#309_教材分析から授業を考える②

前回は、道徳科授業のつくりかたの序盤として、本質を見抜く過程で教材に描かれる主人公(登場人物)の行為を取り出した。
#308_教材分析から授業づくりを考える①|せっちー

ここで描かれている行為はどのような心から生まれたのだろうか?

ここで、一つの行為に着目してみよう。

「うさぎを追い返していい気持ち」
「うさぎの喜ぶ姿を見ていい気もち」
と同じ言葉で描かれる心情がある。

この2つの「いい気持ち」は同じだろうか?
どのような心から生まれているか、書いてみよう。

子どもたちに問うたところ、「前半はマウント、後半は思いやり」と話していた。
最初の「いい気持ち」は、相手が困ることで得られる気持ちよさ、最後の「いい気持ち」は相手が喜ぶことで得られる気持ちよさ、と整理できるだろう。

ちなみに、一つ一つの行為がどのような心から生まれているかを整理すると、このようになる。

お話の前半に描かれているのは道徳的行為ではない。
よって、道徳的心情(善を尊び悪を憎む心)は見えにくい描写になっている。
授業では、この「心情」と「道徳的心情」を分け、道徳的心情に気づけるようにする仕掛けが必要である。
その仕掛けが「比較」。
先ほどの「いい気持ちの違い」はその最たる例である。

中盤では、おおかみが運命の出会いをする。

くまに出会い、憧れをもつことでおおかみが変わった、と読む子どもが多い。

一方で、「本当にくまは優しさから行動したのか?」「くまは単に、自分が橋を渡りたかったからおおかみを抱き上げただけだったのではないか?」という疑問も湧いてくる。

そして、終盤。
うさぎと出会ったおおかみは、心機一転、うさぎを抱き上げ橋を渡す。

ここでも、心情が細やかに描かれているわけではない。
よって、単にくまの真似をしたかったのか、やってみて心が温かくなったのか、おおかみ自身が優しくなったのかどうかは甚だ疑問である。

わかることは、おおかみがくまの影響で行動を変えた、という事実だけ。
ここをどのように読むか、が道徳科の面白いところ。

続きはまた明日。

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