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大田区内の京浜線に初めて「電車」が通る 【5月10日 今日は何の日】#323

※本記事は
 Otapedia公式note(https://note.com/fine_rat5784)のみで
 公開しています。
 無断転載・改変・商用利用を禁止します。
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京浜線とは

現在の京浜東北線は
当時「京浜線」と
呼ばれていました。

本日は、
その京浜線に
初めて“電車”が走るまでの歩みを、
時系列を追ってみます。


日本初の電車の登場

1890年 (明治23年) 
東京・上野公園で行われた
第3回内国勧業博覧会

ここで、
「日本の電気鉄道の父」とされる
東京電燈株式会社の技師長である
藤岡市助(1857-1918)が
直流500Vの
米国スプレーグ式
路面電車を走らせました。

これが、
日本における
最初の電車とされています。


日本で最初に営業を開始

その後、実用化へと進みます。

1891年 (明治24年) 
京都電気鉄道
蹴上水力発電所の
電力を用い、
1895年 (明治28年) 2月1日
勧業博覧会と同じ
500V米国スプレーグ式で
営業を開始しました。

これが、
日本初の営業電車です。


関東初の電車 

1899年 (明治32年) 1月21日 

大師電気鉄道
(現・京浜急行)
「初大師」に合わせて
運行を開始しました。

これが、
関東初の電車となります。


京浜線初の電車ー菱形パンタグラフ搭載

1914年 (大正3年) 12月14日 
東京駅が竣工。

開業式典に合わせて
初めて吊架線方式の
電車線が架設されました。

日本で初めて
米国GE社製の
「菱形パンタグラフ」
搭載されました。


東京駅開業記念式典

同12月18日
東京駅前には
巨大アーチが飾られ、
盛大な式典が催されました。

しかし、
この試運転は、
開業日に合わせて
電車の整備が行われた結果、
途中で
運転不能となってしまった。


鉄道院総裁による謝罪

この失態を受け、
当時の鉄道院総裁・仙石貢は、
新聞に謝罪広告を
掲載する事態となりました。


京浜線初の電車運行

それから約5か月後の
1915年 (大正4年)  5月10日
整備を終えた
京浜線の電車は
大田区を無事に走り抜けました。

蒸気機関車の時代から、
“都市を結ぶ電車の時代”を告げる
出来事となりました。


最後に

今となっては
ごく普通の電車。

黎明期には
数々の挑戦と
失敗がありました。

Otapediaは、
日本電気鉄道の父
藤岡市助を
「大田区無名の偉人」
日本で初めて電車が走った
2月1日と
京浜線内の大田区に
初めて電車が走った
5月10日を
「大田区記憶の日」
として記録します。

大田区の記憶を呼び起こす
「Otapedia」の活動
私たちは
その“名を失いかけたものたち”に、
もう一度まなざしを向け、
記憶の岸辺に呼び戻す営みです。

彼らの活動や
痕跡は消えても、
地域に遺した軌跡
未来へと伝えていきます。

これらの呼称は
Otapedia独自の呼称」であり
大田区公式の認定ではありません」。


出典
 1.『第3回内国勧業博覧会 | 第1部 1900年までに開催された博覧会 |
   博覧会―近代技術の展示場』
 2. Wikipedia『京都電気鉄道』
 3. Wikipedia『大師電気鉄道』
 4.『鉄道史大辞典』
 5.『古写真と資料で綴る東京駅90年の歩み 東京駅歴史発見』
写真
 6.『有楽町における京浜電車と山手電車』撮影 小粥敏弘氏


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