タイキック狂い(タトゥーは正装)
人は、自分の狂い方にはなかなか気づけない。
癖や習慣のふりをして、日常の中に紛れている。
私の場合、それはたまたま蹴る形をしていた。
今日の弁当


- ささみの鶏肉飯
- ゆで卵の麹漬け
- 豆とパクチーのマリネ
- せりとパプリカのナムル
鶏肉飯は台湾では魯肉飯と並ぶ定番料理。
ささみは麹で漬けて卵と一緒に蒸籠で蒸すだけ。
鶏ささみ、ゆで卵、豆、よく見たらタンパク質ばかりだ。
なんでこんなメニューになってしまったのか、
別に減量中でも無いのに。
タイキック狂い
今までの私の話を読んで、こう思っている方は多いのではないか。こいつ、登山やらサバゲーやら、毎回謎に動けすぎじゃないか。
そのたびに私は、「日野市出身だから」と雑に説明してきた。しかし、このまま日野市に責任を押しつけ続けると、いつか正式な抗議文が届きそうなので、ちゃんと説明しておこうと思う。
私はムエタイという格闘技を、かれこれ十年ほどやっている。二十五、六歳の頃にはアマチュアの試合にも何度か出ていて、戦績も一応勝ち越している。眼の病気も見つかってプロにはならなかったが、趣味というには少しだけ人を蹴りすぎている。
つまり、一般的な三十代の社会人と比べると前提条件が少し違う。私が毎日弁当を作っているきっかけの一つも減量が目的だったが、今では習慣だけが残っている。
今まであまり書かなかったのは、本当に好きなものを語り始めると、noteではなくジムの入会説明会になるからだ。
タトゥーは正装
私が現在通っているジムには、RIZINに出ている選手も複数在籍している。オープン当初から通っているので、顔見知りもかなり増えた。
最近、一緒に練習した若い会員さんにこう言われた。「最近流行ってる『レッドブルー』って格闘漫画のキャラに似てます」
誰かに似ていると言われる経験がほとんどないので気になって聞いてみると、眼の怪我で引退し、仕事のストレスをジムのガラの悪い会員に関節技をかけて発散している眼鏡の会社員らしい。
簡単に言うと、関わってはいけない人である。
気になって漫画を読んでみた。たしかにかなりヤバい人だった。ジムで客観的に見た私のイメージがこれなのかと思うと少しショックだった。
明らかにガラの悪いメンバーの中に、スーツを着たサラリーマンが、プロでもないのにいつも混ざっている。周りから見ると、結構異様な光景らしい。
私は少々怖くなった。これは最近ネットで言われている、独身をこじらせて狂っている大人に見られているのではないか。
しかも、その漫画のキャラは妻子持ちらしい。ヤバさだけで比べるなら、悲しいことに私のほうが勝ってしまっている。
なぜ、こんなことになってしまったのか。
一応、理由はある。
私の通っているジムは、格闘技オタク界隈では少し悪名高い。そこへブレイキングダウンブームで、血の気の多い喧嘩自慢の素人が大量に入会した。
私の経歴を知っている会長は、顔面だけは寸止めのルールで、そういう人たちの練習相手をやらないか、と謎の気遣いをしてくれた。優しさの形をした業務委託である。
結果、集まるべくして集まった不良集団の中に、
私一人が放り込まれた。
私以外だいたい全員タトゥーが入っていた。
足にワンポイントだけ入れている人もいれば、上半身が全部和彫りで、まだ服を着ているように見える人もいた。肩にワンピースの魚人族のタトゥーを入れている外国人もいた。
多種多様な入れ墨に囲まれていると、だんだん自分のほうがおかしい格好をしている気がしてくる。一般社会では、スーツを着ている私のほうが常識的な人に見えるはずだ。なのに、この場所では、無地の肌で来ている私のほうがよほど非常識に見える。
もし入れるなら、朝、腕時計を忘れがちなので、
Apple Watchのタトゥーがいいかもしれない。
当然、ジムのイメージはどんどん悪くなっていった。
見かねた会長は、イメージアップを図るため、格闘技とは別にイベントを始めた。ヨガ、忘年会、駅前のゴミ拾い、新年の餅つき大会。
重ねた悪行を、善行でなんとか相殺しようとしている。捨て犬を拾う不良と同じ発想である。
そして去年のクリスマスの夜、
また一つイベントが開催された。
暗闇タイキック
その日、私は仕事が早く終わった。クリスマスの夜なんて、だいたいみんな予定があるはずだ。つまり、ジムは空いている。快適に練習できる。そう考えて、会社帰りにジムへ向かった。今考えると、この時点でかなりまずい。
ジムに着くと、中が真っ暗だった。
臨時休業かと思って帰ろうとしたところ、仲の良いトレーナーさんが説明してくれた。今日はクリスマス限定企画で、会員ではない一般の人も呼び、暗闇ボクシングを開催している。ぜひ参加してほしい、と。
中には十数人ほど人がいた。クラブのような照明と音楽も準備されている。せっかくだし、暇だし、ボクシングなら大丈夫だろうと思って参加した。
しかし、暗闇ボクシングは意外と難しかった。
私は眼の持病の影響で、かなり鳥目である。暗いところだと、ほとんど何も見えない。だから、声だけを頼りに動くしかない。インストラクターさんは、ギャルみたいな感じの女性で、とてもテンションが高かった。
「行きますよー! ワン、ワン、ツー! ワン、ツー、ヘーイッ!」
ジャブ、ジャブ、ストレート。ジャブ、ストレート。ヘーイ。
…ヘーイ?
もしかしたら、私がまだ知らない技が放たれていた可能性はあるが、私は声だけを頼りに、なんとかやり切った。
イベントが終わり、明かりがついた。
そこで初めて、私は参加者たちの姿をはっきり見た。
ほとんどが会員ではないカップルや、体験に来た女性グループ、母と息子の親子だった。おそらくこの後にも、ちゃんとクリスマスの予定がある人たち。
会社帰りに一人で参加したのは、私だけだった。しかも、皆がラフな格好なのに、私一人だけムエタイパンツにラッシュガード、手にはバンテージを巻いていた。
またしても、完全に浮いている。
格闘技のジムに来て、格闘技の格好をして、格闘技をしているだけなのに、なぜ私だけがこんなに浮いてしまうのか。
その後、さらにクリスマス週の特別イベントがあると言われた。
トレーナーさんが持ったミットに向かって、十五秒間で何回ミドルキックを蹴り込めるかを競う、ミドルキックチャレンジである。
そもそも、その場でキックの蹴り方を知っている人自体が少なかった。すると、なぜか急遽、私が参加者の人たちにミドルキックの蹴り方を教える講座が始まった。
私は巻き込まれるがまま、カップルや親子に軸足の返し方、腰の回し方、ミットに当てる位置を説明した。そして最後に、お手本として私が最初に挑戦した。
やけくそでミットに蹴り込みながら、私は思った。
私はただ、クリスマスにジムで練習をしに来ただけなのに、なぜこうも巻き込まれてしまうのか。今回ばかりは、私の格好や行動に落ち度はないはずだ。間違っているのは私ではない。この世界のほうだ。
結果、私は十五秒で三十二発のミドルキックを叩き込んだ。
しかも、普段の癖で利き足ではない左足で蹴ってしまった。右足ならもっといけたと思う。
蹴り終わったあと、周囲は少し引いていた。
なんならトレーナーさんもちょっと引いていた。
私は言われるままやっただけなのに。
そんな中、親子で参加していた小学生くらいの男の子が近寄ってきて、私を指差してこう言った。
「すごい、モテる!」
二言に"モテる"を選んでくれた辺り、おそらく少年は、この場に流れるいたたまれなさを察したのだと思う。完全に気を使われている。私はクリスマスの夜、小学生にフォローされていた。
少年よ。その人を気遣う心を忘れずに大きく育ってほしい。そして、こんな大人にだけは絶対になってはいけないよ。
しかし、悲劇はまだ終わっていなかった。
結果として、私の三十二発が最高記録だった。
しかも、参考値として挑戦したトレーナーさんたちの最高記録も同率だった。つまり、普通にジムの最高記録である。
その結果、私はジムの宣伝用インスタのリール動画に、「クリスマスなのにジムに来て、ひたすらミドルキックを蹴り込んでいた人」として紹介されることになった。

地獄絵図である。これがデジタルタトゥーか。
あの日、タトゥーだらけのジムで、唯一肌に何も刻まれていなかった私が、最終的にいちばん消しにくいものを刻まれてしまった。
私はただ、普通に会社へ行き、普通にジムへ行き、普通にクリスマスの夜に三十二発のミドルキックを蹴っただけである。こう書くと、たしかに少しだけ狂っている。
でも、みんなが思っているほど、関わってはいけない人ではない。
楽しく狂っているだけなので、
ジムで見かけたら、仲良くしてやってください。
※弁当とエッセイをまとめた「弁当記録」というマガジンがあります。
今回の文章が気に入った方は、自己紹介と合わせてのぞいていただけたらうれしいです。
自己紹介エッセイ
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