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休んでいるのに、休まらない理由

ハイサイ。
ととのえ職人、五木田穣ごきたゆたかです。

このnoteでは、
心と体と思考のズレをやさしくととのえる話を日々書いています。

今日は、
休んでいるのに、休まらない理由
について書いてみようと思います。

ちゃんと休んでいるはずなのに、
なぜか疲れが抜けない。

横になっているのに、
体がゆるまない。

何もしていないのに、
頭の中だけが忙しい。

そんな日が、あるかもしれません。

休んでいるはずなのに、休まらない。

それは、
あなたの休み方が下手だからではありません。

もしかすると、
体がまだ、安心できていないだけかもしれません。


休むことは、何もしないことではない

「休む」と聞くと、
多くの人は、何もしないことを想像します。

予定を入れない。
仕事をしない。
横になる。
眠る。
スマホを見ながらぼーっとする。

もちろん、それも大切な休み方のひとつです。

でも、
何もしない時間をつくったからといって、
必ずしも休まるわけではありません。

体は横になっているのに、
頭の中では、次の予定を考えている。

ソファに座っているのに、
心のどこかで、まだ急いでいる。

休日なのに、
「何かしなきゃ」と思ってしまう。

そんな状態では、
形としては休んでいても、
中ではまだ動き続けています。

休むことは、
ただ動きを止めることではありません。

休むことは、
体が「もう頑張らなくていい」と感じられること。

心が「ここでは急がなくていい」と思えること。

思考が「今すぐ答えを出さなくていい」と少し手をゆるめられること。

つまり、
休むとは、安心に戻っていくことと言えます。


体は止まっていても、頭が止まっていない

疲れているとき、
私たちはよく「体を休めよう」とします。

それはとても大切です。

でも、実際には、
体よりも先に、頭が疲れていることがあります。

考える。
判断する。
気を遣う。
先を読む。
間違えないようにする。
人にどう思われるかを気にする。
自分の選択が正しかったかを確認する。

こうした小さな思考の積み重ねは、
目には見えません。

けれど、確実にエネルギーを使っています。

だから、
何もしていないはずなのに疲れる。

動いていないのに、消耗している。

休んでいるのに、休まらない。

それは、
体が怠けているのではなく、
頭がずっと働き続けているからかもしれません。

しかも、真面目な人ほど、
休んでいる間にも考えます。

「ちゃんと休めているかな」
「もっと有意義に時間を使った方がいいかな」
「このままでいいのかな」
「明日からまた頑張れるかな」

休もうとしているのに、
休めているかどうかを確認してしまう。

すると、休みさえも、
どこか“ちゃんとするもの”になってしまう。

本当は、休む時間だったはずなのに。
これでは、休めているとは言えません。


安心していない体は、ゆるめない

体は、とても正直です。

安心しているとき、
呼吸は少し深くなります。

肩の力が少し抜けます。

お腹まわりが少しやわらかくなります。

表情も、どこかほどけます。

でも、安心していないとき、
体は簡単にはゆるみません。

何かに備えているからです。

いつ呼ばれても動けるように。
いつ何かを言われても対応できるように。
失敗しないように。
迷惑をかけないように。
置いていかれないように。

そんなふうに、
体がずっと身構えている。

だから、横になっても休まらない。

深呼吸しようとしても、呼吸が浅い。

マッサージを受けても、すぐ戻る。

眠っても、疲れが抜けない。

それは、
体が悪いのではありません。

体は、あなたを守ろうとしているのです。

これまでずっと頑張ってきたから、
体は「まだ気を抜いていいのかわからない」のかもしれません。

休みたいのに、休めない。

それは、
怠けているからではなく、
頑張ることが当たり前になりすぎて、
体が安心の感覚を忘れているだけかもしれません。


休むことに罪悪感があると、休まらない

休んでいると、
どこか落ち着かない。

何もしていない自分に、
少し罪悪感が出てくる。

そんな人もいるかもしれません。

「もっと頑張らなきゃ」
「みんなは動いているのに」
「こんなに休んでいていいのかな」
「休むほどのことをしたのかな」

そんな声が、頭の中に響く。

すると、体は休んでいても、
心は休めません。

休むことに許可が出ていないからです。

本当は疲れているのに、
「まだ大丈夫」と思ってしまう。

本当は限界に近いのに、
「もっと頑張れるはず」と考えてしまう。

本当は少し止まりたいのに、
「止まったら迷惑をかける」と思ってしまう。

こういう状態が続くと、
休むことそのものが怖くなります。

立ち止まると、
自分の弱さが見えてしまうような気がする。

止まると、
何かが崩れてしまうような気がする。

だから、
本当は休みたいのに、
休むことにも力が入る。

これでは、休まらないのも無理はありません。


休まらない自分を責めなくていい

休んでも疲れが抜けないと、
人は自分を責めやすくなります。

「休み方が下手なのかな」
「切り替えができないのかな」
「もっと上手にリラックスできればいいのに」
「自分は面倒くさいな」

でも、
休まらない自分を責めると、
さらに休まらなくなります。

責められている体は、安心できません。

否定されている心は、ゆるみません。

ちゃんとしなきゃと思っている頭は、止まりません。

だからまず、
休まらない自分に気づいたら、
こう言ってあげてもいいと思うのです。

「まだ、安心できていないんだね」

「ずっと頑張ってきたんだね」

「すぐにゆるめなくてもいいよ」

体は、命令されてゆるむのではありません。

安心して、少しずつゆるんでいきます。

だから、
「力を抜かなきゃ」と頑張るよりも、
「今、力が入っているんだな」と気づくだけでいい。

「休まなきゃ」と焦るよりも、
「休むことにも焦っていたんだな」と気づくだけでいい。

その気づきが、
休まるための最初の入口になります。


休む前に、安心を少しだけ思い出す

休むことが苦手な人は、
いきなり深く休もうとしなくていいと思います。

まずは、
体が少し安心できることを、
ひとつだけしてみる。

あたたかい飲みものを、ゆっくり飲む。

スマホを置いて、窓の外を見る。

肩に手を置いて、呼吸を感じる。

足の裏が床についている感覚を感じる。

「今日はここまででいい」と、小さくつぶやく。

大きく変えなくていい。

完璧に休まなくていい。

ただ、
体に「今は少しだけ安全だよ」と知らせてあげる。

それだけでいいのです。

休むことは、技術でもあります。

でもそれ以上に、
休むことは、関係性なんです。

自分の体との関係。
自分の心との関係。
自分の思考との関係。

いつも急かしてきた自分に、
少しだけ待ってあげる。

いつも頑張らせてきた体に、
少しだけやさしく触れてみる。

いつも答えを出そうとしてきた頭に、
少しだけ「今は考えなくていいよ」と伝えてみる。

その小さな関係の結び直しが、
休むことにつながっていきます。


休まるとは、戻っていくこと

本当に休まるとき、
私たちは何かを足しているのではありません。

むしろ、
少しずつ戻っていきます。

頑張る前の呼吸へ。

急ぐ前の感覚へ。

誰かに合わせすぎる前の自分へ。

ちゃんとしなきゃと思う前の、
ただここにいる自分へ。

ととのえるとは、
無理に良い状態をつくることではありません。

自分を責めながら、
理想の状態へ持っていくことでもありません。

少しずつ、
自分に還っていくこと。

その途中に、休むことがあります。

だから、
休んでいるのに休まらない日があっても、
それは失敗ではありません。

まだ戻っている途中なのです。

体が安心を探している途中。

心がゆるんでもいい場所を探している途中。

頭が、頑張らなくても大丈夫な感覚を思い出している途中。

そう思えたら、
休めない自分への見方が、少し変わるかもしれません。


今日のところは、ここまででいい

今日、休んでいるのに休まらないと気づいた。

それだけでいい。

何もしない時間にも、
どこか力が入っていたと気づいた。

それだけでいい。

休むことに、
少し罪悪感があったと気づいた。

それだけでいい。

すぐに深く休めなくてもいい。

すぐに力が抜けなくてもいい。

すぐに安心できなくてもいい。

体は、少しずつ思い出していきます。

休むことは、止まることではなく、
自分に戻ること。

休まることは、
何かを達成することではなく、
「もう頑張らなくてもいい」と、
体が少しずつ感じていくこと。

だから今日は、
無理に休もうとしなくてもいい。

ただ、
休もうとしている自分に、
少しだけやさしくなれたらいい。

それだけで、
ととのう方向へ、
もう一歩戻りはじめているのだと思います。

また、次の記事でお会いしましょう。

ととのえ職人
五木田穣


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ととのい村では、
すぐに変わることよりも、
少しずつ自分の状態に気づいていくことを大切にしています。

休めない自分を責めるのではなく、
休めないほど頑張ってきた自分に、
少しやさしくなる。

そんな時間を、
日々の中に少しずつ増やしていけたらと思っています。

急がなくていい。
ちゃんと休めなくてもいい。
まずは、休まらない自分に気づいただけでいい。

今日も、ここまで読んでくださってありがとうございました。

どうか今日、
ほんの少しでも、
体が安心を思い出せますように。


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