硝子の靴異譚03|ブルーハーツ|シロクマ文芸部《雨宿り》
雨宿りのような、緊急の措置に過ぎなかった。
されど、初対面の姫をお連れするような場所では、なかったやもしれぬ。
夜更けのファミレスのソファー席。などか余は、姫とここにいるのであろうか。……いや、そもそも、余はいつからここにいたのであったか。
隣国の第一王女。自由で闊達で、少し破天荒なる人。
酎ハイ片手で戻ってきて、後片付けなどをせし人。
落とし物のつっかけを探して、門限を破りし人。
終電に乗り遅れて「ドリンクバーでオールナイト」などに付き合ひし人。
その横顔の、なんと楽しげなることよ。
否、酔いのせいにあらむか、姫の頬の仄かに赤き湿度の高き夜。
酒精の強きをもって、劇的な身体反応のあるは、げに恐ろしきことよ。
余はダイアンサス王国の第一王子なるぞ。まあ、姫とて相応の身分なのであるが。
飲み放題の安価なる飲み物を飲むだけのことに、なぜ、斯くの如く足元の浮くような心地がするのか。なぜ、姫の「国家とは何ぞ?」との問いかけに、「わけへだてなく笑い合ふ場所」など返答をしたのであろうか。……あれは、余の青さが言わせた言葉であったか。
「王家なぞ、遊戯の中の数ある役割のひとつにすぎぬ──」
マリノール王家の印は、代々碧玉とぞ聞く。されど、その姫の言葉は赤き炎を纏いて、姫の心の内の碧き海の水をもっても容易に鎮まることを知らぬようであった。姫の内なる色に触れし折、余の中の何かが、揺れた。
「──その役割を如何に演じるかは、余らの技能に依存せし」
そう、姫は言った。思えばこの姫は、自分以外の誰かが微笑むことを選ばんとす。それが、この姫の役割であらむか。……その有りようが、余の心を灯台のように静かに照らした。
硝子の靴のような誂えられた人生を、ただ王家として歩むものと思っていた。
然れども、栄光に向かって走るだけが、王家の有りようではあるまい。つっかけでお見合いに出かけて来るような姫とであれば、その人生はひと味もふた味も違ったものになるやも知れぬ──そんな気がした。
ただ柔らかいだけの座椅子に、少しばかり背中が傷みはじめた頃。対面の隈取りの如き顔を眺めつつ、酔ひ醒めぬまま迎えた夜明け。
紺青の空がやうやうと白みはじめ、おぼろげなる階調を描きながら、夜がほどけていく。青き酒精が炭酸水に溶けるように、色が淡くなっていく。
やがて、碧き夜明けの空に溶け込んだ赤い光は、グラスに浮かぶサクランボのようでも、ダイアンサスの紅玉のようでもあり、それがまるで碧玉の姫の懐へとゆっくり包まれていくようであった。
「おはよう──夜明けの珈琲でもどうだろう。フリーであるしな」
余は、それがとても面映ゆく思えて、ぶっきらぼうに呟いた。ミナヴェリア姫は、眩しそうに頷いた。
「おはようございます。ご一緒しますわ」
流れるようなコーツィ。相変わらずつっかけで顔はパンダなれど。
されど、この雲に乗るような不思議な心持ちは、一体何であろうか。
◇
「だから、恋じゃろうて──疑う余地なく」
ああ、孫たちが気になって、とうとう夜を明かしてしまったわい。わたしは、いやもう騙っても仕方あるまい、余はふたりのやり取りをふわりふわりと見おろしながら、そう断言した。
「あなた。ちょっとマンネリ過ぎないこと?コピペですか」
隣の老妻が、ふわふわしながらそう窘めた。
おしまい。
#創作大賞2026 #ファンタジー小説部門 #シンデレラ #童話再解釈 #つっかけ #ファミレス #ブルーハーツ #短編 #ボーイミーツガール #信頼できない語り手 #雨宿り #あわい #わたくさす節 #シロクマ文芸部
いいなと思ったら応援しよう!
最後までお付き合いいただきありがとうございました。皆様からのサポートは、登山の際の安全装備の調達に使わせていただきます。登山はわたしの創作の源──応援よろしくお願いいたします。