岩肌ブレイキングダウン(高尾山1.2)
人間は、知らないものには必要以上に怯える。
けれど知っている名前になった瞬間、急に油断する。
その油断が、だいたい一番危ない。
今日の弁当


- コンビーフ入り出汁巻卵
- ゴーヤとナッツのスパイス炒め
- 豆とパクチーのマリネ
- オイルサーディンとカブの葉の混ぜご飯
コンビーフ、オイルサーディン、ナッツ。
これらは全て、登山用に購入した食料の残りである。
なんでこんなに余るのか、それには理由があった。
岩肌ブレイキングダウン
天然水の山
「今度、一緒に登山に行こう」
学生時代からの友人、
K君から届いたLINEの一文に、私は戦慄した。
K君は今でもよく会う友人の一人で、現在はフリーのプロカメラマンをしている。学生時代の友人たちの近況はだいたいインスタで知る時代になり、K君のアカウントもフォローしていた。
数年前から、K君は山登りにハマっている、というより狂っている。毎週末、必ずどこかの山にいる。しかもプロなので、写真がやたら綺麗なのだ。そして、更新を追うごとに、山のレベルが明らかに上がっていく。
気づけば、彼のサムネイルはミネラルウォーターのラベルみたいな山脈で埋め尽くされていた。
そんなK君からの登山のお誘いである。
登山グッズなど、スノーピークのマグカップくらいしか持っていない私にとって、それはほとんど召集令状だった。
正直、最初は断るつもりだった。
しかしK君から送られてきた一文によって、
私の考えは180度変わる。
「全然大丈夫。高尾山と同じ高さだから」
“高尾山”
その名前だけで、私の恐怖は急に解散した。
私の地元は東京都日野市である。高尾山にも近い。子どもの頃、遠足で何度も高尾山に登った。中学の部活では、高尾山の階段を何度も往復させられたこともある。つまり、実は私は、人生の中で山に何度も接触していたのだ。
ただ、それらは私の記憶の中で「遠足」や「部活のしごき」として保存されており、「登山」というフォルダからは無意識のうちに除外されていた。
知っている名前が出た瞬間、人は安心する。
これは胃カメラに似ている。初めて健康診断で引っかかった時、私は重大な病気なのではないかという恐怖と、初胃カメラの恐怖で、夜も眠れなかった。
ところが実際にやってみると、入ってしまえば思っていたより早く終わる。診断結果も軽い胃炎で、医者からは「よくあることです」と言われた。
あれほど怖かったものが、
一度経験しただけで急に輪郭を失う。
それまでGoogleの検索履歴は山で埋まり、Amazonのチェックリストにはアウトドアグッズが並んでいた。だが高尾山と同じと聞いた瞬間、そんなものは不要だろうと思い、結果として、登山靴すら買わず、かなり軽装で参加することになった。
気分的にはもう、ほぼ遠足だった。
余程浮かれていたのか、後でメモ帳を見返したら、山へ向かう途中に歌人でもないのに一句読んでいた。
みちのえき、
ソフトクリームのポテンシャル、
店側の人、
信じすぎてる。
登山は脚力
当日のメンバーは、K君、私、そして同じく学生時代からの友人R君の三人だった。R君も登山初心者のはずだったのだが、現れた姿を見て驚いた。

頭からつま先まで完全装備だった。
日帰りで登って降りるだけのはずなのに、
一泊キャンプに行けそうな大きさのリュックまで背負っている。私はそれを見て、高尾山に登るのにそんな装備いらないだろう、と思った。
現地について、私の考えは一変する。
登るのは栃木県にある茶臼山という山だった。
登り始めてから見えた景色を前に、私は固まった。


…高尾山?
騙したな、K君。
もしこの山を生き延びて降りることができたなら、
君と次に会う場所は法廷になるだろう。
私は忘れていた。
K君は昔から、もののたとえが絶望的に下手なのだ。
K君は辛い食べ物が好きで、辛い料理に誘う時、決まって「大丈夫、蒙古タンメンで言えば○辛くらいだから」と言う。蒙古タンメンを、そんな東京ドーム何個分みたいな単位で出してこないでほしい。そもそも私は、東京ドーム何個分も昔からピンときていない。
私は来たことを後悔した。
数分前まで「経験済み」として処理されていた恐怖心が、急に再起動する。
しかし、K君の「自分にとっては高尾山だけど、君たち初心者にはアルプス山脈かもね」という山マウントの気配を勝手に受信して、私は謎の反骨精神を燃やした。
K君、舐めるなよ。
登ってやる。これが高尾山か否かは司法の判断に委ねるとして、今はとにかく登り切ってやる。
実際に登ってみると、拍子抜けするほど問題なく登れた。むしろ駆け足気味にK君を追い越し、後ろも振り向かずに私がぶっちぎりで早く山頂に着いた。
K君よ、私の脚力を甘く見たな。
登山は基本的に、やることが非常にシンプルである。子どもの頃にきつい勾配や階段は既に経験済みだし、怖いものも、足を置く場所が見えれば作業になる。
心に余裕が生まれると、景色の見え方も変わる。
岩肌に咲く小さな草花を眺め、
すれ違う人々に自分から挨拶する。
やけに高齢者の登山客が多いなと思った。
山頂には雲がかかっていたが、
私の心は晴れ渡っていた。
私は二人よりかなり早く山頂に着いてしまい、偶然リュックに入っていた朝井リョウのエッセイ本を読んで待った。二話くらい読めたので、まあまあ待ったと思う。
やがてK君が到着し、そのさらに後ろから、この世の終わりみたいな顔をしたR君が現れた。
K君に言われた。
「お前だけ種目が違う。たぶんそれはトレイルランだ」
そして三人で昼ごはんを食べようとした時、R君のリュックの理由が明らかになった。
中から次々とスナック菓子が出てきたのだ。
登山や自転車では、途中で栄養補給のためにお菓子を食べることがあるらしい。理屈はわかる。しかし量がおかしい。そして山の気圧のせいで、袋が全部パンパンに膨らんでいる。
子供の遠足ならまだ微笑ましいが、年齢的にはR君の健康への心配の方が勝つ。
それでもスナック菓子なら、そこまで重くはないだろうと思っていた。
最後にR君が取り出したのは、
コストコの太巻きだった。
登山にまったく必要のない小説を持ってきた私に言う資格はないかもしれないが、コストコの太巻きだけは絶対に違う。
三人共各々の食料を持って来ていたが、
結局、その太巻きを三人で分け合って食べた。
ここまでは、私が必要以上に怯えていただけで、
登山は思っていたより楽勝と思っていた。
しかし、問題は下山だった。
VS岩肌
R君は太巻きという呪物から解放された瞬間、別人のような速度で下り始めた。足を踏み外したらかなり危ないはずなのに、R君にはその恐怖心がない。
私は何とか置いていかれないように下山を始めた。
下を見たその瞬間、状況が一変する。
思い出した。
私は登山初心者以前に、大の高所恐怖症だった。



一歩足を踏み外したら死が待っている。仏教画に、こういう地獄が描いてあった気がする。腰が引ける。崖の勾配とほぼ平行になるくらい腰が引け、足元がおぼつかない。
高齢者の登山団体が、何事もない顔で私の横を通過していく。遠目から見たら、私の方がよほど高齢者だったと思う。
登ることは、脚力でどうにかなった。
落石も、熊も、極論、脚力でどうにかなるかもしれない。でも恐怖心だけは、脚力ではどうにもならない。
私は高所恐怖症について、いつも不思議に思っている。こういうものは、高いところから落ちたとか、大怪我をしたとか、何か明確なトラウマが原因になるイメージがある。
だが私には、そんな記憶がない。経験していないはずなのに、なぜここまで怖いのか。未知が怖いのではなく、身体だけが何かを知っているみたいだった。
何とか命からがら下山した。
後日、登山中の写真や動画を眺めていたところ、
K君が下山中の私を動画に収めていた。
そこには、完全に腰が引け、足を震わせながら、岩肌にしがみつく私が映っていた。しかも自分を鼓舞したかったのか、
「シャー、行くぞオラァ」
「さあ来い」
「やるぞコラァ」
と、なぜか岩肌に向かって恫喝していた。
私はこの光景に見覚えがある。
これは、ブレイキングダウンのオーディションだ。
初対面の相手に喧嘩を売る人たちを見て、私はいつも不思議に思っていた。なぜあんなに怒っているのか。だが、もしかしたらあれは怒りではなく、怯えだったのかもしれない。
K君、一体何が目的だ、君はなぜこれを撮った。
まさかこの動画で私を応募しようとしていないか?
そんなに私をあの金網の中に放り込みたいのか?
スポーツではよく心技体という言葉が使われる。
あの日、一番それが揃っていたのは、軽やかに下山していった高齢者の方々だったのではないかと思う。
私はフィジカルはあるが、メンタルが欠けていた。
R君はメンタルはあるが、フィジカルが欠けていた。
K君は技術もフィジカルもある。
しかし、人の心が欠けていた。
こうして、私の初登山は散々な目に遭って終わった。
そして最近、またK君から登山の誘いが来ている。
LINEにはこう書かれていた。
「今回の高さは、1.2高尾山くらいだから」
もう騙されないぞ、K君。
※弁当とエッセイをまとめた「弁当記録」というマガジンがあります。
今回の文章が気に入った方は、自己紹介と合わせてのぞいていただけたらうれしいです。
自己紹介エッセイ
マガジン|弁当記録
