短編小説 #002 | 理想の家族
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父は激怒した。
階下に住む乱暴者が長男を棒で殴ったのだ。
乱暴者に、こっ酷い折檻を受けてしまった長男は、可哀想に背骨が曲がり、ピョコピョコと奇妙な歩き方をするようになってしまった。
村医者の見立てで一生このままの状態かもしれぬと告げられた父は、さらに激高し、遂に堪忍ならぬと足音も高らかに階下に降りようとするのであったが、その妻がそれを押し留めた。
「あなた!いけません!」
「いや、どいてくれ!もう勘弁ならねェ!」
「警察に…!警察にまかせましょう!」
ところが、階下の男は、並外れて巨大な体躯をもつ乱暴者であったため、その村の駐在程度の警察力では手に負えぬとのことであった。
と、なれば無論一家のあるじと謂えども矮小な一市民にすぎぬ父の力など到底及ぶべくもない。彼はその振り上げた拳を収める場も無いままに、鬱積した気分を鎮めるべく昼間から痛飲し、甚だ迷惑にも周囲にその憤怒を撒き散らす他に術が無いのであった。
- 2 -
長男は村の人気者で、その家族も村一番の幸せな一族として、界隈から羨みを集めていた。
幸福な一家に訪れた突然の不幸であったから無論周囲も同情し諸々の力添えを惜しまずに与えるのであった。そんな心優しい村の住民たちで有ったので、遂には村の議会でまでその問題が取沙汰される運びとなったのは、当然の成行と謂えよう。
警察がダメなら自衛隊だ!いや米軍だ!と、村の議会は大いに紛糾したのだが、謂うまでもなく其処までの話ではない。
相手は所詮たった1人の男であり、法執行機関たる片田舎の警察のお粗末かつ礼儀正しい鎮圧方式であれば手に負えぬというだけの話であって、形振り構わず複数人の男で以てして同時に襲いかかれば、鎮圧は容易である、と村議会は結論を出した。
そこで村人の中から特に屈強な男共が選出されたのである。
***
12名の屈強な男共が一斉に襲い掛かる。不意を突かれた乱暴者は、一寸狼狽の色を見せて屈み込むが、その不屈の精神は敗北を由とせずに、それどころかその肉体は猛烈なる反撃に転じたのであった。
斯くして、この鎮圧は襲撃者12名のうち、死者3名、重軽傷者9名という惨憺たる結果に終わり、責任を取るという形で村議会は総辞職。議会は怒涛の選挙戦に突入したのである。
- 3 -
「俺に考えがある」
父は長男を呼び、耳打ちした。
「いや父さん…俺なら大丈夫だから!無茶なこと考えちゃだめだよ!」
しかし父は般若湯で濁った目をギョロリと剥いて、長男の顔を真正面から見据える。
「いいや、これはもう男の意地だ。おメェが乱暴されて、村のモンも酷デェ目にあった。元はと謂えば息子のおメェを守れなかった俺の責任だ。俺がなんとかするしかねェ!」
「と、父さん!」
長男の静止を振り切った父は、乱暴者の男がいつも居座る場所の真上に移動する。
「いいか、ここはあの乱暴モンがいる真上だ。いくらアイツだって、頭の上に眼があるわけじゃねェ…上から襲い掛かれば俺ひとりでブッ殺してやれらァ!」
「ま、待って!父さん!」
父は長男には目もくれず、その鋭い前歯で床板を噛み破り、その細長い尻尾を丸めて跳躍して、乱暴者の頭上に躍り懸るのであった。
だが乱暴者は、そんなちっぽけな小動物の頭上からの襲撃などに気付く様子もなく、くるりと踵を返し俎板の葱を刻み始める。
乱暴者の頭頂という着地点を失った父は、煮えたぎるスープ鍋に吸い込まれるように落下し、そのまま二度とそのスープ鍋から這い上がってくることは無いのであった。
- 4 -
「あー、これが原因ですね」
食中毒で営業停止になったラーメン屋のスープ鍋を調査していた保健所の職員が、鍋の底からトングで大きなネズミの死骸を拾い上げる。
「うわ…ネズミのスープのラーメンかよ…」
保健所の職員が店主に非難の目を向ける。乱暴者の店主はそんな非難から逃れるように俯いたまま声を絞り出す。
「営業停止どころか…店が潰れちまうよ…」
***
乱暴者のラーメン屋店主の悲壮な言葉とは裏腹に、父の英雄的行為で乱暴者を追い払い、さらに人気者になったネズミの長男は、屋根裏ネズミ村の村議会選挙に立候補。見事に得票数1位で当選する。
父の英雄的行為は伝説となり、その一家は理想の家族として、屋根裏ネズミ村で代々語り継がれてゆくのであった。
(2026/02/08)
