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大森駅 開業150周年【6月12日 今日は何の日】(入新井特別出張所) #356

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 公開しています。
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※本記事は、
 大森駅開業150周年を記念し、
 駅を中心とした
 大森地域150年の歴史を
 振り返るものです。


日本初の鉄道が開通

1872年 (明治5年) 10月14日 
(汐留~横浜間) 

10月14日は
鉄道の日となっている。


1876年 (明治9年) 6月12日 

線路の保守点検を行う
工夫の詰所を駅舎に転用し、
大森駅が開業した。

当時の改札は
東口のみであった。

駅名は、
所在地であった
入新井も候補にあがったが
当時大森の中心だった
京急大森町駅から
離れているにもかかわらず
駅名に大森が採用された。

大森駅の住所が
大森「」1‐6‐16が
それを物語っている。


路線開業エピソード

当初の計画では
今よりも海側を通る予定だったが、
住民の汽車への不信感から
今の場所になった。


明治時代 ― 大森駅開業による近代化の始まり

江戸時代より
海苔養殖が盛んで
大森周辺は、
日本一の海苔の産地だった。

1877年 (明治10年) には、
エドワード・S・モース
大森駅付近の車窓から
大森貝塚を発見した。

1884年 (明治17年) 
久我邦太郎によって
1万坪にも及ぶ
大森八景園が開園する。

鉄道唱歌の第1集4番には
「梅に名を得し大森を」の歌詞があり
これは八景園の梅林とされている。

この土地が後の
山王の高級住宅街の
元になる。

1885年 (明治18年) 10月13日 
大森駅構内列車脱線事故が発生。
日本の鉄道における
最初の旅客死亡事故となる。

1889年 (明治22年) 4月 
大森射的場が開場。
この土地が後の
大森テニスクラブへと
移行していく。

1901年 (明治34年) 2月1日 
京浜電気鉄道大森支線が開業。
1937年 (昭和12年) 3月8日 
廃止。

1902年 (明治35年) 7月5日 
加納久宜によって
都内最古の信用組合
入新井信用組合が開業。
 (現・城南信用金庫)

1902年 (明治35年) 11月13日 
明治皇后
(後の昭憲皇太后)
大森八景園行啓される。

1906年 (明治39年) 3月7日 
大森倶楽部創立。
(現・一般社団法人大森倶楽部)
初代会長・兒島惟謙氏。

講演会や見学会などを通じて
地域文化の向上を目的とし、
現在も活動を続けている。

1910年 (明治43年)  
馬車を通すため
それまで踏切だった場所に
新井道架道橋が開通する。

写真:大森八景園
所蔵:大田区立郷土博物館
写真:日本帝国小銃射的協会跡
撮影:かえる11号
写真:鐵道院鉄柱(大森駅東口広場)
撮影:かえる11号
写真:新井道架道橋
撮影:かえる11号

大正時代 ― 文化の発展と震災による移住

1912年 (大正元年)  
望翠楼ホテル
若尾幾太郎によって開業。
大森丘の会、後の木原会が開催され
文士たちが集う場となった。

1913年 (大正2年) 2月  
山王口改札(現・西口)開設。

大正初期  
大森射的場の一部が
テニス場として整備される。
(後の大森テニスクラブへと発展)

1918年 (大正7年) 12月28日  
池上電気鉄道は
池上~大森への敷設を
計画していたが
大森周辺の宅地化で
池上~蒲田間の免許を取得。

1920年 (大正9年) 3月 
大森駅~池上本門寺間(割烹旅館 若松屋)
池上運輸株式会社が
乗合馬車の運行開始。
(東京最後の乗合馬車)

1920年代~1930年代にかけて
山王馬込一帯に芸術家や詩人らが
居を構えるようになり
馬込文士村が構成される。

1922年 (大正11年)  
大森ホテルが開業。
川端康成など
馬込文士村の人物たちが利用。

1922年 (大正11年) ~1924年 (大正13年)
旧大森八景園
区画分譲され住宅地になる。

1923年 (大正12年)
馬込文士村の中心人物
尾﨑士郎が馬込に
引っ越してくる。

1924年 (大正13年) 5月26日 21:57頃
京浜電気鉄道大森支線の
海岸停留所から大森停車場駅へ
向かっていた電車が、
運転手なしに
無人のまま大森停車場駅終端まで
走っていき、
終点の車止めに衝突し、
乗客に負傷者が出る。

写真:望翠楼ホテル
所蔵:大田区立郷土博物館
写真:八景天祖神社にある馬込文士村モニュメント
撮影:かえる11号

昭和時代 ― 都市への成長

1929年 (昭和4年)  
白木屋大森分店が開業。

1930年 (昭和5年) 8月17日  
大森~池上駅間
池上電気鉄道
乗合バスの運行開始。

人力車の引き手たちが
現・大森郵便局付近で
座り込みをする。

1930年 (昭和5年)   
大森貝墟碑
建立される。

1937年 (昭和12年)   
大森射的場
鶴見の北寺尾に転出。

1937年 (昭和12年) 3月8日 
京浜電気鉄道大森支線廃止。

1946年 (昭和21年) 3月 
社団法人爽楽社
大森テニスクラブ設立。

1959年 (昭和34年) 12月10日 
北口改札開設。

1964年 (昭和39年) 5月 
大森の闇市から始まった
信州の竹内氏によって
ダイシン百貨店が開店。

1973年 (昭和48年) 11月  
大森京成百貨店
西口駅前に開店。
(現・大森駅前ビル)
1979年 (昭和54年) 
イトーヨーカ堂に商業権を譲渡後
オーモリ京成の名で営業。

1977年 (昭和52年) 9月
大森貝塚発見100周年を記念して
駅ホームに
日本考古学発祥の地碑を建立。

1984年 (昭和59年) 9月14日  
大森プリモ(現・アトレ大森)開業。

写真:大森貝墟碑(NTTデータ山王ビル)
撮影:かえる11号
写真:京浜急行大森支線の歴史(イトーヨーカ堂大森店 敷地内)
撮影:かえる11号
写真:JR大森駅構内にある日本考古学発祥の地碑
撮影:かえる11号

平成時代 ー 近代化と街の風景の変化

1990年代に入り
発車メロディ採用の
機運が高まる。

1991年 (平成3年) 9月20日  
中央改札に自動改札機設置

2001年 (平成13年) 11月18日  
ICカード「Suica」の利用が
可能となる。

2004年 (平成16年) 12月30日  
ダイシン百貨店とともに
大田区を中心に
家電店を展開した
内外無線電機工業が閉店した。
(現・サイクルショップ オギヤマ大森山王店)

2006年 (平成18年) 1月28日  
モバイル「Suica」サービススタート。

2006年 (平成18年) 6月  
開業130周年を迎えるにあたり
発車メロディを
東京都民謡「大森甚句」への
変更を検討されたが、
10月14日より使用開始する予定だったが
調整が付かず実現しなかった。

2016年 (平成28年) 6月30日  
ダイシン百貨店は、
MEGAドン・キホーテ大森山王店
としてオープンした。

2016年 (平成28年) 10月1日以降
JR東日本は、
東京オリンピックを見据えて
駅ナンバリングを導入した。

大森駅はJK18。

写真:Suica
出典:JR東日本旅客鉄道
写真:大森駅のナンバリング
出典:ファイル:JR JK-18 station number.png

令和時代 ー 再開発と女性駅長誕生

2019年 (令和元年) 9月23日  
ホームドア設置

2022年 (令和4年) 1月24日
大田区は、
大森駅西口再開発を告知する。
ジャーマン通りから
闇坂入口付近が対象となる。

駅に隣接する
山王小路飲食店街(地獄谷)
の消滅が確定する。

2024年 (令和6年) 7月
大森駅第64代駅長に
長堀紀子氏が就任する。

乗り換え路線がない
(他線への連絡がない)
単独駅として
乗車人員数が、
日本一多い駅だった。

2026年現在は、
中央線三鷹駅。

写真:山王小路飲食店街(地獄谷)
撮影:かえる11号
写真:第64代大森駅駅長 長堀紀子氏
出典:大田ナビ(大田観光協会)

開業150年を迎えるイベント

大森駅東口広場では
6月12日~14日まで
「大森駅150年目の招待状ーカオルマ2026ー」
が開催。

大森駅中央改札前
NewDaysミニ大森1号では、
大森駅開業150年記念の限定グッズや、
記念ビール3種を販売。

入新井図書館
大森駅開業150年
特製しおりを配布している。

当日の12日は、
昼頃より15時くらいまで
時折雷鳴のなり
雨が降っていた。

写真:大森駅150周年記念ロゴ
出典:JR東日本旅客鉄道株式会社
写真:大森駅開業150周年ヘッドマーク付き車両が運行
出典:JR東日本旅客鉄道株式会社
写真:「大森駅150年目の招待状ーカオルマ2026ー」告知ポスター
出典:大田ナビ(大田観光協会)
写真:大森駅開業150年(入新井図書館)
撮影:かえる11号

最後に

大森駅は、
開業から150年の歳月の中で、
海苔の町としての記憶、
文士たちの息づかい、
そして都市化の波とともに
変わり続けてきました。

駅を中心に広がる
この地域の歴史は、
決して大きな出来事だけで
形づくられたものではなく、
日々を生きた人々の
営みの積み重ねそのものです。

これからも大森駅は、
街の変化を
静かに見守り続ける存在で
あり続けるでしょう。

Otapediaは、
大森駅を
「大田区初」
の駅として
初の死亡事故となった
大森駅構内列車脱線事故を
「日本初」
として
単独駅乗車人員数
日本だった
大森駅を
「日本一」
として
開業した
6月12日と
大森駅構内列車脱線事故が発生した
10月13日を
「大田区記憶の日」
として記録します。

大田区の記憶を呼び起こす
「Otapedia」の活動
私たちは
その“名を失いかけたものたち”に、
もう一度まなざしを向け、
記憶の岸辺に呼び戻す営みです。

彼らの活動や
痕跡は消えても、
地域に遺した軌跡
未来へと伝えていきます。

これらの呼称は
Otapedia独自の呼称」であり
大田区公式の認定ではありません」。


出典
 1. Wikipedia『大森駅 (東京都)』
 2. Wikipedia『大森貝塚』
 3. Wikipedia『(大森)八景園』
 4. Wikipedia『日本の鉄道事故 (1949年以前)』
 5. Wikipedia『若尾幾太郎』
 6. Wikipedia『京浜電気鉄道大森支線』
 7. Wikipedia『白木屋(デパート)』
 8. Wikipedia『ダイシン百貨店』
 9. Wikipedia『内外無線電機工業』

大森テニスクラブ

https://www.jta-tennis.or.jp/Portals/0/resources/museum/12/pdf/OomoriClub.pdf

駅ナンバリング
https://www.jreast.co.jp/press/2016/20160402.pdf

大森駅西口再開発(大田区役所)
https://www.city.ota.tokyo.jp/seikatsu/sumaimachinami/machizukuri/ekishuuhen/omori/omorinishi/douro-seibi-keikaku_aramashi_paf.files/aramashiR6.pdf

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