僕と娘と覚醒剤 #001|東京の空と裁判所①
2025年4月某日
霞が関 東京地方裁判所
僕と娘は昼過ぎから始まる裁判のため、保釈期間を過ごした海辺の居住地から、恐る恐る東京へ出てきた。
娘、20歳。高校中退。
キャバクラから風俗を経て無職。
僕、48歳。
フリーのデザイナー。
娘は僕をパパと呼ぶ。
僕は娘をBBと呼ぶ。
***
僕はほんの1ヶ月前まで、こんなことになるなんて思っていなかった。
離婚した元妻からは、娘は高校を飛び出し、夜の街をふらふらしていると、そんな漠然としたことしか聞いていなかったからだ。
それなのに、なぜか、今までの人生で全く縁のなかった霞が関にいる。
東京メトロ、丸の内線、駅のA1 出口。
薄暗い地下から出て見上げる、ひさしぶりの都会の空は、思ったよりもずっと眩しい。まだ少し肌寒いが、これからの明るい季節の予感がする、そんなよく晴れた春の日だ。
「こわいなぁ…」
BBがボソリとつぶやく。
「しかたないな」
僕もボソリと返す。
「パパにはこの気持ち、わかんないでしょ」
「うん。わかんない」
「パパは気楽でいーよね」
「ああ、そーだな」
顔を伏せたBBの髪が東京の風に揺れる。うつむいた娘がどんな顔をしているのか僕からは見えない。
ひとつだけ言えるのは、僕はぜんぜん気楽じゃなかった、ってことだ。
***
『覚醒剤取締法違反』
起訴状に書いてあった、娘の罪の名前だ。
2ヶ月ほど前に、娘が救急車で運ばれたと、元妻から連絡を受けた。元妻も混乱しており、どんな状況で、どんな症状で、事故なのか、はたまた病気なのか、何が起こったのかまったく解っていない様子だった。
数日後、血液検査で薬物使用が判明し、逮捕・拘束されたと知らされた。
寝耳に水の話だったが、僕が真っ先に思ったのは、『クスリをやって死んだ』 とかではなくてよかった、だった。
いきなり犯罪とか言われてもよくわからない。
娘と、よく晴れた春の霞が関を歩く。大きくて綺麗なビル群。何車線もある広い道路。忙しそうに足早に行きかうスーツ姿の男女。知らないひとばかりの知らない街。どこで食事をしたらいいのかさえ、よくわからない。
「このへんには、日本中の賢い人がみ~んな、集まってる」
「オレらみたいなアホは、いねーだろうな」
「まちがいないね」
何も知らない人が見れば、似合わないスーツを着たオッサンと金髪の娘が、ヘラヘラ観光でもしているように見えるだろう。
***
予兆は、あった。
不登校、家出、素行の良くない友人との交友その他もろもろ。ある意味、世を拗ねたティーンエイジャーがおくる、 『こじらせたよくある10代』 の日々を娘は過ごしていた。
そして僕自身、そんな時代もあったので、ある一定の年齢に達すれば落ち着くだろう、と、タカをくくっていたのだ。
僕と娘は、娘が10歳くらいから一緒には暮らしていない。遠方なので学校の卒業や入学等の節目に会うくらいだったし、会った時にはそれなりにちゃんとしているように見えていた。
つまり僕の中では、娘はかわいい10歳の少女のままだったのだ。
そして、10年間一緒に暮らさなかった父と娘は、2人で東京地方裁判所の前にいた。
