・・・・・・・・ 先生は大丈夫ですよ! 」

手塚先生は‥‥‥‥

嬉しそうに笑っておられたそうです。

 
 
 
                   《 2021年2月:ブログ公開 》

 

       「こりゃタイ編 先生との思い出4前哨戦」 へつづく・・・・

                 「先生との思い出2」 へもどる‥‥
 
                   「もくじ・こりゃタイ編」へ‥‥

 
 
 
 

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