新井道架道橋 (入新井特別出張所) #383
※本記事は
Otapedia 公式note(https://note.com/fine_rat5784)のみで
公開しています。
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大森駅
1876年 (明治9年) の開業時には
東口しか設置されませんでした。
西側へのアクセス
参詣客の多い
池上本門寺や
大森八景園へ行くには
西側へ渡る必要がありました。
京浜電気鉄道大森支線
この付近には
大森停車場があったのも
この場所に
架道橋が設けられた
理由の一つかもしれません。

旧京浜電気鉄道大森支線大森停車場跡
撮影:かえる11号
新井道架道橋(通称新井道ガード)
踏切だったこの場所に
馬車などの往来を
確保するため、
池上通り(平間街道)へ
通じる架道橋が
1910年 (明治43年) に
設けられました。

撮影:かえる11号
東京最後の乗合馬車
1930年 (昭和5年) 8月16日
池上運輸が運営していた
大森駅~子母沢~池上本門寺間の
路線が廃止となり
東京の乗合馬車は姿を消し、
翌17日より
池上電気鉄道の
乗合バスが運行されました。

出典:大田区の文化財 第十七集
現在の新井道架道橋
高さ2.4mという制限があるものの
大森駅の東西を結ぶ道路として
多くの車や人に
利用されています。

撮影:かえる11号
おわりに
Otapediaは、
新井道架道橋を
「大田区無名の風景」
「大田区未顕彰の地域遺産」
として
池上運輸株式会社が
運営していた
東京最後の乗合馬車を
「大田区無名の企業」
「大田区無名の風景」
「大田区未顕彰の地域遺産」
として
東京最後の乗合馬車が姿を消した
8月17日を
「大田区記憶の日」
として記録します。
Otapediaは、
大田区の記憶を
未来へ遺すという
理念のもとに活動しています。
私たちは、
その“名を失いかけたものたち”に、
もう一度まなざしを向け、
記憶の岸辺に呼び戻す営みです。
人々の活動や風景、
残された痕跡は姿を消しても、
地域に刻まれた軌跡を
未来へと伝えていきます。
記事内で使用している
独自の顕彰は、
「Otapedia独自の呼称」であり
「大田区公式の認定ではありません」。

出典
1.『大田区史』下巻
2.『大田区の文化財』第十七集
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