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#168:【夏休み企画〜あの人に会いに〜】プロフェッショナル 一流に学ぶ〜子どもの未来を本気で考える教師は、何を軸に生きているのか。C主任から学んだ3つの教育観〜

みなさん、こんにちは🔥
「ふるさと秋田をこよなく愛する教師」
Yu-No先生です。


この夏休みは、「人から学ぶ夏休み」にしようと決めています。


7月26日(日)。

今回は、何年か前に一緒に学年を組み、今でも僕が心から尊敬しているC主任と連絡を取り、お話をすることができました。


話は何時間にも及びましたが、その中で改めて感じたことがありました。


それは、

「一流の教師は、教育技術ではなく、生き方を語る」

ということでした。


今回は、C主任から学んだ3つの教育観をまとめたいと思います。

※実は第一弾も以前記事にしています。こちらも是非ご覧ください👇

今日の記事は『2356字』!
さぁ、ガッツでレディゴーでいこう!🔥

① 指導のゴールは「生き方」にある

C主任は、昔から学年経営の軸として


「優しさ」と「我慢」


を育てたいと話していました。


ただ、この「我慢」という言葉は、決して


「〜しちゃいけないから我慢しなさい。」

「我慢することが正しい。」


という意味ではありません。


主任の言う我慢とは、


「自分がこう生きたい。その未来のために、今何を選び、何を手放すのか。」


という、自分で未来を選択する力のことでした。

『must』と『want to』の違い🔥


その考え方がよく表れていたのが、生徒指導のエピソードです。


ある生徒指導主事の先生が受験前の3年生に


「その身だしなみでは受験で通用しないよ。」


と指導したそうです。


すると主任は、その先生を後で呼び、

「先生、それは少し違うと思う。」

と伝えたそうです。


理由は明確でした。


もし「受験で通用するから」が基準なら、
受験の日だけ整えれば終わりになってしまう。


それでは本質ではない。


そうではなく、


「どんな生き方をしたいのか。」


そこを考えさせる言葉でなければ、本当の教育にはならない。


主任がよく使っていた言葉は、



「中学生らしく、道の真ん中を堂々と歩ける生き方をしよう」



結局、どんな教科も、どんな学級経営も、最後にたどり着く場所は「生き方」なのだと思います。

ちなみに生徒指導主事の先生は50代

年齢関係なく大切なことを伝える主任の姿勢が
今でも印象に残っています🔥

② 子どもは肩書きではなく、人を見ている

もう一つ印象的だったのは、


「教師という肩書きで子どもを動かしてはいけない。」


という言葉でした。


「担任だから。」

「監督だから。」

「生徒指導担当だから。」


そんな権威だけでは、子どもたちは最後までついてきません。


特に、大人への不信感を抱えている子どもほど、そのごまかしを見抜く。

これは間違いない!🔥


 

だからこそ必要なのは、


子どもと同じ目線に立つこと。


子どもが見ている世界を、自分も一緒に見ること。


正直に言うと、僕自身、今でも部活動の監督という立場や教師という肩書きでその場をまとめようとしてしまうことがあります。


でも今振り返ると、本当に子どもが信頼していたのは、その肩書きではなく、一人の人間として向き合っていた時間だったと思います。


教育が大きく変わろうとしている今だからこそ、


教師自身の「在り方」


が、これまで以上に問われる時代になっているのだと感じました。

教師のマインドセットが正しければ、
子どもは信じてついてくるはず🔥

③ 一流は、失敗を隠さず語れる人だった

今回、一番衝撃を受けた話があります。


主任が過去に赴任した学校(自分の現任校)は、どの学年も授業が成立しないほど荒れていたそうです。

校内暴力、授業妨害、不法侵入、毎日のイタズラ
女子はみんな腰パン(笑)←確かに流行ってた

にしても、先輩方はこれを乗り越えてきているから
そりゃータフだし、言葉が重い‥


その中で、学年で最も大変だった野球部の生徒を何とか救いたい。


毎日、その子が教室を飛び出せば追いかけ、一対一で向き合い続けたそうです。


そして最後には、その子との信頼関係を築くことができました。


しかし主任は、こう言いました。




「あれが自分の一番の失敗だった。」




えっ、なぜ!?




その子に全力を注いだ結果、


周りの子どもたちを十分に見ることができなかった。


主任は当時、その学校に赴任して一年目。いきなり一番荒れている3年部に所属。



そんな主任を、野球部の生徒以外は、誰も信頼していなかったそうです。


途中から帰りのホームルームでは、生徒の目を見ることができず、生徒の後ろに置かれた植物を見ながら話をしていたそうです。

この気持ちは痛いほど分かる😭


初めて、成人式にも行けなかった。


それは子どもたちに蓋をしたのではなく、


ふがいない自分に蓋をした。


そう話す主任の姿に、僕は言葉を失いました。


成功談ではありません。


失敗談です。


でも、この失敗談こそが、僕にとって一番価値のある学びでした。


成功は、条件がそろったからといって再現できるわけではありません。


しかし失敗は、再現性があるので、知っていれば避けることができます。


だからこそ、諸先輩方が語ってくださる失敗には、未来の子どもたちを救う力があります。


主任は翌年、一年生を担当し、「学校を一から立て直そう」と本気で教育に向き合ったそうです。


失敗から逃げず、次へ生かす。


その姿こそ、一流の教師🔥

おわりに

教育に近道はありません。


一人一人と向き合い、悩み、失敗し、それでもまた子どもたちの前に立ち続ける。


その積み重ねこそが、本当の教育なのだと思います。


この夏、C主任から学んだことは、単なる教育技術ではありませんでした。


「教師はどう生きるのか。」


その答えを、改めて教えていただいた時間でした。


諸先輩方が積み重ねてきた経験は、僕たち世代への財産です。

不易の部分!🔥


だからこそ、その学びを受け取り、同じ失敗を繰り返さず、目の前の子どもたちへ還元していくこと。


それが、僕たち後輩教師にできる最大の恩返しなのだと感じています。

C主任、たくさんの学び
ありがとうございました🤲

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