国民は政治の舞台監督
政治の舞台では、国民は単なる観客でも批評家でもありません。
私たち一人ひとりが、政治家にどんな役を、どのように演じさせるかを決める、監督であり演出家なのです。
私たちは監督として、政治家に戦争への道を選ばせないように、無用な台詞を止めさせ、はっきりと戦争反対という言葉を、誰の耳にも届く大きな声で発するよう、厳しく指導しなければなりません。
私たちは演出家として、役者に口先だけの演技ではなく、心の底から友好と隣人愛を表現するように、口酸っぱく求めなければなりません。
私たちはこの80年間、日本国憲法という台本を手に、平和な舞台を演出してきました。
しかし、その努力を怠ると、平和な舞台は悲惨な戦争の舞台へと一変してしまいます。
私たちが平和な世界をつくるという理想を諦めたときから、役者は隣国の脅威を声高に叫び、敵愾心を煽り、戦争不可避という雰囲気を、大げさなジェスチャーで観客にアピールし始めます。
私たちが監督と演出家という役割を忘れたとき、私たちは役者の大立ち回りに拍手喝采を送る、単なる観客に成り下がります。
そして、いつの間にか悲惨な戦争が始まってしまい、こんなはずではなかったと後悔することになるのです。
私たちはこれまで、二度もそんな舞台を経験してきました。
三度目だけは、なにがあっても決して許してはならないのです。
私は今、世界の政治の舞台に立つ役者の顔ぶれや演技を観るにつけ、このままでは、いつか来た道に戻ってしまうのではないかと、不安でなりません。
私はもう二度と、役者に、
「若者よ、銃を取れ!」
「戦場で勇ましく人を殺せ!」
「国民は耐えがたきを耐えろ!」
などと言わせたくはありません。
来年が希望に満ちた、明るい平和な舞台となることを、心から願ってやみません。
ありがとうございました。
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