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寛政三年(1791)七月 大坂中抜き、江戸直送。230年前の『D2C』は、油の価格高騰から始まった。 〜 古文書奮闘記~ #045

江戸時代の油関連の史料を読み解くほどに、当時の油を巡る流通網や経済圏の仕組みは、現代のエネルギー産業にも通じる奥深さがあると感じます。
語り尽くせないテーマではありますが、油の話は相当奥が深そうなので、一旦今回で油のトピックからは離れようと思います。

前回の記事はこちら


油関連の締めくくりとして、
幕府が断行した「物流大改革」の全貌を整理しました。

最近の物価高騰は切実ですが、江戸時代も同様でした。特に「灯りの燃料」である油の価格高騰は、幕府を揺るがす大問題。これに対し、寛政3年(1791年)、幕府は既存の流通システムを根底から覆す「禁じ手」に打って出ました。


「寛政三亥年七月御触之写」

『諸色調類集 32巻』第12巻 上,写. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2548849 (参照 2026-03-15)

まずは、「ふみのは」のくずし字解読アプリ「古文書カメラ」 
スマホをかざして画像を読み解き、文字の検討をつけます。

そして、得られた翻刻文をGeminiに投げ、現代語訳と文脈の解説を依頼しました。

文明の力を使って解読!
といっても、やや怪しい判読がアリマスが、私の実力だと気づいてないものが相応にありそうです。
ふみのはでも読取がうまくいかない文字がそれなりにあります。とはいえ、高速である程度の解読ができるのでありがたいです。


1. 史料が語る「大坂一極集中」の解体

幕府は、当時の物流のハブであった大坂の問屋に対し、厳しい「NO」を突きつけました。

【読み下し文:現状の批判と問屋へのメス】

水油直段(みずあぶらねだん)高直(こうじき)にて、諸人(しょにん)困儀(こまりぎ)に付き、下直(げじき)に相成るべき趣(おもむき)、先年度々相触れ候。……(中略)……出油屋中(であぶらやじゅう)問屋、請け取り口銭(こうせん)減少申し付け、且つまた、菜種(なたね)・綿実(わたざね)大坂表へ廻着(かいちゃく)の上、絞り油屋共「組合買い」と名付け候買い方は、石(こく)直(じき)の儀に付き、向後(きょうご)相止め……。

素人の読み取りのため正確性は担保できません😢

【現代語訳】

「油の値段が高すぎて、みんな困り果てている。安くせよと何度も命じてきたが、豊作不作に関わらず高値が続いている。調査の結果、大坂の卸問屋(出油屋)の仲介手数料が不当に高いことがわかったので、これを削減させる。また、大坂の業者が徒党を組んで相場を操る『組合買い』というやり方も、仕入れ値を釣り上げる原因なので今後は禁止する。」


2. 西日本26カ国を巻き込んだ「バイパス」の構築

さらに驚くべきは、西日本全域におよぶ広大な物流網を「大坂抜き」に変えようとした点です。

【読み下し文:兵庫ハブの創設】

安芸・周防・長門・出雲・因幡・伯耆・石見・備前・備中・備後・隠岐・阿波・讃岐・伊予・土佐・筑前・筑後・肥前・肥後・豊前・豊後・日向・薩摩・大隅・壱岐・対馬。 右国々にて作り立て候菜種の分は、向後、大坂表へ上げ積み廻し候儀も差し止め候。……(中略)……この度、摂州兵庫の津(つ)へ新規引き受け問屋一両軒取り立て、右国々より廻着(かいちゃく)の菜種引き受けさせ……。

素人の読み取りのため正確性は担保できません😢

【現代語訳】

「広島から鹿児島、さらには対馬に至る西日本26カ国で生産された菜種は、今後大坂へ送ることを禁止する。荷が多すぎて大坂では処理しきれていないからだ。代わりに兵庫の津(神戸)に新しい問屋を数軒立ち上げ、西国の菜種はすべてここで引き受けさせ、正当な価格で精算させることとする。」


3. 【深掘り】なぜ幕府はここまで強気になれたのか?

この強引とも思える改革の背景には、実は幕府なりの「勝算」と、先行する成功モデルがありました。

  • 「醤油モデル」の成功体験: 醤油は一足先に「大坂産」から「関東産(野田・銚子など)」への切り替えに成功し、江戸市場を席巻していました。幕府はこの成功を油でも再現しようとしたのです。

  • 「地廻り経済」の台頭: 当時、利根川や江戸川を経由する「内川廻し」という水運ルートが発達。関東近郊の「地廻り油」が江戸の需要の約3分の1を支えるまでになっていました。

しかし、ここには大きな誤算もありました。
醤油と違い、油は品質の壁にぶつかったのです。関東産の油は精剤技術が未熟で「煙が多い」「暗い」といった不評を買い、結局、高品質な大坂産(上方油)への依存を完全には断ち切れませんでした。


4. 現場の混乱:180年前のサプライチェーン改革

この改革によって、産地から江戸へ直接荷を送る「直積み(じきづみ)」が解禁されました。現代でいうD2C(Direct to Consumer)に近い形です。

しかし、現場は大混乱だったに違いありません。それまでの商習慣を断ち切り、兵庫という新しいハブで口座を開き、江戸直送の船を手配する。日本橋の問屋街では、連日「市兵衛」のような実務担当者たちが、新しい伝票処理と物流ルートの調整に忙殺されていたことでしょう。


結び:結局、改革は成功したのか?

結局、幕府のこの大胆な取り組みは「成功」したのでしょうか?

結論から言えば、「流通の多様化には成功したが、物価の劇的な抑制には至らなかった」というのが実情のようです。大坂をバイパスするルートは定着しましたが、前述の「品質問題」により、消費者の支持を完全に得ることはできませんでした。

「構造(ルート)を変えても、品質(プロダクト)が伴わなければ市場は動かない」

180年前の物流パニックが私たちに遺した教訓は、意外にも現代のマーケティングや品質管理の重要性に通じています。

さて、実物貨幣の流通がこれほどダイナミックに動く裏には、当然それを支える「決済」の仕組みがあります。油という「モノ」の深淵をのぞいた次は、その根幹にある金融の為替や両替などをみてみようと思います。


今回はこちらの資料を参考にしました。

https://www.abura.gr.jp/history2016/edo-akari_pt04.pdf

デイスクレーマー
素人が古文書を読んだため、正確性など品質については担保できません😢 ご参照の際は原典をご確認ください

次回の記事はこちらです
油に関する記事の最終回です


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勉強始めたばかりには不要です。


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