ととのえ職人の本棚11|雨の日の心理学〜心に雨が降った日に、傘をさすということ〜
ハイサイ。
ととのえ職人、五木田穣です。
間が空いてしまいましたが、
『ととのえ職人の本棚』
復活します。
今回から、
「ととのえ職人の本棚」の書き方を、
少し変えてみます。
内容に関しては、ととのえ職人の視点から、
その本を「ととのう本」として紹介しています。
本の内容と記事の内容は、イコールではありません。
本の要約ではなく、
この本を読んで、私が何を感じ、何を思ったか。
ととのえ職人の言葉として、置いていきます。
本を読むことは、
知識を増やすことだけではありません。
本を読みながら、
今の自分の状態に気づくこと。
言葉にならなかった感覚が、言語化されていくこと。
心と体と思考のズレを、少しずつととのえていくこと。
本を読むことを通じて、ととっていく。
そんな視点で、
今回紹介したい一冊は、
東畑開人さんの
『雨の日の心理学 こころのケアがはじまったら』
です。
この本は、KADOKAWAから2024年9月に刊行された本で、家庭や職場などで、身近な人のこころをケアする人に向けた心理学の本として紹介されています。
雨の日。
心にも、晴れの日と雨の日がある。
雨の日。
理由もなく気分が沈む日。
体が重くて、なかなか動けない日。
誰かの言葉が、いつもより深く刺さる日。
自分でも、自分の扱い方がわからなくなる日。
晴れている日は、
少しくらい無理をしても動ける。
でも、雨の日は違う。
いつもならできることが、できない。
いつもなら受け流せることが、受け流せない。
いつもなら笑えることが、笑えない。
そんな日があります。
心のケアとは、
雨を止めることではありません。
心に雨が降っている人に向かって、
「早く晴れたらいいね」
なんて言うことはありません。
「そこにいたら、濡れちゃうよ」
とも言わない。
「こっちに来れば晴れているよ」
と、無理に連れ出すこともしない。
今、雨が降っている。
ならば、私は、そっと傘を差し出します。
雨は、いきなり止まない。
止むのはいつかわからない。
でも、雨に濡れてびしょびしょになったら風邪をひいてしまう。
心の雨の日に、心の風邪をひいてしまわないように。
私たちは、誰かの心に雨が降ったとき、
つい「何とかしなきゃ」と思います。
元気づけなきゃ。
励まさなきゃ。
正しいことを言わなきゃ。
解決策を渡さなきゃ。
でも、それがかえって、
相手を苦しくさせてしまうことがあります。
雨の日に必要なのは、
強い日差しではないでしょう。
必要なのは、
その雨に合わせた関わり方。
濡れすぎないようにすること。
冷えすぎないようにすること。
無理に走らせないこと。
雨宿りできる場所を一緒に探すこと。
それは、
心と体をととのえることにも、とても近い感覚です。
ととのえるとは、
いつも晴れた状態に戻すことではありません。
いつも前向きにすることでも、
いつも元気にすることでもありません。
雨が降っているなら、
雨が降っていることを認める。
濡れているなら、
濡れている自分を責めない。
寒いなら、
少しあたたかくする。
歩けないなら、
少し立ち止まる。
それもまた、
ととのえるということです。
むしろ、
雨の日に「晴れの日の自分」を求めるから、
私たちは余計に苦しくなるのかもしれません。
元気なときの自分。
動けていたときの自分。
ちゃんとできていたときの自分。
その自分を基準にして、
今の自分を見てしまう。
すると、
雨が降っているだけなのに、
自分がダメになったように感じてしまう。
でも、違います。
雨の日には、
雨の日の体があります。
雨の日には、
雨の日の心があります。
雨の日には、
雨の日の思考があります。
晴れの日と同じように動けなくても、
それは弱さではありません。
今の状態に合った扱い方が、
まだ見つかっていないだけです。
この本を「ととのえ職人の本棚」として紹介する理由は、
心理学の知識が役に立つからという理由ではありません。
この本には、著者の東畑開人さんには、
人をすぐに変えようとしない、やさしいまなざしがあります。
誰かをケアするということは、
その人をこちらの正しさに合わせることではありません。
その人の雨を、
雨のまま見つめること。
その人が今いる場所に、
少し歩み寄ること。
そして、
傘を差し出すとしても、
無理やり、その傘の中に入れようとしないこと。
ここに、
とても大切な感覚があります。
支援でも、指導でも、教育でも、
私たちは、つい「よくすること」に向かいがちです。
改善する。
成長させる。
回復させる。
行動を変える。
考え方を変える。
もちろん、それらも必要だとは思います。
でも、その前に、
その人の「今」をちゃんと観ること。
今、どんな雨が降っているのか。
どれくらい濡れているのか。
寒いのか。
寂しいのか。
動けないのか。
本当は、ひとりにしてほしいのか。
それとも、誰かにそばにいてほしいのか。
そこを観ないまま、
正しさや解決策を渡しても、
それは相手のところまで届かないことがあります。
これは、
自分自身との関わり方にも、言えることです。
誰かに傘を差し出す前に、
自分にも傘をさしていい。
疲れている自分に。
重たい自分に。
うまくできない自分に。
晴れない自分に。
「早く元気にならなきゃ」ではなく、
「今日は雨の日だ」と受け止める。
「こんな自分じゃだめだ」ではなく、
「少し濡れちゃったみたい」と見てあげる。
「もっと頑張らなきゃ」ではなく、
「少し雨宿りしていこうかな」と言ってあげる。
それだけで、
心の居場所は、少し変わります。
人は、
自分を責めながらでは、
なかなか回復できません。
自分を急かしながらでは、
なかなか深く休めません。
自分を否定しながらでは、
ととのっていくことは、難しい。
だからこそ、
心に雨が降った日は、まず傘をさす。
それは、
甘えではありません。
現実から逃げることでもありません。
今の状態に合った関わり方をする、
ということです。
雨の日に、傘をさす。
寒い日に、上着を羽織る。
疲れた日に、少し休む。
心が暗い日に、無理に明るくしない。
そういう当たり前のやさしさを、
私たちは自分に対して、忘れてしまいがちではないでしょうか。
この本は、
その忘れていたやさしさを思い出させてくれる本です。
そして、もうひとつ。
ケアとは、専門家だけのものではないということ。
私たち一人ひとりが身近な人と、ケアをし合っている。
家庭や職場などで、ごくごく自然に、
気づけば誰かのケアがはじまってしまう。
親子。
夫婦。
友人。
同僚。
先生と生徒。
関係があるところには、
どこかでケアが生まれます。
身近な人がしんどそうにしていたら、
私たちは何かを感じます。
声をかける。
話を聴く。
距離を置く。
そっとしておく。
お茶を出す。
一緒に黙っている。
そのひとつひとつが、小さなケアになる。
ととのえることも、小さなことから始まります。
深く息を吐く。
肩の力に気づく。
少し眠る。
窓を開ける。
誰かの話を、耳を傾けて聴く。
自分の心の雨に、少し気づく。
そういう小さな関わりの中で、
人は少しずつ、自分に還っていきます。
雨の日は、
晴れの日より劣っているわけではありません。
雨の日には、
雨の日の過ごし方があります。
心に雨が降る日にも、
その日の自分との付き合い方があります。
無理に晴れようとしない。
無理に元気になろうとしない。
無理に答えを出そうとしない。
ただ、今の自分に、そっと傘をさす。
そして、
誰かの心に雨が降っているときには、
その雨をすぐに止めようとするのではなく、
その人が濡れすぎないように、
そばで傘を持っている。
そんな関わり方を、
この本は思い出させてくれます。
『雨の日の心理学』は、
心を無理に晴らす本ではありません。
雨の日を、
雨の日のまま、生きるための本。
そして、
自分にも、誰かにも、
そっと傘をさす感覚を思い出させてくれる本です。
雨の日の自分を責めてしまう人へ。
誰かの雨に、どう関わればいいかわからなくなる人へ。
支える側でいながら、自分も少し濡れている人へ。
この本は、
静かに手元に置いておきたい一冊です。
心に雨が降った日に、
無理に空を晴らすのではなく、
まずは傘をさす。
そこから始まるケアが、
そこから始まるととのえる暮らしが、あります。
また、次の本でお会いしましょう。
ととのえ職人
五木田穣
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