1 どようび|シロクマ《炭酸の》×風まかせ《6月の寝言》
「炭酸の強いラムネを買ってきて、ダーリン♡」
地方の大学を卒業してから、彼とは遠距離の関係を続けている。
近頃のわたしは、その距離を発展的に終わらせたいと考えている。
未来の話をめぐって他愛もなく衝突して、会えない毎日が続いたある夜、
夢と現のあわいに、わたしはスマホ越しに、はっきりそう言ったそうだ。
微かに意味不明である。仕方がない、明晰な「水無月の寝言」だもの。
時間なんて、任意の二点をつなぐ、可変の間隔にすぎない。
水曜は、今すぐ会いに行きたい気持ちをぐっと抑えて、ビデオ通話でなんとか誤魔化す、木曜日。
金曜の夕陽が地平に沈んだら、明日は晴れるね、土曜日。
週休二日制が導入されて、世界観の借用も簡単ね。
お菓子をつめこんだリュックも待っている。
うんと早起きして会いに来てね。リュックを背負って、お散歩しましょう。
しゅわしゅわ泡の立つ青い炭酸水は、爽やかな空気を運んできて、水無月の重い空に爆ぜる、一抹の清涼剤になりそうだ。
しゅわしゅわ しゅわしゅわ しゅわしゅわしゅ
わたしは、その時、角砂糖みたいな夢の中にいた。
だから、そんな甘ったるい声は、断じてわたしの意志じゃない。ただの寝言よ。
あの♡はぜったいわたしのじゃない。……誰よ、勝手に付け足したの。
そんなの、恥ずかしくて言えるわけない。ダーリンなんて、ジッタリンジンに任せておけばいいのよ、ほんとに。……頬がちょっとだけしゅわっとするのは、内緒だけれど。
でも、ね。
会えない距離がふたりを強くするなんて、そんなおとぎ話、わたしは知らない。
次の土曜日。試しにうんと甘えてみよう。
◇
「炭酸の強いラムネを買ってきて、ダーリン♡」
スマホの越しの彼女のその吐息を、しばらく信じられずにいた。
普段より半音だけ甘くて、ほんの少し幼かったからだ。
遠い街の蜃気楼か。夢か現か、バグか、俺の心底の願望という線も微レ存。
それとも……本音がうっかり零れたのか。
胸の奥が青い炭酸みたいにしゅわしゅわ波打って、眠れなかった。
あの半音のテンポが、耳の奥でループされて、気づけば、夜明け前のコンビニに立っていた。
寝ぼけた頭で「青い炭酸」を探した結果、手に残ったのは──
なぜか、「青い単三」電池のパック。えっと、エボ〇タかな?
先週の週末は、未来の話題で気分が少しだけすれ違って、一緒に過ごさなかった。
だから、こんなにキミに振り回されるのも、ミキ欠乏症のせいに違いない。
キミがいない二週間は、永遠みたいに伸長する。況んやミキのいない未来など。
必須元素欠乏症の治療には定期摂取が必要です。と、AIが無機質に告げた。
続けてAIは、発症要因として対面接触量の著しい不足を指摘した。
治療方針は、ミキ成分のQD摂取。ただし、オンライン接触には代替療法としての効果は認められません──と、付記されていた。
つまり、重篤かつ末期のミキ・シンドロームである。
もはや完治は叶わないが、生活習慣の見直しと日々の成分補給により寛解が可能だ。
夜が明けたらすぐに、ミキの待つ街へ行こう。本物のラムネを買って。
そんな未来を思うと、胸の奥の炭酸がしゅわ、と弾けた。ラムネの青い気配とともに。
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土曜日(本篇の鏡像)
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