天保十三年(1842) 油1升1万円!?江戸の商人に学ぶ、緻密すぎる為替と手数料の裏側 〜 古文書奮闘記~ #044
前回の記事で
金銀銭の交換レートがよくわからなかったので、物価などについていろいろ眺めています。
油の値段が検索で出てきて面白そうだったので、国立国会図書館のデジタルアーカイブで、天保年間の「油の商売」に関する記録を読み解いています。しかし、これが崩し字の難しさ以上に、当時の「経済システム」という巨大なパズルに翻弄されることになりました。
今回は、電卓を片手に、江戸時代の価格と商習慣に切り込んだ格闘の記録をシェアします。
1. 史料と向き合う:読み下しと現代語訳
今回挑んだのは、江戸・小舟町の油問屋が提出した、過去から当時(天保期)にかけての物価報告書です。
「諸色調類集」は奉行所の物価を調べるチームが作った記録みたいです(よくわかっていません)。
詳しい説明はこちらです😢
今回読んでみたもの

まずは、「ふみのは」のくずし字解読アプリ「古文書カメラ」
スマホをかざして画像を読み解き、文字の検討をつけます。
そして、得られた翻刻文をGeminiに投げ、現代語訳と文脈の解説を依頼しました。
文明の力を使って解読!
大元の古文書に赤字での補記もあったりで文の構造がよくわからないという絶望もありつつ、一旦読み下し文を作ってみた。
【読み下し文】
一、地廻り水油、拾(じゅう)樽に付き。 但し、壱樽元入(もといれ)三斗八升、売立(うりたて)三斗六升。
寛政二戌(いぬ)年、壱ヶ年平均。
金弐拾弐両壱分。銀五匁三り。 壱升に付き、銀三匁七分弐り三毛。
(中略)
当時(天保期)平均、金弐拾七両三分。
銀壱匁八分七り五毛。
壱升に付き、代(だい)銀四匁六分。
地廻り油取り扱い方の儀は、関東諸国より送り来り候油、壱樽三斗八升入りにて、其の時々の直段(ねだん)を以て売り捌き申し候。右の内より、銀弐匁五分、口銭(こうせん)として之を差し引き、荷主方へ仕切勘定相渡し申し候。
(後略:天保十三年二月二十日 小舟町二丁目源兵衛店 三郎兵衛煩いに付き代・市兵衛)
【現代語訳】 Gemini まかせです
一、地廻り水油(関東近郊産の油) 10樽につき。
(補足:仕入れ時は1樽3斗8升入っているが、小分け販売時のロスを考慮し、販売分は3斗6升として計算する。)
寛政2年(1790年)
1年間平均価格卸値(10樽):金22両と1分
仕入れ原価(1升):銀5匁3厘
店頭販売価格(1升):銀3匁7分2厘3毛
当時(天保13年・1842年) 平均価格
卸値(10樽):金27両と3分
仕入れ原価(1升):銀1匁8分7厘5毛
店頭販売価格(1升):銀4匁6分
【取り扱い規則】 関東諸国から送られてくる油は1樽3斗8升入りとして、その時々の相場で売りさばいています。その売上から1樽につき「銀2匁5分」を口銭(仲介手数料)として差し引き、生産者(荷主)には精算書(仕切勘定)を渡して代金を決済しています。
2. 奮闘記:なぜ「単位」と「歩留まり」で頭がパンクしたのか
この数行を読み解くだけで、40代の私の頭はパンク寸前になりました。
まず驚いたのが、「元入3斗8升、売立3斗6升」という記述です。
読み間違えた?と自信を失います。
仕入れた分量と売る分量が最初から違う。
つまり、輸送中の漏れや樽への付着によるロス(歩留まり)をあらかじめ2升分(約3.6リットル)も見込んでいるってこと??。
現代の製造業や飲食業にも通じる、極めてシビアなコスト管理が180年前に行われていたことに脱帽しました。
さらに難解なのが、「金・銀・銭」の使い分けです。
卸値は「金(両)」
小売価格や手数料は「銀(匁)」
庶民の支払いは「銭(文)」
これらを、日々変動する為替レート(両替相場)で計算し直さなければなりません。
3. 【検証】油1升は、現代ならいくらか?
当時の実感を掴むため、現代の価値に引き直してみます。
江戸後期の「銭安」を考慮し、1両=6,500文、1両=10万円と仮定して計算すると、驚きの結果が出ました。
天保期の価格:銀4匁6分
1両(10万円)=銀60匁 とすると、銀1匁 ≒ 1,666円
1,666円 × 4.6匁 = 約7,663円
さらに「1両=6,500文」のレートで庶民の支払う「銭」に換算すると、油1升(1.8L)は約500文に相当します。
銭1文を30円とすれば、なんと15,000円! 現代のサラダ油が数百円で買えることを考えると、当時の明かり(灯明)がいかに高価な贅沢品だったかが分かります。
4. ビジネス視点での気づき:手数料と透明性
もう一つの注目点は、「銀2匁5分」の固定手数料(口銭)です。
売値に関わらず1樽あたり定額を引く。これは非常に手堅い問屋ビジネスのモデルです。また、「仕切勘定」を荷主に渡すという記述からは、委託販売における透明性の確保が当時すでに確立されていたことが伺えます。
報告書の最後に、「店主が病気のため、代理人の市兵衛が書いた」とあります。激動の天保期、お上(幕府)からの物価調査に対し、過去の帳簿をひっくり返して必死に数字をまとめたであろう市兵衛。
その苦労は、期末の報告書に追われる現代のサラリーマンである私にも、痛いほど伝わってきました。
おわりに
古文書を読むことは、単に文字を追うことではなく、当時の人々の「財布事情」や「ビジネスの体温」に触れることだと実感しました。
「銀3匁7分2厘3毛」――。この1ミリグラム単位まで切り詰めた数字の裏にある、江戸の商人の誠実さと緻密さ。
算盤ならぬ電卓を叩きながら、180年前のビジネスマンと対話したような、不思議な満足感に包まれています。
本日の学び
江戸の経済を理解するには、文字の解読以上に、当時の「度量衡」と「為替リスク」への理解が不可欠である。
次回の記事はこちらです
古文書のための辞典や本のおすすめはこちらです
事例をたくさん見ることで読める気がする
勉強始めたばかりには不要です。が、必要な時が来ます!!
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