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#499_創作で傷つくとき、いちばん痛む場所のこと

創作は心を差し出すこと。外から見ると、文章を書いてるだけ、作品を出してるだけに見えて、作家の心の柔らかい部分を、そっとそのまま外に置くこと──。

姿勢や行動への批判を見かけては、胸がぎゅっとすぼまる思いを、ときどきします。

ないしょ話が、周りに広まる感覚に似ているのかな。

自分が創作をするまでは知らなかった痛みです。
noteを続けて、少しずつ分かるようになりました。

だからこそ、過度な批判は、ただの意見とはいかず、
むき出しの心に直接ぶつかる、衝撃になります。作品は『心の臓器』とは過激ですがそうも思えます。

心を、作品の中に出している

その日の揺れ、価値観、さみしさ、喜び、迷い、
祈りのような願いが、作品の中ににじみ出ます。

だから、批判されると
作品がダメ、と言うよりも、
自分の内側を否定された、という感覚です。

これは「批判に弱い」のではなくて、
ヒトの自然な反応で、甘やかしとは違うと思います。

創作物は、作者の「心の延長」だからです。

創作の場だけは、誰もが心を守られ、
尊重される場所であってほしい。

たとえ相手が嫌いな人だとしても、「表現する瞬間」の尊厳だけは、汚さないようにしたいです。

批判が必要なときは、「やり方」がある

文法や語彙、語順の指摘などの、技術的なこと。読んでいる感触、違和感、文のつっかかりへの、“ 誠実な" フィードバックは、作品が育つ種になります🌱

この「種」が健全に育つための条件があります。言葉を選ぶ、相手を尊重する、心の安全を守る、作品と人格を分ける。この前提があって初めて成立します。

マラソンと短距離走が、同じルールで競えないように、論文と随筆、小説は全く違う思考で書きます。

選手ランナーも、場所や年齢、経験で走り方が変わるように、書き手も『現在地』に照らすと、めざす場所や、在りたい姿に応じて言葉が自然とかわります。

相手の走る道を塞ぐか、伴走するか。
私はいつも、隣に誰かにいてほしいかな😊

自分を消さず、心は広い海のように、読み手が自由に漕ぎ出せる場所へ──。

​消極的な守りに入らず、誰かの救いになっている、という積極的な肯定があること。

今日も私たちは、またペンを取ることができます。

創作の世界が、優しい循環で満ちていますように。


<了, 約 930 字>

「お母さん友達」曰く、子どもに話すのが
『大人が2回イヤだという事は、スグ止めよう』
でした。いい言葉で、気に入っています☺️


あとがき

今日は、 “人としての優しさ” を忘れないでほしい。というお話でした。こういう文章も、短く、おもしろく書くってむずかしいですね。

今週も、お互いのペースでいきましょう✨️
行ってらっしゃい!🙋‍♀️

今日もお読みいただいてありがとうございます☕


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久藤 あかり | はじめまして! スキ、コメントが1番うれしいです。私の記事を元にあなたの記事を書いてもらうのも大歓迎!心が動く言葉はありましたか?ご感想お待ちしています😊