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漫画家アシスタント移住物語 先生との思い出2 大御所二人

  
《 画像上:1989年、別冊ヤングジャンプに掲載された「覇王の船」の一部。小林多喜二の名作「蟹工船」を漫画化。人気投票は下位に沈没しました。 このキャラクターの笑いは、虚勢の笑いだったかもしれません‥‥》

お薦め:古いですが「漫画家アシスタント物語・エントランス」もどうぞ!
 
 
             

           先生との思い出 2

 
      《 これが・・・大御所同士の御挨拶・・・! 》
 

師匠(ジョージ秋山)の話で面白いのは・・・・・・・・

やはり、他の漫画家との逸話だと思います。( 編集員の間では漫画より面白いとの評価も )

当然、漫画制作に関わる重要な話、創作の秘密など興味深い話は沢山あるのですが‥‥‥‥

今回は、特に師匠が話してくれた〇原一騎先生( 昭和の大原作作家 )との初対面のシーンを紹介したいと思います。

ちなみに、作家というものは・・・・・・・・

その作品の全世界を創造し、全ての登場人物の殺生と運命を握る神の様な存在であるために、自分を神か仏の如く錯覚する危険も‥‥‥‥なくはないのです。

例えば、自分を神だと思っている人間と、自分を真の神だと思っている人間が出会ってしまう様な事が起きた場合、まるで居合切りの勝負の様な‥‥ 緊迫した場面が見られます。

これが、漫画よりも面白いと言われる所以なわけです・・・・・・・・
 
 

いじわるな編集員という設定の人物です。売れない才能を疑い、新人をバカにしている態度です。私のデビュー作品「雨のドモ五郎」( 1987年ヤングジャンプ )のワンカットです。


上のタイトル画と同じ「覇王の船」のワンカットです。これから始まる対決を暗示する表情です。

 
 
では‥‥

大原作者の〇原先生と、ジョージ先生とのエピソードを‥‥
 
この話は、20年以上前( 1990年代 )に聞いた話です・・・・ たぶん当時は、もう〇原先生は亡くなっておられたかと思います。

二人が出会ったのは、1969年前後でした‥‥

師匠は漫画家として自立し、ヒット作を連発、ほぼ全ての週刊少年雑誌に連載を同時進行させるほどの超売れっ子の時代でした。

つまり、一週間で20ページの作品を5本以上、連載の締め切りがあった事になります。( 現在では想像もつかない無茶苦茶な仕事ぶりです )

マスコミの取材や、テレビ番組への出演などもあったりと、超多忙な時代でした。

「 これだけ連載やってるとよ、考えてる暇なんかねぃ~んだよな、もう思い付いたモンをガンガン描くだけよっ! 」

1960年代の後半には、すでに〇原氏( 当時33歳 )は「 〇人の星 」や「 〇道一直線 」「 〇したのジョー 」で超大物の貫禄がありました。

ジョージ先生( 当時26歳 )は、新人の売れっ子漫画家です‥‥‥‥ でもただの青白い漫画青年じゃありません。

二人が初めて出会ったのが銀座の高級クラブです。

漫画家だけでなく、編集員や出版社の役員までを恐れさせていたどこぞの親分みたいな〇原氏と、「 漫画家なんて馬鹿ばっかりなんだぜ 」と孤独な渡世人の様なジョージ先生が出会うわけです。

はじめてと言っても‥‥‥‥ 両人はお互いに顔を見知っています。

最初に気付いたのは師匠の方です・・・・・・・・ 〇原先生が取り巻きと一緒に派手に飲んでいるのですぐに分かります。

「 お・・・・・いるな 」
‥‥ジョージ先生は奥に座るデカイ態度の〇原先生を見ます。

すると、すぐに〇原先生も気付きます・・・・・・・・

『 新入の兄ちゃんが来たな 』

普通の漫画家や編集員なら、〇原先生と出会っただけで緊張感が走り、震えだして小便を漏らす人もいます。( それは嘘 )

角刈り頭にサングラス、格闘技で鍛えた体に暴力的な雰囲気、相手を威圧する目つきと態度・・・・・・・・・・ まったく困った先生です。

ところが、うちの師匠も負けてはいません。

真っ白なスーツに白いエナメルの靴。そして、〇原先生と同じサングラススタイル。

関八州の大親分が若頭たちと酒を飲んでいる所へ、フラ~ッと、やって来た木枯し紋次郎・・・・・・・・・・みたいな感じですね。( 表現がかなり古い、御免なすって )

手をあげて、手招きしたのは〇原先生です。

「 おい 」

師匠はまだ20代の若者です。覚悟を決めて〇原先生のテーブルへ進みます。

〇原先生は、表情を変えることなく‥‥
「 ジョージだろ? 」

二人は目と目を合わせてジッと対峙します。

相手を威圧する様に低い声で・・・・・・・・・
「 梶原だ、ま・・・・ よろしくな‥‥ 」

そう言って右の手のひらを差し出しました。

普通の人だと、そのまま〇原先生と握手するのですが‥‥‥‥ その時、〇原先生は相手の手を握りつぶす様に( その怪力で )いたぶる事があります。

相手が「 痛てててっ 」と顔をしかめたらそれで終わりです。

男と男の関係が、この瞬間、親分と子分の関係に変わるのです。

こうして冗談の様に、軽く「 男の挨拶 」をするのが、〇原流なわけです。( たぶん )

右手を差し出すその異様な雰囲気を察したジョージ先生は経験上、握りを浅く(!)しました。( 浅く、相手に指だけを握らせるように )

「 俺は、若い頃にワルとも付き合っていたからよ、よく知ってるんだよ 」

ジョージ先生は、そう解説しながら、つづきを話してくれます‥‥

案の定( 例のごとく )、〇原先生はジョージ先生の手を怪力で握り絞めます。

しかし、ジョージ先生は、浅く握っていたので、指の部分がグニャリとするだけで痛みはほとんどありません。

「 何ですか? 」

・・・・・・・・といった感じで〇原先生の目を見つめます。

〇原氏はニヤニヤと笑いながら・・・・・・・・・・

「 チッ、面白ぇ奴だな 」

その後、どんな会話をしたのかは聞いていませんが・・・・・・・・・・( もっとしつこく聞いておけばよかったのに‥‥と、今は後悔しています )

さて・・・・・・・・・・

こうした武勇伝の様な話で超有名なのが村野守美先生です。私がアシスタントをしていた時に、先輩スタッフから聞いた話・・・・・真崎守先生のご自宅へ日本刀を持って殴り込みをかけたり、暴走族と喧嘩して、その溜まり場へスタッフと共に夜襲をかけて警察沙汰になった話など・・・・・・・・

でも・・・・・・・・・・

それは、いずれ機会があった時に書かせていただくとして・・・・・・・・・・・・・

次回は、ジョージ先生とギャグマンガの神様、〇塚不二夫先生との喧嘩について書いてみたいと思っています。

当時のギャグの大御所だった〇塚先生に噛みつく新人ジョージ先生の武勇伝という事になります。

〇塚先生のファンの方々には不快な読み物になるかも知れませんが・・・・・・・・・・

まぁ・・・・・・・・洒落( ギャグ )だと思って、笑って読んでいただければ、助かりますのです‥‥ いや、ホントに。

 
 
 
                   《 2020年11月:ブログ公開 》

 

          「こりゃタイ編 先生との思い出3」 へつづく・・・・

                 「先生との思い出1」 へもどる‥‥
 
                   「もくじ・こりゃタイ編」へ‥‥

 
 
 
 

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