巽くんと今日子さん 第10話
前回のお話
第9話 公園
「じゃあ、行きましょうか。」
席に戻った巽くんの一声に「はい。」と答えてカバンからあたふたと財布を準備する。
「もう済んでます。先に表に出てますね。ゆっくりで大丈夫ですよ。」
巽君は立ったまま胸まで挙げた手のひらでにこやかに合図したあと出口に向かう。そのすっと伸びた背筋を追うように、出した財布は手にしたままで席を立つ。レジに立っている店員さんに会釈しながら小さく「ごちそうさまでした。」と言って外に出たあと、もう一度、今度は巽くんに顔を向けてお礼を言った。
「お会計、いいんですか。」
『私の分払いますよ』という意思表示でお財布を両手で胸の前で持ったまま確認する。
「大丈夫です。女性と2人で出かけるときは基本、出させません。でもたまに持ってくれたりすると嬉しいです。」
お侍さんみたいな印象を持っていたけどほんとに古風で巽くんなりの礼儀作法があるんだろう。それに『デート』のつもりで今日は来てくれたんだとこそばゆくなった。
「じゃあ今回は甘えます。…ごちそうさまでした。」
次もあればいいというほのかな期待と一緒に財布をカバンに戻す。
「散歩はどこに行きましょうか。」
「ここからそう遠くない井の頭公園はどうですか。」
「一緒にボートに乗りますか。」と巽くんが笑う。
「そうですね…。ちょっと寒いでしょうか。行ってみてから決めましょう。」
そう言って着いてみたはいいけど池にボートはでていない。
「今日子さん、水曜日、ボート定休日でした。」
“井の頭公園 ”“ボート”で検索した巽くんはそういったあとで含み笑いをしながら続ける。
「でも、乗らなくて正解ですよ。ほらこれ。」
見せてくれたスマホの画面には『井の頭公園 ボートに乗ると別れる。』という記事が表示されていた。
「弁財天さんのやきもちだそうです。」
そうやって面白そうに話す巽くんに
「神様はそんな別れさせるようなこと、したりしないと思います。」と言い切ったあとで付け加える。
「あっ、一般論です。神様はきっと懐深いです。」
別れるもなにもお付き合いもしてないんだから、むきになって変だったかなと恥ずかしくなる。そんな様子を気にも止めず巽くんは指を指した。
「あっち、弁財天さんご挨拶に行きましょうか。そんな今日子さんのお願い事はきっと聞いてくれると思いますよ。」
社の前に立ち、お賽銭を入れて並んで手を合わせる。
心の中で願いを唱えて上を向くと先に頭を上げていた巽くんがこっちを見ていた。
「今日子さん、睫毛長いですね。それにお願い事も。何をお願いしたんですか。」
こんな近くで顔を見られた上に、ドキッとするようなことを言うし聞く。何をお願いしたのか、答えはとっくに予想がついているはず。
「私からは言いませんよ。巽さんは何をお願いしたんですか。巽さんから先に聞きたいです。」
「きっと同じだと思うんだけど。」
そう言って余裕の笑みを浮かべる。はぐらかされているのか私が勘違いしているだけなのか。ずっとこんな感じでそれが少しもどかしい。
「話しながら、もう少し歩きましょうか。」
ふと横をみると、お金に柄杓で水を掛けている参拝客が目に入る。
「お金..、あのくれた新札、大事に持ってますよ。ありがとうございました。」
「そんなに喜んでくれたんですか。」
「はい。嬉しかったです。巽さんからもらったことも。私にくれたことも。」
「そうだったんですね。あげて良かったです。今日子さんのこと、まだ夜のシフトに変わる前から気になってました。降谷さんが先に声かけちゃいましたが。」
「降谷さんとは何も…。でも夜のシフトに変わって良かったです。みんな、わいわいと楽しそうで、巽さんも色々話しかけてくれましたし。」
そこまで言って少し寂しさも込み上げる。そう、みんなわいわいと楽しそうで、巽くんはみんなに優しくて、私の入る場所なんてないんじゃないかと勝手に独り寂しがってしまうのは私のわるい癖だ。
「そんな風に思ってくれてて良かった。今日子さん、好意伝えるつもりで話しかけても、あんまり反応なかったから。あっ、でもLINEはよく送ってくれたから少しは興味持ってくれてるかなとは思いましたよ。」
ああ、そうだった。LINE、こっちだってLINEにはあまり反応してもらえなかった。
「LINEはあまり自分からはする方じゃないのに送ってしまって、返信来るまでの時間にメンタル弱っちゃいました。だから、もう送らないようにしようかなと思ったところで、忙しいのに時間つくってくれたんですよね。なんか、ありがとうございます。LINEよりは会ってお話するほうが楽しいです。けどちょっと、なんでかなぁって少し混乱してます。」
そう、混乱している。巽くんがよく分からないときがある。好意を持ってくれているのかいないのか。もうちょっと分かりあいたい。広い井の頭公園を見渡してここにしておいて良かったと思った。
第11話に続く
なんのはなしですか
