幸せとは記憶である。私に思い出が少ない理由
計画通りにはいかなかった
先日の記事で、実家に帰省した際にチェンソーマンの最終巻を姪ちゃんから借りて、感想を話すという作戦を実行すると書いた。書くと言った以上書くが、現実はそう計画通りにはいかなかった。
なのでこの記事には結論がない。自分が感じたこととそれに関連することをとりとめなく書いた記事になっている。
この話に関係する記事
あれ、思ってたんと違う
実家に帰省し、チェンソーマンの最終巻を借りることにした。最終巻の一つ前まで持っていたが、最終巻をまだ買っていなかったからだ。姉とその子どもがチェンソーマンが好きで最終巻を持っているので借りることにした。そしてあえて借りることで、チェンソーマンについての感想を話そうと思っていたのだ。
結果から言うと、姉も姪もまだ最終巻を読んでいなかった。買ってはいたけれど読んでいなかったのだ。あれ、思ってたんと違う。感想を話そうと思っていたのに、当てが外れてしまった。
姉が言うには、だんだんとチェンソーマンの話が複雑になりすぎて最後まで読めていないそうだ。たしかに自分でもチェンソーマンはだんだんと話が複雑になったと思っていた。
最終巻を読んだ
それでも借りてきたので、私は最終巻を読んだ。最後の終わり方は好きだった。ネタバレにならないように詳しくは話さなかったが、最後のほうは面白かったよと姉と姪に伝えたら、二人ともじゃあ読んでみようかなと言っていた。
ネタバレになるので中身には触れないが、私は記憶に関する話が好きなので、良い終わり方だなと思った。
なぜ記憶に関する話が好きなのか
私が記憶に関する話、特に記憶がなくなる系の話が好きな理由は自分の過去に由来する。
私は過去の長い間において鬱傾向であったからか、あるいは過去のトラウマが原因で言葉で思考することを避けていたせいか、過去の記憶があまりない。そのため、記憶がなくなる系の話がどこか共感できて好きなのだ。
大恋愛というドラマの話
私の好きなテレビドラマに「大恋愛」というものがある。元小説家と女医の恋愛の話だ。
元小説家は小説家を辞めて引っ越し業者で働いていた。ある日、その元小説家は女医の引っ越しの担当になる。そして女医が自分の過去の小説のファンだと知る。いろいろあり仲良くなった二人は付き合うことになるのだが、女医が若年性アルツハイマー病の前段階であるMCIであることが発覚する。女医はMCIが進行し物忘れが多くなっていく。そして元小説家は自分のことを忘れていく女性と自分との思い出を小説として記録に残すことに決めるのだ。
このドラマの中で好きなセリフがある。「幸せとは記憶である」という言葉から始まる元元小説家のセリフだ。自分のことを忘れていく彼女のために頑張れるのは、自分には過去の彼女との思い出があるからだという意味で使われた言葉だ。たとえ自分のことを忘れられたとしても、彼女との思い出があるからこそ彼は彼女のために頑張れるのだ、という意味だったと思う。
私には思い出がほとんどない
私には思い出がほとんどない。長い間、人を避けてきたため、人との記憶がほとんど積み上がっていないのだ。
最近、人と会う機会は増えてきた。でも長期的に付き合うような人間関係、つまり友達や彼女がまだいない。だから思い出も当然少ないままだ。FIREをして私はたくさんの時間を手に入れた。この時間を人と普通に関われるようになるための努力に投資し、友達や彼女を作り、思い出を積み重ねていきたいと思う。だって「幸せとは記憶である」だそうだから。
大恋愛というドラマは本当にいいドラマなので、今後この作品についての記事も書きたいと思う。
皆さんは記憶や思い出をテーマにした好きな作品はありますか? ぜひコメントで教えてください。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
この記事が少しでも刺さったなら、スキを押してもらえると励みになります。
また、Xもやっています。もしよかったら記事のシェアをX等でしていただけると私の成長の励みになります。
このアカウントでは、お金・心・人との関わり方について、体験談をもとに書いています。 フォローしていただけると、次の記事が届きます。
