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【劇評】アルプス乙女ユニオンズ × 表現集団Esperanza 合同公演『Memoriaの結晶』(2025.11.1 犀の角)

長野県上田市にある劇場兼ゲストハウス「犀の角」で、アルプス乙女ユニオンズ × 表現集団Esperanza 合同公演『Memoriaの結晶』、上田公演の初日(14時の回)を鑑賞した。若手演劇人たちを中心とした公演について、相変わらず、形になっているかはさておき、これもまた劇評として記しておく。

『Memoriaの結晶』

そこは、記憶科学研究所。
どこかの山奥にあるというそこへ行けば忘れたい記憶を消してくれるという。
誰もが忘れたい過去を胸に秘め生活している世の中で、
今日も記憶を消したい人間がその研究所を訪れるーー。

『Memoriaの結晶』(犀の角より)

結論から書くと『Memoriaの結晶』(以下、本作)の感想は、「物語の展開や構造は個人的に好みだが、諸所で過剰さが目立ち、バランスが悪かった」と厳しめの評価になる。

少し横道にそれるが、「記憶」というテーマでは、先日同じく犀の角で鑑賞した広田ゆうみ+二口大学の『眠っちゃいけない子守歌』、人体の一部を摘出して結晶化するという設定は、今年のはじめに観たレゲエ☆パンチの『Bouquet』と、それぞれ重なる部分があり、不思議な連なりを感じている。人体から摘出されたものが結晶化するというのは、何かそういう流行りがあったりするのだろうか。個人的には結晶的なものじゃなくて、何か違う形で表現されてもいいように思うが…。余談。

本題に戻る。先に書いたように本作の物語展開や構造は個人的に好みだ。隠された秘密が、さまざまな要素から解き明かされていく。そこにある愛と葛藤。和解、あるいは成長。演劇というより映画っぽいなと思った。ただ好みだと思うだからこそ、さまざまな点で過剰さが気になってしまった。

たとえば物語。正直、説明セリフが多いなと感じた。もう少し語らない語りで表現できた部分もあったのではないだろうか。また登場人物がそれぞれ消したいと願った記憶、そこに至る感情の動きと語り口、これらのバランスがいささか悪かった。「すべての記憶を消したい」と記憶科学研究所を訪れた青年の葛藤や生い立ちに生々しさを感じる一方で、DVや万引きなどの過ちに関する記憶を消したいと願い(時に、消失させた)人たちの感情やバックグラウンドは、どこかファンタジックというか現実離れしていたように思う。登場人物それぞれが抱えるものに対する解像度のばらつきが大きく、キャラクターによってはやや記号的な登場に見えてしまった。

演技のことは、あまりわからないのだけど、総じてオーバーな印象を受けた。若手のフレッシュなエネルギーとも言えるのかもしれないけど、そのように飲み込めなかった自分がいる。ただ、記憶が少しずつ失われ、常に何かを探している女性・トラ子を演じた河野晴美の佇まいはとてもよかった。役柄もあるのかもしれない。でも、彼女がいる場面で訪れる安心感は、他の出演者にも波及していたように思う。もしかしたら誰の目にも止まらなかったかもしれないけど、研究所を後にする人たち、彼らが扉から出て行った後にトラ子が静かに一礼する場面があった。あの瞬間、わたしの心は確かに動いた。その感動は忘れずに記しておきたい。

演出においては、2点だけどうしても気になったことを記しておきたい。スポットライトの真下に俳優が立ち、演技するという場面が多々あった。ライトの真下に立つので、俳優の顔に大きく影が落ちる。表情がわからない。意図してるものだと理解はするが、それにしてはあまりにも落ちる影が濃く、見辛く感じた。また終盤の盛り上がっていく場面でかかる音楽が有名曲のピアノ演奏で、「あれ、この曲なんだっけ?」と、急に現実に引き戻されてしまった。そこからラストまで脳内でチラチラと「あの曲なんだっけ」状態になり、盛大なノイズになってしまったことが悔やまれる。

先にも書いたように記憶というテーマは、先日鑑賞した広田+二口にも通じ、また直近で観た演劇作品ということもあり、どうしても比較として並べてしまう。この2作品を並べると、本作における記憶の取り扱い方は、若いなと思う。覚えていること、残すこと。あるいは消すこと、忘れること。記憶とはそんなにシンプルなものだろうか。『眠っちゃいけない子守歌』の中で、「なんの記憶かわからないがおぼろげながらに自分の中にある」という記憶が登場する。人間の記憶は、時間の経過と共に、おぼろげになっていく。あるいは、時に自分自身で作り上げてしまうこともあるだろう。そんなふうに記憶とは、もっと複雑で、そして不安定なのもだとわたしは思う。そういう意味で、本作は「記憶」というより「消したい/忘れたい過去(の行い)」という意味合いが強く、それらが登場人物の中に鮮明に残っている印象だ。「記憶は鮮明にある」そういう前提で描かれているように見えたのは、制作陣の若さゆえだろうか。

『Memoriaの結晶』は、そんな鮮明な葛藤が結晶化されたような作品だった。個人的には、もっとおぼろげで、もっと不透明で、もっとわからなくてもいい、そんな余白を、彼らの今後の作品で観てみたい、そう願った。


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