羽田競馬場 (初代)【7月15日 今日は何の日】(羽田特別出張所) #389
※本記事は
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公開しています。
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※史料に基づき記述していますが、
必要に応じて
考察が入る場合があります。
羽田競馬運営組織表
主催者
愛馬組合長 中溝 多摩吉氏
荏原郡馬匹組合長 山岸 謹ニ氏
(東京府馬匹畜産組合連合会)
競馬開催執務一切ノ組合代表者 杉崎 欽八氏
執務協力者 井上 四一氏
仝 子安 富策氏
仝 森 長太郎氏
仝 星野谷 清吉氏
仝 伊野塚 金次郎氏
仝 長谷川 常吉氏
以上
杉崎欽八氏は、
のちに「羽田競馬場の生みの親」と言われた。
羽田競馬場(初代)
1927年 (昭和2年) 春
現在の羽田中学校のところに
(東糀谷6丁目)
面積約60,000坪
(198,000㎡)
1周1,000mの
羽田競馬場が完成した。
羽田競馬場開催(初代)
1927年 (昭和2年) 7月15日
第一回羽田競馬が
4日間にわたって開催された。

赤線のあたりにあったと思われる
出典:国土地理院
日本初の地方競馬開催
この開催は、
日本で初めて
地方競馬規則に基づいて行われた
地方競馬であり、
東京府初であるとともに、
大田区初の地方競馬開催でもある。
江東競馬場に移転
羽田競馬開催直後の
1927年 (昭和2年) 8月
地方競馬規則が施行され
1府県1か所のもの開催となり
東京府内では
「荏原・豊多摩・東京」
「江東・足立・北豊島」
「八王子・西多摩・南多摩」
の3つの地域による争奪戦となった。
「江東・足立・北豊島」が
「八王子・西多摩・南多摩」を
引き込んで権利を獲得した。
しかし、
開催は収支が振るわず赤字となった。
さらに、
支払い準備金の流用問題も重なり、
江東競馬場での開催は
2開催のみで打ち切りとなった。
羽田競馬場に戻る(初代)
江東競馬場での開催が
経営難などにより
打ち切りとなったため、
1928年 (昭和3年) の
秋季開催より
再び羽田競馬場で
開催されることになった。
臨時駅設置
時期は記録に残っていないが
京浜急行の穴守線には
現在の穴守稲荷駅首都高下付近に
競馬開催時には
臨時の停車場が設置された。
新たな土地への移転
地主たちによる
大幅な地代の値上げ要求に加え、
コース拡張の必要性も高まるなか
杉崎欽八氏は
新たな土地への移転を決断し、
1931年 (昭和6年) 7月の
秋季開催が
羽田競馬場(初代)の
最後の開催となった。
羽田競馬場(初代)跡地
大田区立羽田中学校になっている。
(大田区東糀谷6‐10‐1)

撮影:かえる11号
おわりに
Otapediaは、
羽田競馬場を
「日本初」
「大田区初」
の地方競馬開催として
「羽田競馬場の生みの親」
と言われた
杉崎欽八氏を
「大田区無名の偉人」
として
羽田競馬場(初代)を
「大田区無名の風景」
「大田区未顕彰の地域遺産」
として
羽田競馬場(初代)
が開催された
7月15日を
「大田区記憶の日」
として記録します。
Otapediaは、
大田区の記憶を
未来へ遺すという
理念のもとに活動しています。
私たちは、
その“名を失いかけたものたち”に、
もう一度まなざしを向け、
記憶の岸辺に呼び戻す営みです。
人々の活動や風景、
残された痕跡は姿を消しても、
地域に刻まれた軌跡を
未来へと伝えていきます。
記事内で使用している
独自の顕彰は、
「Otapedia独自の呼称」であり
「大田区公式の認定ではありません」。

出典
1.『羽田競馬会沿革史』中田中 編 1935年
2.『大田区の文化財 第十九集』119p 写真で見る郷土のうつりかわり
(風景編)大田区教育委員会
3.『羽田競馬場(初代)』競馬場跡地マイマップ
4.『羽田競馬場(二代目)』競馬場跡地マイマップ
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