短編小説 | 空おちる
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「あゝ、そこだよ、もう一寸強く」
寄るの街、暗ひ街。陽はとうに去って、ほんとうであれば自分の指先も見ゆぬやうな暗闇の其んな時間。私は男の痒ひところをかいてやる。ゴシゴシとかいてやる仕事をする。
男共は一様に私にかゆいかゆひと訴へてくるから、私はその職務を責任を以て全うする為、男の服を脱がせ、其の身体を綺麗に洗い、痒ひところをかいてやる。
いろいろな男が、痒みを解消するためにやってくる。大きい男、ちいさい男、痩せた男、太った男、若い男、歳取った男。然し皆、要求は同じであった。かゆいかゆひ、何ンとかしてくれ。この痒みを何ンとか治めてくれ、と、そんな具合にカネを払うのだ。
私には痒ひところなぞないのだけれども、男共は何故だか不思議と、私も痒みに苛まれていると思い込んでいるやうであったから、私は男共に身体をかかせてやる。私が痒くもないのに痒ひフリをして、痒みが改善される過程で、嬌声なぞを上げれば、男共が悦ぶから、私は仕事がしやすくなる。
男共は、私の痒みがある程度に解消されたことを確認したのち、自分の痒みの原因である部位を硬く屹立させ、わたしに強く、すり剥けるかと思う程の研磨を要求するから、私はその通りに手で上下運動してやる。
そうすると、やがて、男共は「うゝッ」などと小さく呻きながら、私の手に、腹に、胸元に、口元に、その身に充溢された痒みの原因である、どろりと白濁した漿液を噴水のやうに打ち上げるのであった。
不思議とその液体が飛び散ると、男共の体内からは痒みが消え失せるやうであったから、それを以てして私の仕事は終了するのである。
- 2 -
店にやってくる男共の中には、たまに私に噺を聞いて欲しがっている哀れな魂が混ざる。
愚痴、説教、相談、身上噺。私には何ンの関係も無い、様々な話題が持ち出されるたび、私はどんな面白い噺が聴けるものかと耳を欹てるのではあるが、大概が詰まらぬ自己中心的な四方山噺であった。
野生動物で謂へば、喰う側か、喰われる側かのどちらかに価値観が偏重しているやうな、莫迦な思想で凝り固まった人生論が展開されるたび、私の脳裏には翼の無い航空機が、前方のプロペラだけを回転させる映像が浮かんだ。
其の航空機は、翼がないのだから、飛びたてる筈がない。然し発動機音を高らかに発し乍ら、その巨大なプロペラをぶんぶんと旋回させるだけは一丁前で、目の前に座る私に向けて旋回するプロペラは、飛び立つ事も叶わぬ男共の、もののあはれを感じさせるだけであった。
また、自分は女にモテぬから、こう謂った店に来る他はないのだ、女にモテる為にはどのやうにすればいいだろう?などと謂った相談は私の手には余った。
そう謂った質問を発する男は、先ず殆どが出発点から間違っている事が多いやうに思われたからだ。そう謂う男共は大抵、『やさしい男がモテる』という認識を示しており、其の『やさしさ』を自らの最大の持ち味として武装しやうとしていたが、好いた女にやさしくする、という事象は、そんなに特殊で格別な付加価値になるものなのであろうか。
人間、男、優しみ。私にとってそれらは、恋愛対象とする者として最低限持たねばならぬ条件に思われた。
人間であって、男であって、そしてまた優しみがある。これらは最低限の条件であるから、当然のコンディションとして、身に備わっていなければならぬ。
それを殊更、『俺は優しい男だ』などと主張するのは、『俺は地球生まれの地球人だ』と謂ふやうなものであり、やはり私に翼の無い航空機を連想させるのであった。
- 3 -
私は16で親元から家出し、年上の男の家に転がり込み、そしてまた、そこも家出して、20で此の職についた。いつかこの職も家出するものとは思うが、その後のことは私には何ンにも解らなかった。
私は人から享楽的であるとか、感情的であるとか謂われてきた。然し、ほら、是このやうに、次の客との逢瀬の合間に、この待合場で、ひとなみに思索にふけることも可能なのである。で、あるから、私は自分では人並みの、皆と同じに上等な部類の人間に思われるのであった。
自分の何処がおかしいのか、他人と何処が違うのか。同年代の女たちは、高校へ通い、受験勉強をして大学へゆき、彼氏や友達なんかと遊んで暮らしている。
私は大学生が嫌いだった。彼女らが憎かった。親のカネで、何の苦労も知らず、只、ちゃらちゃらと遊んで暮らしているだけではないか。
私、私はどうだ。両親が離婚し、慣れぬ土地で暮らすことを強いられ、やりたくもなかった習い事をやらされ、ママには虐待され、パパには放って置かれた。兄も弟も冷徹であった。だから自立するしかなかった。どこか他所に保護者を見つけて厄介になるしかなかった。
ママは虐待なんかしていないと謂う。パパに連絡すればお金はくれた。兄弟はたぶん世の中の普通の人たちからみれば普通の奴らだ。私、私だけ違う。私があの憎い憎い、大学生のチャラチャラした女どもと違った理由は何であろう。人のことはわかる。特に耐え難い痒みを抱えた、翼の無いプロペラ航空機みたいな男共のことはようく解る。
然し私には、私のことがよく解らぬのであった。私は私が基準で、其れしか知らないので、其の基準の中での私は普通なのであった。
でも、よく考えれば想像はつく。私が憎んでいる大学生の女たちは、私の知らぬところで確りと勉強して、わたしが遊んでいる夜の間も、確りとお勉強して大学に合格したのだ。そして彼女たちにも鬱陶しいパパとママがいて、小言を言われ、ああしろこうしろと、したくも無いことをやらされ、我慢に我慢を重ねているのだ。我慢。私を彼女たちの違いはそこだろう。
と、解ったところで、私にはどうにもならぬのであった。私は我慢ができないのである。解らないことを解らないと認めることも出来ぬし、他人から莫迦にされたり、教えを乞う事なぞ死ンでも嫌なのであった。
仕方ない。仕方ないから、また誰かをかいてやる。男共の痒みなぞ、どうでもいいし、気持ち悪いから、かきたくもないが、かいてやらぬと私が生きられぬのである。親元に戻って頭をさげるなど死ンでも嫌だ。私はひとりで生きていける。それを証明して見せる。
- 4 -
と、欝々とこんなことを思惟する私も、翼のないプロペラ航空機なのだろう。飛び立つことが出来ぬどころか、前にも後ろにも進めずに、急遽しい発動機音をハタ迷惑にも周囲に轟かせ乍ら、びゅんびゅんと風だけを何処かに送り込むだけのイモムシ航空機。
自責や慚愧は性に合わなかった。私は只、前に進むことで正気を保ち、他人と違うという思込みだけで、自尊心を保ってきたのである。
然し、ママが恋しかった。業腹だがパパにも会いたかった。安心して帰れる場所が懐かしく、野生動物のやうな男共に怯えずに、思う存分に手足を伸ばして眠りたかった。
思索によって深い海へと放り込まれたやうな私というイモムシ航空機は、重力に抵抗するかのやうに、冷たい水の中で無意味にプロペラをスクリューとして回転させた。だが、重たひ悔恨という積荷を満載したその機体は少しも浮上せず、ゆつくりとだが確実に、暗い深海へと沈没してゆくのだった。
膝を抱え込んでしまった私は、煙草でも吸って気分を落ち着けやうと、バッグを探って、TEREAの箱を取り出す。蓋を開けると、煙草のスティックと共に小袋にパッケージされた白い粉末が出て来た。
其れはお客さんが「ラクになるから」と言って、私にくれたものであった。私はお客さんに貰った、その白い翼をイモムシ航空機に取りつけてみる事にした。
胸がいっぱいになるまで吸い込む。
暫くしたら音もたてずに空が落ちて来たから、私はプロペラをぶんぶん回す必要も、空に飛び立つ必要も無くなった。
(2026/03/18)
